フレデリックとジーン


ジーンらに言った`ここよりも良い所`とは

今の自分が考えつく限りで最も安全であり


吸血種という立場上

味方が少ないボクにとって唯一

気兼ね無しに頼る事が出来る人物の場所


すなわち


「——それで、あたしの所に

その子たち連れてきちゃったわけ?」


ボクの頼れる友人、リンドの所である。


「ごめんね、つい頼りたくなって」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


相変わらず浅黒い肌

オシャレ要素の欠片もない作業着に

頬に、黒く薄く伸びる機械の油


腕を組み、首を傾げ、眉を上げる彼女は

ボクの突拍子もない訪問に慣れているので


背後で居心地が悪そうにしている

ジーンやフレデリックを見ても

大して驚きはしていない様子だった。


「ま、とりあえず中に入りなよ

もてなせる様なもんは何も無いけどね」


扉……ではなく鉄のシャッターが

ガラガラとやかましい音を立てて開き

僅かに屈むと通れるだけの隙間が生まれる。


戸惑う背後の両名をよそに

ボクはひょいっと隙間を通り

リンドの倉庫にお邪魔した。


そんなボクの様子を見て彼女らは

お互いに顔を見合せて、フッと息を吐き

その空いた隙間を潜り抜けてきた。


ちなみに彼女らには

リンドのことは一切話していない

そっちの方が面白そうだと判断したからだ。


当人たちは、ここまでの道中

何処へ連れていかれるのか怯えていたが

その様子を眺めるのもまた、一興であった。


「うわ広っ……て、あの機材って」


「なんか良いですね、ここ」


研究者としての血が騒ぐのか

ジーンとフレデリックは1歩進む事に

リンドが途中で投げ出した実験品の数々や

置いてある機械、設備に目を奪われていた。


ある時、前を歩くリンドが言った


「この暗さで見えるってことは

あんたら既に人間じゃ無いんだね」


冷静な状況分析と推理

ボクと関わっているおかげか

リンドは状況適応能力が非常に高い。


「一応ボクの眷属ではあるんだけど

在り方で言えば吸血種に近いんだよ」


「たしかに、雰囲気は近い感じがあるかも」


あの時

既に彼女らが負っていた傷から考えても


ボクが血を分け与える事で肉体変化が始まり

吸血種として成立出来るまでの間

2人が生きていられる保証は何処にもなく


また、仮に眷属として成った後でも

不死身である本来の吸血種とは違って

`頑丈な生物`にすぎない眷属では


零れ、崩れて形を失っていく命を

完全に失われてしまう前に補強し

繋ぎ止めるには、力不足の可能性があった。


それ故に、ボクはあえて

血の投与する量を大幅に増やし

より吸血種に近付ける為の処置を行ったのだ


結果としてフレデリックとジーンは

奇跡的に、両名とも命を存続させられた


これはかつて


同じく死にかけの状況にあった人間を

強制的に吸血種に変えた時の経験が

今回の成功に貢献したと考えられるが


次も上手くやれるかと言えば

`分からない`と答える他無いだろう。


「ふたりとも優秀な研究者だから

なにかキミを手伝える事もあるだろう


それでなくても

自分がやるには危険な作業を

代わりにやらせるんでも良い


どうだろう、彼女達

あずかってくれないかなぁ」


ピタッ、とリンドの足が止まり

こちらを振り返ってひと言


「あたしは良いけども、本人達は?」


おや、あっさり


「いいんだ」


「ちょうど手伝いが欲しかったしね

フレデリックと……ジーンだっけ

2人の意思は?どういう感じ?」


ノータイムでジーンが答えた


「……正直、まだ困惑してるけど

助けて貰ったのは揺るぎない事実だし

他に行くあてがあるって訳でも無いし


置いて頂けると言うのであれば

私には、断る理由は一切ないわ

手伝いでも何でもさせて下さい」


うんうん、と頷くリンド

彼女は可愛い女の子が大好きなので

きっと気に入ってくれるだろう。


そして、視線がフレデリックに移る

彼は相変わらずオドオドしているけれど

死にかけた経験のおかげか、幾分

堂々としている様にも見えなくもない。


というか初めから彼は

率先してボクの血を抜きに来たり

なかなかに度胸のある奴だった。


彼は言った


「研究が出来るなら、何でも良いです

それ以外のワガママは一切言いません


ジーンと同じく、手伝いでも

危険な作業でも幾らでもやります」


彼の目は、真っ直ぐで力強く

普段の彼が纏っている卑屈な雰囲気を

まるで感じさせない程に決意が固かった。


……で、ボクは目がいいので

そんなフレデリックの横顔を見て頬を染める

恋する乙女、ジーンの姿を見逃さなかった。


その時、リンドと目が合ったが

彼女も彼女で顔を赤くしていた


なんだいキミ達、随分と楽しそうじゃないか

純情な乙女だった頃のボクが懐かしいね。


この甘酸っぱい空間は、普段であれば

面白い、楽しいと感じる所だろうけど

今のボクは、微妙に気持ちが早っていた。


彼女の元へ来たボクは、いつも

必ず利用している施設があった


それは——


「ねぇリンド、お風呂借りて良いかな」


ボクは、彼女の家のお風呂が好きだった

なので、つい来る度に借りてしまうのだ


もう本当、いつもの事なので

リンドもすっかり慣れてしまっていて

当たり前のように貸してくれるのだが


今日に限って言えば

いつもとは勝手が違っていた。


「ん、あぁ、もちろん構わないよ

つい2日前に改修したばかりなんだ


私ひとりなら問題は無かったけど

頻繁に利用する誰かさんが居るからね」


「ほんとう!?」


目がキラキラしていたと思う

あとちょっと興奮気味だったかな


その時の反応速度は凄まじかった

風をも連れ去る勢いで詰め寄り


リンドの両腕をガシッと掴むボク

もちろん、骨を砕いてしまわないよう

最大限の配慮は欠かしてないが。


フレデリックとジーンが

そんなボクを目で正確に追っていた

既に動体視力が人の物ではない証拠だ。


リンドは表情ひとつ変えずに

そんなボクの肩をポンポンと叩き

嬉しそうな顔をしながらこう言った。


「ほんとうほんとう、じゃあほら

あとは面倒見ておくから行ってきな」


彼女の言葉に従おうと走り出して

不意に止まり、思い付きを口にした。


「一緒に入らない?」


「え、あ、あたし?」


「リンドもだし、ジーンもだよ

フレデリックは……まずいだろうけど」


「私も……!?」


顔を見合わせるリンドとジーン

リンドは多分断らないだろうね


問題はジーンの方だ

彼女が首を横に振らない限りは

ボクの提案はそのまま通るだろう。


「たしかに3人ぐらいなら

余裕で入れるだろうけど……」


視線がジーンに集まる

皆、彼女の返答を待っているのだ。


「え……」


すると彼女は、しどもろどろになりながら

泳ぎまくる視線でこのように言った。


「ふ……ふたりが良いなら……?」


そんな弱気な姿を見るのは

なんだか新鮮な気がするのであった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


水音


天井に湯気が立ち上り

湿気が強く、水滴が落ちる音がする

お風呂場は思っていた倍広くて驚いた。


水面に波が立ち、波紋が広がり

ある地点をもって円状に跳ね返る。


そこにあるのは肌色の壁

湯船に浸かる3の身体だ。


「はぁ〜〜〜」


何日も徹夜で作業していたと言うリンドは

体を休める為のいい機会となったようだ。


彼女ひとりだけだと、どうにも

休息を忘れてしまうタチであるらしく

全身に疲れが溜まっていたと言うが


それにしても


「こんなに広いとは思わなかったよ」


辺りを見回しながら言う


ひとりで使うにしては

あまりにもスペースがありすぎる

さながら屋敷のお風呂場のようだ


「ひと回り小さくも出来たんだけど

別に大して値段が違わなかったからね

どうせなら広くしちゃおうと思って」


「キミ、割とそういう所あるよね

どうせなら派手に行こうみたいな」


「なんだかんだで役に事が多いんだよ」


「たしかに」


「そういえば、あたしがあげた装備

そんな風に携帯して持ってたんだね」


「いい方法だろう?」


肌の表面に這わせた模様を指して言う

ファッション性もあって機能的でもある

我ながら素晴らしい案だと思う。


「それで、どうだったんだい使い勝手は」


妙にソワソワした彼女の態度

ああ、本命はそれが聞きたかったんだな

今までの会話は全て前降り……って事だ。


「ばっちりだね」


「ようし!」


バシャン!とお湯が跳ねる

ボクとしては幾ら喜んでくれても良い

それだけの価値が、彼女の発明にはあった。


「で、分かっているよリンド

改善点や要望については後でね」


「もちろん!たっぷり聞かせて貰うよ」


彼女は研究者の気質があるので

これで完璧だ、という地点が無い


そもそもあの装備は試作品

さらなる改良を加えた後期型の研究も

リンドであれば、当然に取り組むだろう。


ボクも是非、協力させてもらおう

あれやこれや知恵を絞るのは好きだからね。


などと思っていると

ジーンが会話に参戦してきた。


「……ふたりとも仲が良いのね

随分と付き合いが長そうだけど?」


それにリンドが答えた。


「生まれた時からの付き合いだからねえ」


「う、生まれた時から!?」


彼女にとっては余程の衝撃だったらしい

信じられない、という表情で固まっている。


「……怖いとかは思わないの?」


「敵じゃなければ何でも良いかな

あたしにとっては変わり者の友人だよ」


「お互い様だね」


「……私の知らない感覚だわ」


ずっと人間の世界で生きてきたのだ

いくら吸血種の研究に携わっていても

実際に関わり合いになるのとは別問題だ。


故に彼女の感性は

一般のものと何ら変わりがない

それは人間では無くなった今でも


生まれ育ってこの方、養ってきた感覚は

そう簡単に変わる様なものではないのだ。


だから、もし


「もし、今の体に馴染む事が出来なくて

`死にたい`と思ったら何時でも言うと良い

ボクが、苦しまないように殺してあげるよ」


そういう人間は一定数いる

ボクはあまり眷属を作らないタチだが

それでも、数人はそういう経験をした


そういった者を自らの手で始末するのも

人間を眷属にした吸血種の責任でもある。


ある、のだが

リンドは不満そうだった。


「えー!せっかく可愛いのに……!」


「かわ……」


「リンドは女の子好きだからね

ひょっとしたら迫られるかもよ」


「せ、せまっ……えっと……その」


「あぁ〜いいねぇーっ!ウブっぽくて

研究一筋で遊びを知らないタイプだ」


ややテンションが狂っているが

こういう彼女を見るのは久しぶりだ


最初はボクに対してもそうだったが

今ではすっかり慣れてしまったらしく

そういうのは、全く無い。


「それってその……」


「もちろん夜のお誘いだよ」


「や、やっぱり!?う、ウソ……!

いや私そういうのよく分からないし

お、女の子同士って刺激が強……っ


って言うかリンドさんは

そういうの慣れてる……んですか?」


彼女はすっかり動揺してしまって

言葉遣いがまるで定まっていない。


「男も女も食い尽くしたよ」


そして、あっけらかんと言うリンド

彼女は意外と節操というものが無い。


「ああ……あの時は大変だったねぇ

彼女がまだ国の研究機関に居た時の事だ


研究疲れからくる性欲の増大のせいで

とにかく手当たり次第に食いまくったんだ


そのせいでちょっと問題になった

というか、異様にモテまくってね

火消しに奔走させられた」


あの時は本当に大変だった

人間関係のゴチャゴチャに関わるのは

二度とゴメンだと思ったものだ。


「あたしが何かを言う前に自分から

面白がって首突っ込んできたくせに」


「結果的には活躍しただろう?

ボクが居なかったらキミは今頃

研究室を追放されていただろう


そうなれば

今ほどの知識量は無かったはずだ

あの混沌とした状況を収められたのは

ほとんどがボクの功績と言って良いだろう」


「参考までに、どんな状況だったの……?」


「ナイフ持って追いかけてきた人と

自称彼氏が死ぬまで刺しあったり


押し掛けてきたファンが

研究室の部屋の鍵を破壊して部屋を荒らし

誤って機材を誤作動させてしまい死亡……


リンドが食った相手に恋人が居て

その恋人が乗り込んできたところを

リンドが容赦なくスパナで殴り倒し


それに怒った親が乗り込んでくるも

二階の窓から投げ落として全治数ヶ月


真面目だった研究室の職員が

ことごとく素行不良に陥り治安が悪化

その結果、内部情勢が完全に崩壊


……まだまだ沢山あるよ」


「な……なに……それ……」


「この世の地獄さ」


ジーンが戦慄の表情を浮かべている

お湯の温度のせいだけではない汗が

こめかみの辺りを流れている。


「とにかく好き放題立ち回ったんだよ

リンドは人間の集団と相性が悪いんだ

とにかく荒し回る上、まるで自制しない


1人でいる分には良いんだけどね

こんな見た目して激しい奴なんだ」


「よ、よくも男女関係だけでそんな

滅茶苦茶のぐちゃぐちゃになれるわね」


「まあ昔の事さね」


「そうだ、ジーン」


昔の話をしてリラックスしていた所

話しておかねばならない事を思い出した


「?、なに?」


「後でキミらに稽古を付けてあげるよ

新しい体に馴染むための手伝いだ」


「……それって貴方と戦うの?」


「ボクしばらくこの街に居るからね

日毎に1時間、戦闘訓練を行う」


「戦いとか私……その……」


まあそうだろう、彼女らは戦士じゃ無い

そういう血なまぐさい荒事とは程遠い存在だ


だった、と言うべきか

元はどうであれ今はボクの眷属

苦手だ何だとは言ってられないのだ。


「キミらは匿われる立場にある

それはつまり存在がリスクって事だが


あんな大規模な破壊を巻き起こしてまで

死なずの研究を潰したんだ


もし、生きている事を知られれば

この街でも同じことが起きるだろう

研究成果だってボクが保持している


その事が何を意味するか

言わずとも分かるだろう?」


「……守る側になれって事ね」


一挙に吹き飛ばされるならいざ知らず

せめて、ボクと戦いになる位の武力は

付けてもらう必要があると踏んでいる。


「ズタボロになるまで虐めてあげるよ

逃げられるなんて、思わないことだ」


「ふ、ふあん」


「フレデリックにはキミから話しておけ

風呂からあがったら、すぐ訓練を始める」


「わざわざ綺麗になった後で……?」


「どうせ戦うなら

気持ち良く戦いたいだろう?」


「いや、べつに、あんまり」


「違うんだ」


違うんだ


「こいつ吸血種だからね

その辺は相当ズレてるんだよ」


「ズレてるで済むのかなぁ……」


疑わしそうな視線が注がれるが

ボク自身、その自覚はあるので

彼女の態度はもっともであると言える。


「とにかく、そういう事だから

お湯から上がったら準備しておいてね」


彼女は決意を胸に

されど、やや不安そうな顔をして

ボクの注文に答えるのだった。


「——分かったわ」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「さて、集まったもらった訳だが」


町外れと呼ぶにはあまりに遠く

人っ子ひとり居ない荒野のど真ん中


「随分遠くまで来たわね……」


「吸血種が3人も暴れるんだ

中途半端な場所じゃ都合が悪い」


間違っても存在を悟られてはならない

となれば、ボクが来る場所はひとつ。


「ここなら、いくら暴れても良い

なにせ忘れられた街だからね


ボクのかつての故郷だけど

気にせず壊してくれて構わない」


自分の屋敷も持っていたが

師匠をこの手で討ち滅ぼした時に

根元から吹き飛ばされてしまったので

ここに立ち寄る用事が一切、何も無い。


それ故に

帰ってくる意味自体が存在せず

久方ぶりの帰郷であると言える。


「それで……戦闘訓練って一体

どんな事をやるんですか……?」


不安げなフレデリックが

右へ左へ視線を動かしている。


「理論理屈は邪魔になる

キミ達には感覚で覚えてもらう」


「つまり、一方的に嬲られると」


「キミ達自身で学ぶんだ


もちろん、ボクに質問するでも良いが

基本的には教えない、自己学習で行く

話は以上だが戦闘開始していいかい?」


「ふーーっ……」


手首を振りながら深呼吸するジーン

彼女は既に覚悟を決めているらしい。


「僕やります、頑張ります

頑張って戦えるようになります」


そうやって口に出すことで

恐れを排除しようとするフレデリック

彼の目は真紅に輝いている。


「さて」


目を閉じて、暗闇に身を委ね

環境音にのみ意識を集中する


リンリンと鳴く虫の声

風で土埃が舞い上がり

小石が地面の上を跳ねる音


要らない、要らない、要らない

色彩情報も味覚も、今は必要ない。


自ら身体の機能を制限することで

他の能力にリソースを回す


筋力、瞬発力、動体視力

血を湧き上がらせ本能を呼び覚ます


そして、ゆっくりと目を開けていき

色彩情報が省かれた灰色の世界が広がる。


「——吸血種の戦いを教えてあげよう」

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