第31話 普段無表情な人が笑うとギャップがすごすぎて心臓に悪い

 綺麗な水色の宝石はブルーダイヤモンドだとすぐに分かった。

 じっと見つめていると、気に入らなかったかと言うものだから急いで訂正した。


「ううん、とても嬉しい。あまりに綺麗すぎて、身の丈に合わないかなって」


 加えて言うならブルーダイヤモンドは宝石の中でも非常に高価なものだ。広大な地を守り麓の町まで管理繁栄を可能としているディアフォティーゾ家なら余裕をもって買えるだろう。

 ただ私がそれをもらうに値するかは別問題だ。


「君の為に、君の事を考えて買った」

「え」

「だからつけてほしい」


 初めて自分で選びに宝石商へ赴いたとまで言う。私の為に、私の事を考えて。その言葉を反芻してぶわりと頬に熱が灯る。この人はまた恥ずかしいことを平気で言うのだから困ったものね。


「う、ん、ありがと」

「ああ」


 目元が緩んだ。

 少し下がった目尻と薄く上がる口元に彼が笑っているのだと分かる。


「うわ」

「?」


 彼が変わったのか、私が彼の機微を把握できるようになったのか分からないけど、普段無表情な人が笑うとギャップがすごすぎて心臓に悪い。

 これがリアルな世界にあるトキメキというやつね。すごいわ。本の中の萌えもすごいけど、視覚からくるものの衝撃は段違いだ。


「今日はどこへ?」

「麓まで下りる」


 おや、いつも通りに戻った。

 残念に思ってしまうのは仕方のないことよね。貴重だったし。


「ああそうだ」

「ん?」

「もう一つ、宝石が」

「なんでよ」


 ブルーダイヤモンドと同等の高価な宝石出される気がしたので先送りにした。

 こっちは引き籠りしてたから、高価なものに耐性ないのに。


* * *


「領主様、奥様」

「こんにちは」


 何度か単独で来たことのある麓の町は規模で言うなら街と言っても遜色ない。

 ここの仕立て屋なんて脱ぎやすい服すぐ作ってくれたし、王都で腕を振るっていたシェフが個人経営してるし、治安もよく活気がある。

 単独で来た時、話す機会のあった仕立て屋の店主は、この地に居を構えたのはレイオンが安全に住める町を保障していたからだと言っていた。

 さておき。


「領主様……よかった」


 なぜだろう。

 周囲の反応が感動に涙止まらないみたいな状況になっている。夫婦で来たことが町の人々にとって感極まることだったらしい。

 今は彼がこの町に来たら昼をよくとる軽食屋のテラス席でコーヒーを頂いている。

 店主がレイオンの背をぐいぐい押して来て早々ブレイクタイムになったのはいいけど、テラスの向こうに様子を見に来た町民がぞろぞろいて全然休めない。

 なにこの状況。


「よかった」

「本当に」


 なんで皆泣くの。

 努めてにこやかに微笑んでみれば、周囲の感激度が増す。一人できた時は歓待されてるとはいえ、人が集まることもなかったし、ぐいぐい話しかけられることもなかった。


「皆、領主様が奥様を連れていらしたから嬉しいんですよ」


 ぐいぐい連れてきた店長がコーヒーに合う茶菓子を出しながら満面の笑みで頷く。


「私、何度か伺っていたのですが、妻だと気づかれてなかったのでしょうか」

「はは、お二人でってのは初めてでしょう?」

「そうですね」

「仕事人間の領主様が食事と買い物だけにここに来るなんて考えられないんです」


 デートしてることに感動してるってこと?

 レイオン、貴方どれだけの人に心配されてるのよ。

 買い物をするっていうのも爵位ある者としての仕事なのに、そう思われていない。レイオンの場合めでたい慶び事になっている。


「最近領主様の顔色も良くなったので我々一同安心しました」


 この町の年上の方々は皆親の気持ちなのでは?

 確かに食事と睡眠のおかげでだいぶ顔色良くなったかなとは思ってるけど。


「領主様、この後ご予定は?」

「買い物をした後に食事を」


 食事場所をレイオンが伝えると店主は得たりとばかりに喜んだ。この町では有名らしい。


「メーラ、行こう」

「ええ」


 この店ではいつも豆を買っているらしい。今日もレイオンは店主にいくらか注文して店を出た。


「欲しいものはあるか」

「んー」


 ゾーイやヴォイフィアにお菓子を、庭師には植えてほしい花の種をと希望を伝えると、レイオンは首を傾げた。


「メーラが欲しいものは?」

「ん?」

「君自身が欲しいものを買おうと」

「私?」


 さっきまでのは皆へのお土産だから、レイオンがききたかったのは違ったのね。

 困ったことに色々揃っているおかげで欲しいものはこれといってない。服も自分で買うかレイオンが擁してくれているかだし、宝石も同じく。ご飯も美味しいし、寝具も品質がいいのかとてもよく眠れる。普段の生活で欲しいものが見当たらなかった。

 そのまま伝えるとレイオンは口許に手を添えて考える。折角のデートなのに先に進まないのだから、困ってしまうか。


「一回りして買い物しない?」

「一回り?」

「一つずつ回ってそこで気に入るものがあれば買うとか?」

「分かった」


 ということで、服屋や宝飾店やら、生地屋から食品まで見て回って、一通りなにかしら買うことにした。あれだけ感極まっていたのだから、寄るだけで充分な気もしたけど、レイオンのデートプランに買い物があるなら叶えたかった。

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