第26話 初めてのちゅう
「……分かった」
唸りながら私の背に触れる指先がとても熱かった。
絞り出すように出た言葉だったけど、耐えられないから手伝ってもらうしかない。
さすがに女性の服を脱がしたことがないのか四苦八苦していたけど、ゾーイを呼ぶことは念頭にないようだった。
「……よし」
「ありがと」
後は自分で脱げるぞ、と意気揚々として服に手を掛けると、レイオンがベッドから降りて、ごそごそした後こちらに戻る。その手には私の添い寝用夜着があった。
「着るか?」
きいてくるものの、着てほしい感があるのは気のせい?
本当は何も着たくない。まだ身体熱いし、窮屈感は抜けつつあるけど、今日はちょっと着る気持ちじゃない。
あれ、レイオンの前で完全な裸になれそうって、もしかして裸族レベルあがった? やったね。
「もう一杯水を飲むか?」
首を横に振って服をもらった。無言で首振って応えるなんてフォーみたい。
レイオンはそのままソファに座って窮屈な服を緩め始めた。だよね、わかる。社交界用の服は窮屈だから脱ぎたいよね。
私もひとまず脱いでカーディガンのみに袖を通した。もう寝るだけだから許してほしい。
カーディガンを羽織ったら、そのままベッドの中に潜り込む。
「メーラ? 具合は?」
横になった私の様子を見にレイオンが近づいてきた。端に座りこちらに身体を傾けて、頬にかかる髪を指で払ってくれる。
無意識にやってしまったのか、はっとして手を離そうとするのを掴んだ。
「メーラ、離し」
「一緒に寝よ」
ぐいっと引っ張ると、少し抵抗を見せるも、そのまま上掛けを捲って入ってきた。
その時、僅かに目を開く。
「レイオン?」
「服は」
「着たくなくてカーディガン羽織っただけ」
ぐぐっと彼の喉が震えた。
レイオンだって上半身裸だ。それに私の裸族レベルが上がったのを喜んでほしい。他人の前裸族をコンプリートできるまで後一歩なんだから。
「満月じゃなくても厳しい……」
「レイオン? どうしたの?」
「問題ない」
「……途中で抜けてきたの、よくなかった?」
私の言葉に意外そうに僅かに目をあげる。優しく髪を撫でてきた。
「問題ない。私もあまり社交は得意でないから助かった」
「ほんと?」
ベッドの中で向かい合う彼は口角をあげている気がした。
「充分メーラとの社交を楽しんだ。とても充実した時間だった」
大きな手が私の頬を包む。
「そう」
足手纏いな気もしたけど。
「誰かが隣にいてくれるのは悪くないと思えた」
「私でも?」
「メーラがいい」
やっぱり酔って幻覚幻聴きてるのかな?
レイオンの瞳と声に熱がこもってるように見える。至極真面目に紡がれた言葉が信じられると思えるぐらいに。
「よかった」
「ああ」
今度ははっきりと笑ったと思えた。
思わず頬を包む手に擦り寄ると、びくりと手が震えてかたまる。
「すまない、つい」
と、手を引っ込めてしまう。なんでこの人は触れることにこんなに気を遣うんだろう。
少し上半身をあげて、彼自身の頭の下で折り畳まれ自身の枕にしているもう片方の腕を引き抜いた。
不思議そうに眺めるレイオンを無視して枕に沿わせて腕を伸ばし、その上に自分の頭を乗せて彼との距離を詰める。
「え?」
「レイオンは大丈夫だから」
「メーラ、その」
レイオンが戸惑っているのを見てたら恥ずかしくなって背を向けた。枕は彼の腕のまま、聞こえなくてもいいからと小さい声で伝える。
「レイオンなら触っても大丈夫」
「……」
「む、しろ、触ってほしい、というか」
背後で喉が鳴る音がした。
「も、もう寝る!」
「ああ、分かった」
振り返ることはできなかった。
お酒のせいであっさり寝落ちして翌朝を迎える。本当は寝返ってレイオンがどんな顔をしているか見てみたかったな、なんて。
酔っていたから表情あるように見えて、実際は無表情なのかもしれないけど。
* * *
「ん、朝……」
起き上がると見慣れない部屋。
そうだ、聖女様のお城でお泊まりしてるんだった。
見下ろすと腕を伸ばしたままのレイオンが静かな寝息を立てて眠っている。
珍しい。
初めて朝ちゅんしてからは大体彼の方が早く起きていた。
起きるとこちらに身体ごと向いて無表情で見つめているから、最初の内は慣れなくて驚いて心臓ひやっとしていたのに。
「レイオン起きて」
陽の光加減からして丁度よさそうだ。
人様の家なので寝坊はよくない。肩を揺すると、ゆっくり目を開いた。
「起きた?」
「……ああ」
起き上がりベッドの上に座る。
ぼんやりして半分しか起きてない。本当こんな姿珍しい。
「おはよ」
「ああ」
するとぼんやりした顔のまま近づいてくる。
そのまま唇、次に右の頬に一回ずつ、ちゅっと音を立てて唇を寄せてきた。
「え?」
流れるようにしてくる予想もしなかった行動にかたまってしまう。
そのまま彼は寝惚け眼でベッドから降りた。
「……着替える」
「は、い」
寝起きの頼りないふらつき感を纏ったまま、隣室へ向かっていった。
え、ちょっと待って。
初めてのキスが寝ぼけてされたこれなの?
「え?」
気づいてない様子で隣室への扉が閉まる。
恥ずかしさにじわじわ熱が競り上がってきた。とても情けない顔してる。
「うそでしょ」
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