第19話 奥様が旦那様をバルコニーから落としたと聞きました

 意味が分からないはずの聖女様用語をなんとなく察したレイオンは赤い顔をさらに赤くした。


「見るな」

「そう言われても」


 見るでしょ。可愛いもの。

 いや、だめだわ私。今はレイオンの安否を優先しないと。折角のシリアスだったんだから。


「あの、ひとまずベッドに横に」

「必要ない」


 手を伸ばすとばっと彼の腕が振られる。けど私には触れない。こんな時まで器用に、私に気を遣って。

 ふらつきながら立ち上がり、片腕を机につき支えにしてようやく立っていた。


「レイオン」

「来るな」


 机に預けていた掌に力が入ると、そのまま机に罅が入り少し欠けた。


「え?」


 途端、レイオンの顔が歪む。苦しいというよりは悲しそうに見えた。普段の無表情とは大違いだ。


「こんな化け物……」

「レイオン?」

「ほら、このままでは傷つけてしまう」


 何が原因でこうなったのか分からないけど、頭の上の耳が垂れたから悲しいのが分かる。彼の悲壮感には合わないけど役立つならありだ。ああでもやっぱり可愛いな。


「早く部屋に戻って」

「嫌」

「何故!」


 再び息を荒くしたレイオンが膝をついた。

 思わず駆け寄ってそのまま顔を包むように抱きしめてしまう。

 レイオンが分かりやすく震えた。


「その、勘だけど、今は部屋に戻ったらいけない気がする」

「駄目だ」


 レイオンの身体は熱くて、益々放っておけなかった。

 身体に力が入らないのか、寄りかかられた体重が直に感じて重い。


「私が支えるからベッドいこ?」

「……離れて。こんな」


 化け物みたいな姿見せたくない、と囁いた。


「化け物じゃないでしょ」

「……」

「ケモ耳は萌、んん、見た目は関係ない」

「……」


 ごめんね、シリアスになりきれなくて。

 けど、ふざけたことを差し引いても、レイオンは化け物じゃない。これは確かだった。


「レイオンはこんなに苦しんでても私に気を遣ってくれる優しい人だから」

「……」

「自分を化け物だなんて、言わないで」


 震えた身体に力が入ったのを感じた。

 次の瞬間、レイオンの手が私の身体を離そうとする。


「メーラ」


 どんと押されて尻餅をついた。手加減してくれたのだろう、全く痛くなかった。

 ふらつきながらも素早く窓際へ進む。


「メーラ、すまない」


 言って窓を開けバルコニーに出ていく。


「え、ちょっと?!」


 そのままバルコニーを越えて飛び降りた。

 急いでバルコニーまで出て下を確認するけど、どこにもレイオンの姿はない。体調が悪くなくてもバルコニーから飛び降りるのは危ないでしょ。


「そんな!」


 飛び降りるなんてやんちゃをするような人とは思えない、じゃなくて違う、怪我してるかもしれない。

 走って屋敷の外に出た。

 そのままバルコニー真下からあたりを探るけど、どこにも彼の姿は見えなかった。

 再び屋敷に走り入り、双子のヴォイフィアとヴォイソス、執事のバトレルを見つけて声をかける。


「旦那様が!」


 大事な一日に当主に接触したことは後で謝るし、お説教受けるからと言いつつも、全部あったことを話すと二人は当然驚いた。


「旦那様よく我慢できましたね~」

「ヴォイソス、奥様の前です。口を慎みなさい」

「あ、すみません」


 我慢? 傷つけるとかそういう?


「あの、早く探してお医者様にみせないと」

「その必要は御座いません」

「なら、なんであんなに苦しまないといけないんです?」

「私どもから申し上げる事は出来かねます」


 ぐぐ、どこまでも当主の許可ありきなのね。


「いいです! 本人にききます!」

「奥様、どちらへ」

「主人を探しに!」

「え、ちょっと、待って下さいって」


 ヴォイソスが止めようと近づくも伸ばしかけた手を止めた。砕けた話し方でも、そこはきちんと教育されているのね。


「奥様!」

「げ、ゾーイ」


 私に対して一番強く出られる。ゾーイの隣にはヴォイフィアも一緒だった。そういえばヴォイフィアは最初はヴォイソスとバトレルと一緒にいたのに、いつの間にかいなくなっていた。こっそり呼びに行ったのね。


「奥様が旦那様をバルコニーから落としたと聞きました!」

「人聞きの悪いっ」


 なにその連想ゲーム。

 確かに私が原因で自ら飛び降りたけど。あ、そしたら私が落としたことに間違いない? 事件の真犯人は私?


「旦那様は私達でお捜ししますので、奥様はお部屋に!」

「でも私が約束破って部屋に入ったのが原因だから」

「奥様は最近外出で身体壊されたばかりです! 大事をとって下さい!」


 他三人もうんうん頷いている。多数決で私を縛ろうなんてひどいわ。


「だ、だって」

「言い訳は聞きません! ほら!」


 ぐいぐい背中を押されて玄関から離れていく。


「旦那様が心配なの」

「ええ、存じております。だからこそ、家令一同一丸となって捜しますので、奥様はご安心を」

「一緒に捜すのは」

「先日外出からお帰りにならなくて凄く心配したんです」

「ぐぐぐ」

「私の安心の為にも奥様はお部屋でお待ち頂けますね?」

「……はい」


 そう言われると従うしかない。

 朝ちゅんの後にゾーイと再会したら泣かれたし、周囲もよかったよかったと口々に言っていたから、相当やらかした案件だったと思う。

 諦めるしかない。屋敷の皆はとてもよくしてくれる。私がやらかして心配事を増やしたくなかった。


「旦那様が戻ったら、話がしたいと伝えてもらえる?」

「はい、私から申し伝えます」

「お願い」

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