第21話 ちゅーして
温室のソファに二人並んでティータイム。最初は想像もしてなかった。
「レイオン、お願いがあるの」
「どのような?」
「領地回り一緒に行ってみたい」
「麓の町なら何度も行っているのでは?」
「ううん、そっちじゃなくて国境線の方」
「……いいのか?」
「うん」
冬が終わりを見せる頃、レイオンにお願いをした。
雪解けは完全じゃないけど、雪はもう降ることなく今後もその気配はない。
何度か暖かいと寒いを繰り返して暖かいが続き始めた。春が来るのがわかる。
だからこそのお願いだった。
「国境線の者達は男性が多い」
「レイオンがいるから大丈夫」
何度言っても私の初期嘘設定を信じていて、結果それが異性が苦手に繋がったままだ。だから今ではレイオン同伴なら行けるよという体にしている。そうすると彼も納得するから。
「分かった」
「ありがとう」
するりとお茶を出してきたヴォイフィアがレイオンを呼ぶ。
「旦那様、丁度シコフォーナクセーの辺境伯が社交の場を開くと」
「ああ、そうだったな」
バトレルを呼ぶとここぞとばかりに資料を出してきた。ティータイムなのに準備いいな、この人たち。
「十日後か」
「その前に領地国境線を視察されて、その後にシコフォーナクセーに入れば両者訪問可能でございます」
「ああ」
プランとしては、一週間後に国境線へいき視察、隣接するセカンドハウスで一晩すごし、その後シコフォーナクセーに入り社交をこなす。
確かに私は結婚してから社交の場に出ていない。というか、結婚前も数えるほどしか出てないけど。
「社交界は行けるか?」
「んー、一つ注意すれば」
「注意?」
「お酒を飲まないようにすれば」
「酒?」
小首を傾げる。
近づいて彼の耳元で囁いた。
「お酒飲むと脱いじゃうんです」
「……」
裸族の
悲しいかな、酔うと脱ぐらしい。しかもお酒にあまり強くないらしいので益々危険度が高い。
その節はゾーイにすごく世話になった。相当大変だったらしいので、今では禁酒もしくは自宅で飲むだけにしている。
「レイオンにも協力をお願いしつつになると思うけど、その、行ってみたい」
「……分かった」
資料を持つ指に力が入った。おや、機嫌よくない? 酒乱な妻なんて彼自身の風評被害になりかねないものね。連れて行きたくないに一票入るか。
「やっぱり良くないよね……酒癖治したいんだけど」
「いや、そうじゃない」
「え?」
「気にしなくていい。私がどうにかするから」
「あ、はい。ありがとう」
衣装や宝石はここにくる時点で揃ってたし、今回は新しく作る必要はなしとして準備に入った。
バトレルから社交の場に集う面子の資料をもらって、それを確認できれば、あまりやることがないなと思う。服とか選んでオーダーしてたら時間が速く感じるけど、これだけだと十日は随分先に感じた。
「そうだ」
折角だから報告も兼ねてきいてみよう。
ゾーイに声をかけて遠乗りの準備に入った。ちょうどいい、頼んでたものも届いたから設置してみよう。
* * *
「フォーは一緒に行く?」
首を横に振る。
木々の雪が完全になくなったのを見てタープを設置した。うん、なかなかいい具合。秘密基地感が出てる。
「そっか」
頭良いこの子なら大人しくしてると思うんだけどな。お呼ばれするシコフォーナクセーの辺境伯領には魔物も多く、人間以外の出入りに問題はない。
「旦那様がいない間は任せろって?」
無反応。
あれ、見回りしてるんじゃなかったの。
それとも前と同じで単純に俺以外の男の話するなよってこと?
「ふふ、可愛い」
小首を傾げるフォーに腕を回してもふもふを堪能、その流れで頬にちゅーしてみる。されたことを理解するまで数秒かかった後、フォーは勢いよく離れた。
こんなに仲良くなったのに、その反応は傷つく。
「なに? ちゅーするのだめ?」
タープの中で立ち上がっておろおろしている。動揺が激しい。
「じゃあフォーからちゅーして」
毛を逆立てた。そこまで嫌なの? 舐めてくるくせに、ちゅーはだめな理由が分からない。
番犬すぎて一般的な犬の芸とか無縁だったのかな? 試してみようか。
「フォーって芸できるの?」
少し落ち着いたのか、おろおろしていたのが止まる。
よし、やってみよう。
「おすわり」
できる。
「お手、おかわり」
なんなくこなす。
「伏せ」
完璧だった。
「なんだ、できるんじゃない。なら次はちゅー覚えようか?」
度々びくっとする。
あの無表情の飼い主様ならちゅーなんて芸を教えるとは思えない。
「そんなに私のこと嫌?」
耳と尾が下がった。そういうつもりはないってことかな?
「私のこと好き?」
尻尾を一振り。なんだもうフォーってば可愛い。
「うん、私もフォー好き」
尻尾を振る。嬉しそう。
「ならちゅーできるね!」
ぱたっと尾が動きを止めて地面に突っ伏す。なんでよ。
「ふーん……ならできるまでやる」
ぎょっとした顔をする。お互い好きならいいじゃない。
「ほら」
顔を両手で挟んでこちらから近づくとじりじり下がろうとする。そのせいで顔が不細工になった。普段イケメンなわんこなのに台無しだわ。
「なによ、鼻先ちょんってするだけだよ?」
尚も抵抗を見せる。
「分かった。最初はほっぺたにしよ?」
後退が止まる。どうやら考えているよう。
「慣れてきたら唇ね」
じとっとした目をして訴える。犬からしたらどこに鼻キスしても変わらないと思うんだけどな。
「ほら。できるまで帰さないんだからね?」
頬を向ける私の譲らない様子に観念したのか、すんと鼻を鳴らした。
そしてそのまま近づき、頬に湿った感触。
「よくできました!」
抱きついて思い切りもふもふする。
心なしか照れているように見えた。
「可愛い」
隙をついて私から鼻先に唇を寄せたら、フォーがぎょっとして飛び上がった。そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。
「ふうん……これから私がおはようって挨拶したらちゅーしてね」
再び毛を逆立てた。それでも咬んでこないあたり、フォーはよくできた子だと思う。
そんなできる子は翌日からちゅーをクールにこなすようになって、本当頭いいなとにやにやすることになる。やっぱりフォー好き。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます