第30話 お誕生日デート
「明日はあいているか」
「ええ」
「一日、時間をもらえないか」
「大丈夫だけど」
なにかあった? と聞くと珍しくもごもごしている。
朝食恒例の壁際は揃いも揃ってにやにやしていた。
悪い事ではないのだろうけど面白がってる? 期待も入り混じっている気もした。
「ゾーイ、なんで?」
レイオンとのご飯を終えると見送りもしてから部屋に戻るようになった。なかなか見た目夫婦してるなと思う。
後半年もすれば結婚一周年だから、そこまでこんな感じの円満家庭を持続させないとね。捨てられるならせめて一年経ってから、それまではなるたけ円満にがキーワードだ。
さておき、いつもと違ってそわそわしたまま出ていったから、明日の約束はなにかある。ので、事情を知っているだろうゾーイにきいてみれば、驚いた顔をして私を見た。分かってないのかと言わんばかりの目の開き方だ。
「明日は奥様の誕生日です」
「あ、そっか」
忘れてたと言うと溜め息を吐かれる。
「祝って下さるということですよ!」
裸族先輩として信頼を得た今、そういった節目を大事にしてくれてるのね。
「そうなの」
「そうです! 奥様のことを愛してらっしゃるのですね!」
当の本人を目の前にしてゾーイは意気揚々としている。最初の距離感から考えれば、今や食事を共にして、一緒に寝起きして、見送りまでしてだいぶ近くなった。そう思われてもおかしくない。
「最近の旦那様の態度は柔らかく、奥様との時間をとても大事にして下さってます」
「そうだね」
偽りの結婚の条件なんて初めからなかったと言ってもいい現状だ。
「急な結婚でしたから、恋人同士だった期間が御二人にはなかった……ここまで親交を深め愛を育んだ上での改まった恋人同士の歩み寄り、そう、明日の御約束はデートなのです! 奥様にそういう日がくるなんて嬉しいです!」
今までの引き籠りぶりを見てきたゾーイからすれば、年頃の女性がするようなことは全て喜ばしいことのようだった。デート一つに盛り上がりすぎでしょ。
「服は事前に旦那様から頂いております!」
「まじか」
大きな箱を持ってきてさあさあと促される。開けてみれば、落ち着いた緑を基調とした出掛ける用のきちんとした服があった。銀糸の装飾が映えていて、華やかさもきちんとある。
「フォーの色みたい」
銀色の毛並みに緑の瞳。フォーを彷彿とさせた。
その私の言葉にゾーイが何を仰るんですかと熱烈な訴えが返ってくる。
「旦那様の色ではありませんか!」
「レイオン?」
「はい! 髪と瞳の色です!」
成程、言われてみればだ。これを纏って外に出れば夫婦感が出ていいかもしれない。
「いいですよね! よく自身の色合いを含めた服を送るご夫婦がいらっしゃいますけど、この自分色に染めたいというか俺のものだという主張あるのがすごく好きです!」
巷のロマンス小説みたいなこと言うのね。ゾーイは読書好きだから、たまにこういう小説みたいな表現をすることがある。私も本を読むから、そういう言い回しになるのはよく分かるけど、さっきから盛り上がりすぎね。落ち着いてほしい。
「なら明日は気合いいれようかな」
「勿論です!」
ゾーイがやる気すぎる。侍女筆頭のヴォイフィアも呼んで二人がかりでやるらしい。
「お、お手柔らかにね?」
「御安心を! 世界で一番美しく仕上げます!」
全然お手柔らかに感が見えない。
* * *
「本当によくやったわね」
「ありがとうございます!」
国境線視察と西の隣国シコフォーナクセー、エピシミア辺境伯夫妻主催の社交界の時も気合いが入っていたけど、今回も結構なものだった。ヴォイフィアまで呼び出した時点で分かってはいたけど。
「メーラ」
階段を下りた先の玄関前でレイオンは待っていた。彼もきちんと外出着でいる。
「レイオン。服ありがとう」
「ああ……その、」
「?」
レイオンの後ろのヴォイソスがそわそわしていた。バトレルは静かに瞳を伏せている。
視線を戻して、何度も躊躇する彼の言葉を待った。
私を見て、次に逸らして、瞳を伏せて、そしてまた見上げて、きちんと目が合ってから、静かに口にした。
「綺麗だ。とても」
「え、あ、ありがとうございます?」
それだけを言うために逡巡してたの。
後ろのヴォイソスがやったーと言いそうな程とび上がっているから正解らしい。バトレルは一息ついてるし、私の後ろのゾーイとヴォイフィアも嬉しそうにきゃっきゃしてるから、レイオンがそう言う事を分かっていたのね。
「行こう」
「はい」
彼に手を取られ馬車に乗り込む。そういえば国境視察の時には見た目についてなにも言われなかった。ヴォイソスあたりにデートなんだからと仕込まれたのだろうか。
馬車の中で向かい合う彼は馬車が動き出してすぐに小さな箱を取り出した。
「なに?」
「渡しそびれていた」
箱を開けてもらうと綺麗な薄い水色の宝石。
「だからなにもつけずにって」
「ああ」
気合いを入れてめかし込んだけど、宝石の類は一切つけなかった。あるものから選ぼうとしたら、ヴォイフィアが旦那様がつけずに来るようにという伝言を伝えてくれてたけど、それはここで渡すためだったのね。
「綺麗」
「気に入ったか?」
「うん」
自らつけてくれるという言葉に甘えて彼の隣に座って首を向けた。
服を脱がしてくれた時とは違ってすんなりつけてくれる。よしという小さな声が聞こえた。
嬉しそうな声音が可愛くて、にやにやしてしまう。今までの平坦な声が嘘のようだった。
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