第20話 発情?

 暫くして寝室の扉の向こうが騒がしくなった。レイオンが戻ってきたのだろう。

 夕食も終わり、月がよく出た時間だった。今日は満月だからカーテンを開けていると明かりなしでも部屋に光が入る。

 こんな時間までどこにいたのかな。一人で乗りきったのだろうし心配だった。けどさすがに今扉を叩いて向こう側へは行けない。


「お節介だったかな」


 ただあの時は根拠もなしに、このまま彼から離れたらだめだと思った。



* * *



「奥様」

「ん……」


 うつらうつらとしか眠れなかった時間を越えて朝がきた。

 朝食は一人。言っていた通りレイオンは来なかったけれど、食後のお茶を頂いている時、ゾーイが遠慮がちに彼の言伝を伝えてきた。


「旦那様が昼を共にと」

「!」


 よかった、会ってくれる。快諾したら、周囲もほっとしたようだった。私が旦那様に会わないとでも思っていたのかな? 私から会いたいって言ったはずなんだけどね?

 そわそわしながら部屋で時間を潰し、服を着て指定の場所にゾーイを連れて向かう。場所は温室だった。


「旦那様は?」

「既にいらしてます」


 温室の奥には上等なテーブルと椅子二脚、その奥には休めるためのソファもある。


「メーラ」

「レイオン、身体は?」

「問題ない」


 昨日が嘘のように平坦な声音と無表情だ。夢だったんじゃないのと思うぐらいに。

 並べられた美味しいご飯を味わい、食後のティータイムになって、やっと彼は侍女を全員下げさせて二人きりにしてくれた。


「昨日はすまなかった」


 彼の謝罪から始まる。

 なにかにつけて謝るけど、レイオンは何も悪くない。今回のだってそう。


「レイオンは悪くないでしょ。約束破って入ったのは私だから」


 ごめんなさい、と頭を下げる。彼は私は悪くないと言って続けた。


「隠していたし、君を傷つけるところだった」

「私、怪我してないけど」


 隠してるというなら私の自宅裸族も同じようなものだ。

 彼は遠慮がちに話し始めた。


「満月の日だけおかしくなるんだ」

「満月?」


 概ね満月から前後六時間、一族で起きる症状らしい。


「力が制御出来なくなる……人なら少し叩く程度で全身の骨が折れるぐらい強くなるな」


 だから近寄るなと言っていたのか。机に罅も入ったけど、私を押し退けた時は優しい力だった。あの最中で彼は相当な手加減をしてくれたと分かる。


「それ、に……」

「?」


 尻すぼみになっていく。

 いつも平坦にはっきりものをいう彼には珍しかった。

 ぐっと喉を鳴らして少し目元を赤くして私を見た。


「性衝動が極端に強くなる」

「はい?」

「発情してしまうんだ」


 至極真面目に伝えてくれる彼が真っ直ぐ私を見ている。今、彼の顔からは到底想像できない言葉が出た。


「発情?」

「ああ……フェンリルの血が入っているからか、人にはない発情期が月に一度やってくる。最初は性衝動からきて、それが解消出来ない分、破壊衝動に変わり物を壊す傾向にある」

「そう、なの」

「見境がなくなるから、男女問わず人は近づけさせないようにしていた」


 そしたらあの時私入るのだめだったんじゃない? むしろ悪化の一途を辿る原因だった的な。


「昨日は本当に危なかった」

「あのままだと、もしかして私を?」

「ああ、抱きたくて仕方なかった」

「ひえ」


 そういうことははっきり言わないでよ。きいた私もいけないけど。


「あの、普段は?」

「普段?」

「添い寝してる時って」

「ああ問題ない。我慢できる」


 我慢してた!

 この人、無表情でなにも欲がなさそうなのに、ちゃんと性欲あったわ。添い寝しない方がいいんじゃないの?


「昨日は不思議とあれ以上ひどくならなかった」

「え?」


 私から逃れ一人隠れている間は寝ていればどうにかなったらしい。身体が熱いのと気だるいのだけが続くだけだったと。

 そうなるとフェンリルの血がと騒ぐ以前に、病気の類になるのでは?


「レイオンは普段、よく寝てます?」


 添い寝を希望してきた時、彼は久しぶりによく寝たと言っていた。


「いや。君と同じベッドの時だけしか寝た気がしない」


 ほら。ご飯もあまり食べないし寝てもいないんじゃ、自律神経によくないやつ。

 これを領主になってからしていたとしたら、聞かない症状だけど昨日のようなことになってもおかしくないのでは? 敢えて病名をつけるならホルモン異常とか?


「どのような魔法も薬も通用しなかった」

「そう」


 満月の日ドンピシャというのも不可思議な条件だけど、なにもフェンリルの血が入るからおかしくなるという根拠もない。治るのではという可能性が私の頭を掠める。


「見た目もおかしくなるから」


 ケモ耳と尻尾のことを言っているんだろうな。

 変身魔法の基礎は想像力だ。体調が悪く力の加減もできないところに、フェンリルの血が影響しているという想像が掛け合わされれば、耳と尻尾に繋がってもおかしくないかもしれない。

 まあこちらの本音として、可愛いんだからそのままでもいいのにの一択だけどね。でもここはレイオンの健康を第一にしないと。彼に苦しんでほしくないもの。


「治したい」

「え?」

「レイオンが辛いのを治したい。ううん、治せると思うの」


 そんなことがと戸惑いを見せた。顔は変わらないのに、今ではちょっとした雰囲気の違いで分かる。


「お願い、一緒に治していきたい。あと、よければ側にいさせて」

「え?」

「扉越しとか? でも絶対安静の方がいいかな? 側にいちゃいけないんだろうけど、近くにいたくて」

「……」


 同じベッドで添い寝をしてから彼は眠れるようになった。今でも私は恥ずかしいけど、誰かが側にいるのは安心する。だから満月の日も一人で耐えるよりは二人の方がいいと思った。


「何故そこまで」


 私は化け物なのに、と囁いたのを聞き逃さなかった。


「化け物じゃない」

「メーラ」

「レイオンはレイオンだし」

「……」

「あの姿もやぶさかじゃないし」


 今の雰囲気では言えないけど可愛かったし。あの耳と尻尾触りたい。もふもふだもの。


「なら、頼む」


 不謹慎ながら思い出してにやにやしてたら、レイオンが遠慮がちに許可を出してくれた。

 よかった、少しは信頼関係を築けていたのね。


「ありがと」

「ああ」


 レイオンが少し口角をあげているような気がした。

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