終、兄友(あなた)でよかった

 晴れやかな空の下、祝福の鐘の音が鳴り響く。

 教会で一組の恋人たちが夫婦となる。

 階段をゆっくりと降りる男女に、フラワーシャワーが参列者から送られる。

 真っ白なウエディングドレス。レースのヴェールに祝福の花びらが舞い降りていく。

 胸に一輪の花を刺し、白のタキシードを着たハロルドが足を止めて。

 ティアンもつられて足を止める。

 微笑み、寄り添い合う二人の姿は、参列者に幸福のおすそ分わけをした。


 結婚式が終わると、祝賀会。そのあと、晩餐会が開かれる。お祝いはまだ終わらない。

 夫婦がようやく解放されたのは晩餐会のあとだった。



 タイタリア家の屋敷に二人の夫婦の部屋は用意されていた。

 ティアンはこの日、はじめて部屋に入った。

 可愛らしい調度品に、二人が座るソファ。

 奥の部屋には、寝室が。

 寝室で待つようにいわれたけれど、なんだか落ち着かない。

 夫婦の寝室には当然ながらベッドは一つしかない。

 寝室のドアを開けたまま、どうしようかと悩んでいると、部屋のドアが開いて、ハロルドが入ってくる。


「ティアン、疲れてない?」

 緊張するティアンに対して、ハロルドは平然としていた。

 結婚式のあと祝賀会。着替えと忙しくて、ろくに食事も取れていない。くたくただった。

 お揃いの夜着を着たハロルドは、これまでの彼と違ってみえて胸が高鳴っているなんて、悟られたくなくて強がってみせる。

「へ、平気よ」

 ハロルドはティアンの強がりなんてお見通しだった。

「そういうところ、かわいい」

 笑いながら歩いてきて、寝室の前に立つティアンを椅子に導いた。

「こちらにおいで?」

 緊張が手を通じて、伝わってしまいそうで。平常心を取り繕う。

「少し食べるといいよ。軽食を用意してもらった」

 皿に二人分のフルーツが盛られている。

 並んで椅子に座ると腰に手がまわって、ぴったりとくっつく。

「食べさせてもいい? あのときみたいに」

「い、いやよ!」

 あの恥ずかしさを再び味合わなければばならないのかと、首を振った。とても耐えられない。

 二人でティアンの部屋にいる時。夢からの勘違いを、きっぱりと違うと否定してくれたあの日。誤解が解けると、ハロルドが買ってきたリグウェイのクッキー。クッキーを口元にもってくるハロルドはとても嬉しそうで、けれど、変わらず意地悪で。終始赤面をしながら完食した。

「だめかな? ティアン……、お願いだよ」

 ハロルドのお願いにティアンが弱いと、すでに知られてしまっている。

 口を小さく躊躇いながら開けると、一口のフルーツが口に入ってくる。

 酸味が口の中に広がって空腹のお腹がきゅう、と小さく鳴いた。


 ティアンの分のフルーツがなくなり、ようやくこの羞恥から解放された。

 口の中が甘いフルーツの香りでいっぱいで、水が欲しくなる。

「ティアン、水」

 グラスに注がれた水に、手を伸ばしたら、グラスを遠ざけられた。

「ほしい?」

「ほしいわ」

「口閉じないでね?」

「えっ……んっ」

 飲み水までも口移しで与えられて、ティアンは目を閉じる。

 閉じていないと、ハロルドの鳶色の瞳と、間近で見つめあってしまって、そわそわしてしまう。

「もっといる?」

 こくり。

 首肯して、口を開けた。


 ティアンの食事を余すところなく堪能したハロルドが一口、フルーツを食した。

「……やられた」

 ティアンはとろんとした目で、ハロルドを見上げている。

 身体がぽかぽかして、頭はぽーっとする。

 それでも、目の前に、素敵な旦那様がいて、ティアンは彼の胸に縋りついて、甘えた。

 目を潤ませて、伏せた目で見上げる。

「フルーツの方に強めの酒を含ませるなんて、やってくれる」

 前髪をくしゃりとかきあげる。

 困った時のくせ。

 ティアンは、ふふ、と笑った。

 彼を困らせれるのはティアンだけ。嬉しい。

「もう寝よう。目が据わってる。無理に起きてなくていいから、寝て?」

 ティアンはふるる、と首を振った。

 まだ、寝たくない。

「きょう、とても幸せだったの。寝てしまったら終わってしまうわ」

 酒に酔いながら、まだ、起きていたいと訴える。

「まだ、終わらないよ」

 ハロルドは立ち上がる気配のないティアンを横抱きにした。逃げ場を失ったティアンはハロルドの首に手を回した。

「まだ、寝たくないわ」

 もう一度、抗議する。

 今日は一日、たくさんの人に祝福されて幸せだ。

 最後はやっぱりハロルドにもっと幸せにしてほしい。

 顔が隠れている今なら言える。

 恥ずかしいことだって。酔った勢いなら言えてしまう。

「ハロルド様、幸せ?」

「キミと結婚できて、幸せだよ」

「私が奥さんでよかった?」

「ティアン以外は考えてないよ」

「私も、ハロルド様でよかった」

「ええと、どうとればいいかな?」

 寝室に向かうハロルドが動揺する。

「私の旦那様が、ですわ」

 ティアンは、くすりと子供のように笑った。

 そのまま、唇を彼の口の端にくっつける。

 ティアンのものだと印をつけるように。

 それでも物足りなくて、ハロルドを物欲しそうに見上げた。

 まだ、全然足りない。

 ハロルドはティアンを恨めしげに目下ろす。

 その目が可愛らしくて、腕に回した手に力をいれた。

 ハロルドの顔が傾いて近づく。

 唇が触れ合いそうになる。

「……ティアン、待って」

「どうして?」

「俺の手が塞がってるから待って」

「どうしましょう?」

 こてんと小首を傾げて、彼を見上げる。

 離してほしくない。けれど、ハロルドからの愛も欲しい。

「そんなかわいい顔で見ないで。……酔ってる、んだよね??」

「どうでしょう?」

 意味深にティアンが笑えば、ハロルドが困りはてて息を吐いた。

「意地悪だな」

「あなたに似たのですわ」

 二人見合わせて笑い合う。

 どちらともなく、二人は顔を寄せて口付けた。


 ―終―

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