大地ショットガン、建物鈍器、そして戦火


ボクは前々からリリィに

とある長期的な調査を頼んでいた

それは、世界中に点在しているであろう

吸血殺し共の拠点、その所在についてだ。


そもそもが隠されているので

見つけ出すのは非常に困難な上

自分で探すにはあまりに不適切だった。


拠点は音では探れない

だから足と考察に頼る事になるのだが

その為には手持ちの駒が少なすぎる。


単独でこなせる任務では無い

個人でやれる事は少ない、なのでボクは

リリィを利用する事にしたのだ。


どんな情報も数日与えれば手に入れてくる

あの優秀な情報屋が、何年も掛けた依頼。


それの完成がそろそろだと踏んだボクは

情報を纏めた資料を取りに行かせたのだ。


彼女が戻ってくるまでの間、倉庫の外で

海岸を見つめて、ひたすらボーっとしていた


リンドは言っていた

´あんたにピッタリの新装備を作るから

楽しみに待ってな!もうすぐ出来るからね!´と

なんとも気前の良い事だ、感謝をしなくてはね


ザバーンと波が押し寄せる

いつも見ている光景だ、代わり映えしない

人の世の荒事など預かり知らぬといった顔で

ひたすら雄大に、そして深く在り続ける大海


こうして眺めてみると色々思う所がある

例えば、これから自分がやる事についてだとか

どんな風に戦おうかだとか、そんな風な考え。


浮かんでは消え、浮かんでは消える

最近は全く休んだりしてこなかったので

思えば、久しぶりにゆっくりしているな。


別に忙しいのは嫌いじゃない

むしろ、普遍的であることはボクの敵だ

刺激や変化はある程良いと、そう思っている


「あっちでもこっちでも、戦争戦争戦争

人間が自滅するのも時間の問題かもしれないね」


同族内で争い始めたら、それは終わりが近い

かつて滅んだ数多の種族がそうであった様に

内側がそんな状態では、有事の際生き残れない


人間はその事を知っているはずなんだ

なにせ、キミらの祖先はそれで生き延びたんだ

あの大寒波をやり過ごしたのだから。


人の世は進化を続けるが、その過程で

彼らは力をつけ過ぎた、その原因は分かってる

人間に余計な知識を与えた吸血種が元凶だ。


彼が歯車を狂わせたんだ

彼が人間に及ぼした思想や技術や知識は

在り方を、少なからず歪めてしまった。


生きる為、またはより良い明日の為に

どのような非道もやってみせる人間という生物に

さらなる外道極まりない武器を与えてしまった。


それは不死の力であり、血の力であり

今回の事件の発端となった死者蘇生の研究

元を辿れば全て、始まりの吸血狩りに帰結する。


はた迷惑なことだ

死んだ後までも影響を及ぼすとは

キミは立派な文明の破壊者だとも。


手のひらの中でコインを弄ぶ

弾いたり投げたりして遊ばせている

金ピカに光る派手極まるこのコインは

ちょっとしたワガママを言って

リンドに作ってもらった特注品である。


いつか経験した

とある出会いの事を、記録するための処置

ボク以外の誰にも伝えることの無い思い出。


これをこうして触っていると

その時の事を思い出して優しい気持ちになれる

これから一大決戦に赴くボクにとっては

精神を統一するための儀式の様なものだった。


そうしていると、やがて——


「おいジェイミー!ついに出来たよ!

ちょいとこっちに来てくれないかい!」


「ジェイミーさんジェイミーさん!

頼まれたものちゃんと持ってきたっす!」


全く当時に、待っていた出来事が

まるで嵐のような勢いで巻き起こった。


とりあえず倉庫の中で話そうと言い

リリィの前を歩いていたボクは、不意に


彼女のこんな声を聞いた


「……ってあれ、ジェイミーさん……そこ

なんか、ヒビ割れて穴空いちゃってますけど

一体どうしたんすか?前そんなのあったすか?」


ボクは答えた


「ああ、準備運動してたら壊しちゃったんだ」


「なーにやってんすかぁ、意外とドジっすね」


「ホントだよね」


そんな会話を交わしつつ、ボクは

リリィと共に倉庫の中に入って行くのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


——ゴウッ!


爆音を撒き散らし、衝撃波を生み出し

姿形すら曖昧になるほどの速度で飛行するのは

他ならないボク自身、吸血種ジェイミーである。


ボクは今日、戦いを終わらせる

この世に存在する吸血殺しを全滅させる

拠点の位置は、リリィのおかげで分かっている。


ボクがこんな風に、地上からはるか遠くの上空を

尋常ではない速度でカッ飛んでいる理由はひとつ。


簡単に言えば一撃離脱のため

ボクは自分の体を弾丸に見立てて飛んでいる

弾丸ということは、つまり対象物があるって事だ。


対象物とは、すなわち。


吹き付ける風!鼓膜に負荷がかかり破れる

風圧で眼球が潰れる、呼吸すらもできない

全身の血管が絶え間なく破壊され続けている


それほどの速度、それほどのエネルギー

ボクはコレを自力で収める事が出来ない

いや、そもそも着地のことを考えていない。


飛来する、はるか上空から、一瞬にして

それは徐々に、徐々に高度を落としていき


ある時


突然、進行方向を急激に変えた!真下に!

凄まじい負荷が肉体を遅い、弾け飛ぶ筋肉

しかし、0コンマ数秒の間に再生は終わる。


物理法則を無視した空中機動!

それはリンドから貰った新装備の効果!


ボクは真っ直ぐ地上に向けて落ちていく

質量こそ大したことはいが、その実

どんな爆弾よりもタチが悪いものだ


なぜなら、ボクは生きているのだから

そして、この凄まじいまでの跳躍はまだ

本来の能力を発揮するでしかない。


これより約5秒後、地面に到達する

その前にボクは、己の最大の攻撃手段である爪を

深く、そして全身全霊を注ぎ込んで構えた。


引き絞る、まるで弓を打つ時のように

あるいは大声を出す前に息を吸うように

段階を踏んで、渾身の力を溜め込んでいく。


飛来、落下、墜落、直下爆撃

ボクの身体はやがて、地上に到達し


「おい、なんか変な音が——」


————着弾ッ!抜爪ッ!


直後


まず起こったのは光、光が辺りを包み込んだ

いいや違う、光では無い、それは熱波だった


煌めきが全てを焼き尽くす


加えられたあまりのエネルギー量に

生み出された熱が質量を持ち、吹き荒れて

周囲一体を暴力的に蹂躙した結果、起きた現象


ボクが`着弾`した建物は

跡形どころか成り立ちの土台諸共

初めから存在しなかった?それでは生ぬるい

もっと、形容し難いまでの破壊に見舞われて


地盤をも貫いて開けられた

数百メートル単位の大穴が


ドロドロに溶けたマグマのようになって

凄まじい熱気を放ちながら、空けられていた。


吹き荒れた熱波は人と建物を蒸発させ

巻き起こった衝撃波は大地を巻き上げて砕いた

被害は甚大、過去類を見ない大破壊、そしてボクは


即座に、自分が開けた大穴の壁を蹴り

そのまま幾度にも加速をつけて、再び

広大にすぎる大空へと飛び出して


風圧を身に感じながら跳躍し

空中にて軌道を変えて

今度は西に向かって一直線にカッ飛んだ!


勢いは衰えない、いやそれどころか

体が温まってきたおかげでさっきよりも

飛ぶ時のスピードが出ている、これならば


大して時間をかけずに

全ての吸血殺しの拠点を消し飛ばせる。


……そうだ、ボクの言う一撃離脱とはつまり

空から奇襲をかけて、地域ごと敵を殲滅して

再び飛び立ち、爆撃を繰り返す戦法の事であった。


一般人への被害は大きいが

そこは都合よく諦めてもらおう

その時そこに居たのが運の尽きという事だ。


なんて身勝手な理由、弾劾すべきだ

しかし悲しいかな、このボクは吸血種

人の倫理観なんて尺度に収まらないのさ。


飛行


目的地に到達、軌道変更、直下爆撃

何もかもを吹き飛ばし、大勢を殺して

再び空中に離脱、方向転換、飛び去る


それを繰り返す、敵に反撃の隙は与えない

敵がこっちのことに気が付く前に片を付ける。


飛んだ、ボクはとにかく飛んだ

吹雪に吹かれた、雲の中を突き抜けた

降り注ぐ雷の横を通り過ぎた、雷よりも早く

前の見えない霧の中を飛んだ、世界中を飛んだ。


各地で破壊を巻き起こす、まるで隕石

さながら自然災害のような理不尽さで

何百、何千という無関係の人達を巻き込んで

目的である吸血殺しを諸共に消し飛ばして行く。


爆撃、死、爆撃、悲鳴、爆撃、血

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

何度も、リリィから得た情報の限り、何度も。


山奥でも、海の上でも、どこでもお構い無しに

まるでそういう機械であるかのように、無感情に

ただひたすら殺戮を行う機構として働いた。


やがて


ズドォォォォォォン……!!


地割れを、地響きを引き起こして

地下に作られた吸血殺しの拠点を

大地ごと破壊し尽くした頃


例のごとく大穴から

何度も壁を蹴りながら加速し

上空に飛び上がったボクは、そこで


「——いや、今ので最後か」


自分の目的が達成された事に気付いた

リリィから聞いた全ての地点を攻撃した

一方的に、一切なんの反撃も喰らわずに。


ならば、次にやる事は決まっている

ボクは今日で全てを片付けると宣言した

それは何も、吸血殺しの拠点に限った話ではなく


ボクが滅ぼすのは、そうだ

吸血種ジェイミーを殺すために編成された

通称`血別戦`とやら、あれも含まれている!


そしてッ!


その部隊が何処にいるのかを

ボクは、リリィから得た拠点の分布から

世界地図を見て、場所を割り出していた。


故に、今ボクがこうして飛んでいる理由は

´そこに`向かうため、ただひとつであり!


視界の、ボクの優れた視力が捉えた

遥か前方に居る大勢の人間の兵士たち

彼らが、今回の作戦の最大討伐目標だった!


設営されたテント、仮の砦、多くの人間

まるで準備が整っていない吸血殺し共の姿

自分達が襲撃を受けるなど、予測してないだろう。


ボクはそこに向けて、真正面から接近し

拳を構え、一撃で殲滅してやろうと意気込み

これまで繰り返した数度の単身爆撃

培った経験で得た、最高の一撃をお見舞しよう。


構えてタイミングを見る

着弾まであと1秒もない


ボクは最高速度を維持したまま

主目的である人間の大隊に近付いて


——ぞわり、と何かが背筋を這い回った。


「——ッ!?」


判断と行動は一瞬にして行われた、


ボクは迷わなかった、即座に軌道を変えた

´このまま真っ直ぐ飛び込むのは危険だ!`

理由は分からない、でもそう感じたのだ。


すると、本来ボクが飛ぶはずだった軌道上を

目を覆いたくなるほどの眩い光が通過した。


ボクはあれに見覚えがあった

あれは、



その光景を視界の端に捉えながら

吸血種殺しの部隊が鎮座している所よりも

およそ数百メートル手前の地点に着地した。


——と、同時に


「襲来ーー!襲来ーー!吸血種襲来!

第1作戦失敗!即座に第2作戦展開ッ!

いいか、余計な事を喋るんじゃないぞ!

相手は耳がいい、聞かれて読まれるぞ!」


という声が、ボクの耳に届いた。


「……奇襲作戦は前にも一度やっているし

何かしら対策が成されていても不思議は無い、か」


見通しが甘かったのはこちらの方か

まさか使い勝手の悪い封印をあんな風に

高エネルギー派として射出しようとは。


あの海上プラントで同種の技術を

目にしていなければ、恐らくやられていたな。


「……やってくれる」


ふつふつと込み上げる感情、激情

してやられた、という事実が突き刺さる

何よりその事を予測出来なかったボク自信に

腹が立って仕方がなかった。


キュイイイイン、という奇妙な音が聞こえる

さっきの照射をもう一度やる気なのだろう

……そうはさせるか、次はもうないよ!


ボクはその場にしゃがみ込んで

両腕を真っ直ぐ平行になるよう構えて

深く、深く地面に突き刺した。


敵は密集している、距離は数百メートル

散開する様子もない、砦は設置されているが

残念なことに、それでは心もとないね——!


ボクは、足、腰、肩、腕、手首と

それら全ての部位を連動させて揃え

それぞれの部位を、爆発的な瞬発力によって解放


ひび割れる足場、無数の亀裂が走る大地

見る見る間にいく地面!


「——なっ……なんだあれは……!?」


これは、ある人間の武器から着想を得た技だ

人間には銃という殺戮に特化した兵器がある

それは主に1発の弾丸を撃ち出す為のもの


ものを投げるという行為の究極系

火薬の炸裂による圧力で物体を押し出し

遠距離から、対象物を貫通する悪魔の武器


とりわけその中でも

射程が短い代わりに広範囲を攻撃できる

と区分される銃火器が存在する。


ボクは、下から前に向かって

己が出せる全出力を、瞬間的に発揮し

めくり上げた地面を、思いっ切り押し出した。


強すぎる力を加えられた物体は

物質同士の結合力での形の維持が出来なくなり

壊れ、そして砕け、バラバラになって散っていく。


爆発に見舞われた際

四方八方に飛び散る瓦礫や砂粒のように

強大すぎるエネルギーを加えられた物体は

その姿を砕かれようとも、勢いが収まる事がない


すなわち——!


「さしずめ、大地ショットガンだッ!」


岩石、岩盤、地面石、土、鉱石!

ありとあらゆる物が無数に射出された

元の超巨大質量は、例え散り散りになろうとも

その物自体が持つ驚異は決して衰えない。


「うわああああああ——ッ!!?」


百戦錬磨の強者達が悲鳴をあげたッ!


これまでどのような訓練にも耐え忍んできた

吸血種を殺せるだけの心の強さを持った戦士達が

迫り来る絶望に怖気付き、無様に醜態を晒した。


ある者は逃げようとし

ある者は砦を盾にやり過ごそうとし

またある者は味方を押し退けて逃げ出した


呆然と眺めている人間もいた

膝を折って笑っている女もいた

剣を構えて雄叫びを上げる男も居た。


そうして彼らは


襲い掛かってくる無数の投擲物によって

体を砕かれ、貫かれ、切り刻まれて千切れ

ほとんど原型を残す事無く、四散していった。


血別戦線、総戦力約8万


残存勢力……約1万2千


被害甚大。


「……ひっ……怯むなァ!武器を取れぃ!

生き残っているものは陣形を整えっ——」


リーダー格は最初に落としておくに限る

ボクは即座に飛び込み、その人間を切り裂いた。


ぽーんと宙に舞う首、嘘みたいに軽く

まるでボールの様な気楽さで飛んだ首は

残存する全ての兵士の視線を集めた。


立ち直りかけていた心が折れる

目の前で大量に死んで行った仲間たち

何も出来ずに、無意味に、ゴミクズの様に

無惨にも殺された友達や恋人の姿、そして


自分達を鼓舞してくれた

我らが頼れる部隊長の、突然の死

彼らの心に襲いかかった絶望は、容易に

人間の精神と心を腐らせて、破壊した。


——悲鳴、絶叫、気の触れた者


地獄絵図、地獄絵図

そこは一瞬にして、この世の地獄となった

もはや作戦も陣形も士気もあったもんじゃない。


最初の一手で何もかも崩された

これはもう戦いじゃない

ただの凝った自殺に過ぎない。


ボクは狂乱に陥った残党共を

背中から切り裂いて殺していく。


中には抵抗しようとする勇敢な者も居るが

1秒たりとも時間を稼ぐ事なく、死んでいく

血飛沫、飛び散る肉片、砕ける頭部、倒れる人


残存兵力1万2千という膨大な数は

瞬きの間に削られ、縮小していく。


まだ壊れていない砦を根こそぎ引き抜いて

拳よりも広い射程で、兵士達を薙ぎ払っていく


叩きつける、振り抜く、ぶん回す

たったそれだけで何百と死んでいく

これはもう戦いではない、ただの作業だ。


積み上げられていく屍の山

100、500、1300、2130、3900、6700

時間が経つにつれて犠牲者は増えていく

体が温まって、調子が上がってきたのだ。


9300、10000……そしてついに


「は、ははははは!ははははははは!

ははっ……はっ……はっ……い、嫌だ嫌だ

まだ、まだ俺は何もしてない、残してない


こんな最後嫌だああああーーーッ!!!」


ヒュンッ——


真っ赤な血の、桜吹雪が舞う

それは、命の終わりを告げるもの。


そして


見渡す限りの血溜まり、死体、死体死体死体……

そこら中に命だったモノの残骸が散らばっている

あまりの惨状、常人が耐えられる光景ではない。


「返り血だらけになっちゃったね」


ボクは総勢8万の死体の山を背に

顔や腕、足や服に付着した血を舐め取っていく

ベッタリ着いた血を、ぺろっと舌で掬い上げる。


味を確かめて、振り返ってひと言


「キミたち不健康じゃないか?

随分と栄養価が偏っているよ」


それは食習慣に対するダメ出しであった。


「まあ良い、血を回収するとしようか」


あまり気乗りはしないけどね、と言いながら

そこら中にぶちまけられた血を吸っていく

味は、お世辞にも美味しいとは言えない物の

何せ量が量なので、満足感を得られはする。


それにしても、拍子抜けだった

もっと派手に抵抗を受けるかと思っていた

仮にも討伐作戦の大部隊なんだろう?


それにしては練度も士気も低すぎる

ボクが強くなったのか?それとも本当に

奴らが弱かったのか、あるいはどっちもか。


どっちにしろ、あまりにも味気ない


「……よもやこれで終わりではあるまいよ」


コレで片が付いたなどとは

ボクは微塵も思えないのであった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——なんだコレ」


ボクが、街に戻った時には

街は既に街ではなくなっていた。


至る所で黒煙と炎が吹き荒れている

住民達の叫び声に、空を飛ぶ機械の船

爆弾が落ちてきて、それは地上を破壊する。


人も建物も、何もかもが吹き飛ばされる

蹂躙されている、それは紛れもない`戦争`だった。


「近々やらかすかも、とは聞いていたが

このタイミングで……?何がどうなっている」


いや落ち着け、思考を纏めるんだ

今大切なのは戦争が起きてるという事実と

リンドやリリィに危険が迫ってるという事


リンドは大丈夫だろう

フレデリックとジーンが着いている

今いちばん心配しなくてはいけないのは


「——リリィ!」


名前を呼ぶ、喉の奥から振り絞る

声帯がちぎれ飛ぼうと構うものか

何処にいる!?あの子は何をしている!?

無事なのか、既に死んでしまったのか……


いいや、彼女は仮にも裏世界の人間だ

危険の多い情報屋という生業を、あの歳まで

特に目立った失敗をやらかす事もなく続けてきた


戦火が巻き起こる前に

その情報を手に入れても不思議じゃない

彼女も、おそらくは大丈夫だろう。


ならばボクがすべき事は?

空飛ぶ船を撃ち落とすか?


……いいや、その必要は無い

残念ながらこの国を守る気は微塵もない

自分に危険が及ばないなら、見過ごすべきだ。


あれは、人が人に仕掛けた戦い

ボクが首を突っ込んでも何にもならない

同族間での自滅を止める義理は、無い!


リンドの元へ急ぐ

所在が分からない友を探すよりも

確実にそこに居るであろう人物の方


——走る、走る走る!


逃げ惑う人々の群れを縫って

瓦礫の山を切り崩しながら、走る。


そして、見えた


根こそぎ倒壊した、彼女の工房が

ボクの視界に突然飛び込んできたのだ。


ボクは更にスピードを上げた

壊れきった街への被害など知るものか!


いつもの海岸は火の海だった

ボクはそこに、はるか彼方からやってきて

地面を、お構い無しに砕きながら着地して


とにかく大きな声で叫んだ


「ボクだ!帰ってきたぞ!居るかい!?」


喋りながらも嫌な予感は消えないものの

しかし、最悪の結末は起きえなかった!


「ジェイミーさん!」

「ああっ!ジェイミー!」


この声はフレデリックとジーンだ

ということは、つまり——!


崩れた工房の影から

フレデリックとジーンの2人に連れられ

煤だらけの姿で現れたリンドを見た瞬間


気が付いた時には既に

ボクは駆け出していた。


「私は平気だよ!2人が守ってくれうわっ——」


「良かった……良かった……!生きてたっ!」


手繰り寄せる、顔を埋める、この腕の中に

彼女の身体を感じて、それで抱きしめる。


気持ちが溢れ出す

何でもないと思っていたはずが

無事な彼女の姿を見た瞬間、何かが切れた

込み上げてくる、抑えられない、溢れる。


「そ、そりゃあ生きてるさね……だって

あんたが2人を付けてくれたんだろう?


フレデリックとジーンは

いち早く異常に気付いて守ってくれた

あたし1人だったら巻き込まれてたよ

機械いじってると周り見えなくなるからね


ほら、あたしは生きてるよ

大丈夫、大丈夫だから……」


優しく、ボクの背中を撫で付ける手は

機械いじりに伴って出来た傷や

工具の形に変形した骨のおかげで


非常にデコボコとしていて

彼女の技術者としての練度を表している様だ

リンドはここに居る、ちゃんと生きてくれていた。


気持ちが落ち着いてきた

どうやら動揺は一瞬だけだった様だ。


ボクは顔をあげて、リンドの肩越しに

今回の功労者である2人を褒め讃えた。


「フレデリック、ジーン、キミたちには

感謝してもし足りない、本当にありがとう」


「……い、いいわよお礼なんて」


「倉庫、守れなくてすみません」


そしてボクは告げた。


「——この国を出るぞ、2人とも

ボクの生まれ故郷へ逃げるんだ」


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