2、いま話題の二人 2
ティアンの可憐さが際立ち、少し伏せたまつ毛からのぞくアイスブルーの瞳。今夜の夜会以前までと違った装いをしたティアンに、何人もの男性が惹きつけられて、目が離せなくなっている。
彼女のそばにいるハロルドだけは気づいていた。
すれ違いに香る花の香油も相まって、ティアンは今夜、婚約者がいるというのに、彼らには関係ないらしい。
ティアンをなんとしてもダンスへ誘おうと、ハロルドの隙を狙っている。その中にはレオンもいた。
彼らを牽制する意味でも、ハロルドはティアンから離れるわけにいかなかった。
狙った令嬢と話をする機会を、みすみす与えるようなことしたくない。
「ティアンは、自分がどれだけ魅力的かそろそろ自覚して」
理不尽すぎる抗議になんと返せば機嫌がなおってくれるのかさっぱりだった。
ダンスを踊っている最中。ハロルドの機嫌は一向に悪いまま。
こうなってしまった発端はわかってる。
交友のある貴族とハロルドが話をしていた。ハロルドの交友は今後ティアンにも関わってくる。二人のその会話を聞いているその隙に、あわよくばとばかりに、大胆にも青年がティアンへ声をかけてきた。
誰とも婚約していないときは全然そんな気配もなかったのに、ハロルドと婚約したことで、男性の興味を引いてしまったらしい。
侯爵家の婚約者と知らないにしても、ティアンの隣に立つ人がどこの家の令息かわかっていての所業に、ハロルドはティアンを連れ出した。――激しく流れる曲のダンスに。
とうとうレオンと噂の令嬢がダンスを踊るとあって、人の注目を自ずと集めてしまう。
曲が終わると、ダンスホールから出ようとしたティアンをホールから出させまいとしたハロルドによって、次の曲も、そして、その次も踊ることになってしまった。
いまは、ゆったりとした音楽に変わり、男女がぴったりと身体を添わせて踊っている。
ティアンはハロルドと三曲目になるダンスをしていた。
同じ人と何曲も踊ることの意味は、夫婦以外にない。それでも三曲はない。
もうダメです。と断るとハロルドから「キミが可愛すぎるせいだ」と逆に強く抗議を受けてしまった。
屋敷の侍女たちが、ハロルドの横に立っても恥ずかしくないように、気合を入れて着飾ってくれたおかげでハロルドはティアン以外の令嬢に、目も止めない。
どんなときもティアンの手を引いて。ティアンを気にしてくれた。ダンスすらも、とても踊りやすくリードされて楽しい。それでも、三曲目ともなると、足が疲れてくる。
ゆっくりと流れる曲は、疲れた身体を休めるのに適していた。足を動かして、激しく回っていた足は休めて、今度は身体を揺らして、雰囲気を味わう。
いまなお、不機嫌な彼のご機嫌がなおるように、頭を彼の胸に預けてみた。
「……っ! ……ティアン?」
傍目には、結婚間近の親密な婚約者同士にしかみえない。
実際婚約者なのだからなんの問題もないのだけど、周りがその大胆さにざわつきはじめた。
ティアンにはその声は聞こえてこない。
いまは目の前の婚約者の機嫌を、早くなおすことしか考えていない。
機嫌が悪いままのハロルドと馬車に乗って、帰るには居心地が悪い。今のうちになおしておかないと。
いつまでもこのままというわけにはいかない。
すり、と頬を寄せると、珍しく彼のステップが乱れた。
完璧なリードがぶれて、見上げる。
「どうかされましたの?」
「……あまり異性を誘惑しないでほしいな」
ハロルドがふいにそっぽを向いて呟いた。
「そんなことしてないわ。あなたの機嫌をなおそうとしただけよ」
ゆっくりと揺れながら、否定した。
周りには、同じように男女が向かい合ってダンスをしている。
奏でられる音楽の音にかき消されて、二人の会話は周りに聴こえてない。
「キミに声をかけたくて、じっと機会を窺っている男たちが今日は何人いたと思う?」
ティアンはきょとんとした。
ハロルドがやけに周りを気にしすぎているせいで幻でもみたのだ。こちらを気にしている人は、令嬢以外に誰一人としていない。
これまで、誰にも興味を示されなかったのだから、婚約したくらいで、男性がティアンに興味を持つことはない。
それよりも令嬢の方がひどく気になってしかたなかった。
ぴったりと、ティアンとハロルドを伺う目はいつ二人が離れるかを期待していた。
その目は、ティアンと踊っていても、ハロルドを捉えてはなさない。皆、ハロルドとダンスがしたいのだ。
今夜の思い出でもいい。これからの縁に繋がるなら、ダンスの相手となりたいと、目をぎらつかせている。
いつ、どんなときも。婚約者がいてもかまわない。
「あなたの方がしてるんじゃないかしら?」
今度はティアンが頬を膨らませて拗ねた。
言い合いをしたいわけじゃないけれど、長年初恋をこじらせているティアンの恋心は素直じゃない。
「俺のは、ただ、綺麗な令息を見ていたいっていうのばかりだよ。キミのは違う。……ティアン。今日のキミはいつも以上に可愛いよ。だから、気をつけて」
もう何度目かの可愛いと言われて、なんと返したらいいか迷ってしまう。
こんなにも賛辞されたことがない。本当に困る。
「お世辞はいいの」
ティアンは平凡な容姿を十分すぎるほどに理解している。
腕をふるって侍女が化粧を施していても、少しばかり、綺麗になれたくらいで平凡さは変わらない。
「ティアンにお世辞は言わない。本当だよ。今日だけで何人の男性の目を、キミは楽しませてると思ってるの?」
「……そんなこと、ないわ」
見劣りしないならまだしも、どんなにがんばってもティアンは、眉目秀麗なハロルドに劣ってしまう。似合わない。
「信じてくれるまで何度でも言おうか? こうやって」
ティアンの背を支える手が肩に回って、引き寄せられる。
胸につけていた頭があげられなくなって、耳元に顔が近づいてきて。
「キミはどんな姿でも可愛いよ」
艶っぽく囁かれて。
一気に熱があがらない人がいたら教えてほしい。
「自信を失ったら何度でも言うよ。こうしてね」
また、引き寄せられて、耳元に顔が近づけられるような気がした。
「……わかりましたわ」
こうやって何度も囁かれるなんて、恥ずかしくて耐えられそうにない。
慌てて、もうやめてと降参した。
頬を赤くしたティアンの恥ずかしがりように満足したのか、肩に回った腕は背に戻っていった。
ハロルドが飲み物をとりにいっている間、ティアンは目立たないように、両親の近くに立っていた。知り合いの貴族と談笑する両親は時折、ティアンを気にしてくれている。両親の社交を邪魔するわけにいかない。
手が届く距離にいることで、両親を待っているように周りにみせた。
ダンスホールでは次の曲が流れていた。
雰囲気のあるゆったりしたものからテンポのある楽しい楽曲に変わっている。
ダンスホールには、レオンがティアンと変わらない年代の令嬢と踊っている。
外面のいい笑顔の裏で、彼の思い描くことから外れると豹変するような人に見えない。
ティアンの次の相手とならなければいいけれど。
懸念はするが、知り合いでもない令嬢を助けるために再びレオンの懐へ飛び込む勇気はない。
ティアンは、ダンスホールから目を背け、ハロルドを待った。
このまま、今夜の夜会が無事に終わってくれるといい。
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