この件の黒幕、そしてご対面


まだるっこしいのはもう止めだ

外野でいられる時期は終わった。


ガーシュを始末したことでボクは

間もなく盤上に浮かび上がる駒になる


奴の消息が途絶えた事に気が付いた誰かが

騒ぎ立てるのも時間の問題だろう。


そうなる前に

全てのカタを付ける。


ここまでずっと

影に徹していたボクだが

ガーシュに手を掛けた時点で

もはや無関係では居られなくなった。


可能な限り痕跡は消したが

行動したという事実は残るので

これまで通りには行くまい。


もちろん

その分の見返りは十分にあった

ボクは黒幕の正体を知ったのだ。


顔が分かった、名前も分かった

奴が何処に居るのかも分かった。


ガーシュは

ボクや彼の部下が思っていたより

ずっと多くの事を知っていた。


いや、より正確に言うならば

本人がそうと気付いていないだけで

黒幕は身近にいた、と言うべきだ。


ガーシュは

その人物と既に会っていたのだ

彼の記憶にはハッキリ姿が映っていた。


そしてその人物は

ボクも見覚えがあった。


吸血殺しの本拠地

地下に隠された要塞

ボクがこの国に来るきっかけを作った

ボクを殺すための作戦を立案した人物


彼から奪った記憶にも

同じ人間が存在していたのだ。


では何故、同一人物だったとして

それが黒幕である証拠になるのか?


答えは至ってシンプルだ

その人物の正体は研究者であり


同族を人間な売り渡す事で

おのが命を存続させた吸血種

始まりの吸血狩り、その人の


直属の弟子だった人物なのだから。


名を、ミシェル=ドレッディア

彼女は今より遥か数百年前


まだ沢山の吸血種が

地上に存在した時代に生きていた人間。


そして恐らくは、もう

人では無くなっているだろう生命体


彼女は間違いなく

吸血種の持つ不死性を獲得している。


直接の面識は無い

こちらが一方的に

彼女の名前と顔を知っているだけだ


まさかミシェルが

生きているとは思わなかった。


当然だろう

人間の寿命は100年にも満たない

当たり前に死んでいるものと思っていた。


嫌な繋がり方だ

結局はに帰結するのか。


始まりに

人類がボクに敵対し

その次に討伐作戦が打ち上がり


その作戦の立案者はどうやら

女王とやらの指示を受けており


それを深く探るために

嵐の国にやって来てみれば


道中で謎の集団と出くわし

後を追って辿り着いたのは

吸血殺しに関連する人物と来た。


無関係などとは思えない

ボクの未だ知りえない何かが

裏で結び付いているような気がする。


ボクには確信があった

目下取り組んでいる問題の

真実を見つけた時、本来の目的である

女王に関する答えが見つかるはずだと。


だからボクは

隠れ潜む事をやめて

もっと動き回るつもりでいた。


正体が露見しても構わない

自分の存在がバレても良い


スピード勝負だ

時間は残されていない。


なにしろ、もし

全ての裏が繋がっているなら。


吸血殺しの拠点が襲撃された事件と

嵐の国で巻き起こった殺人事件


敵がミシェル=ドレッディア

すなわち、吸血狩りの一員であれば

その両方の事件が同一のモノであると


そして


それらを引き起こしたのは

人間という種族では有り得ない事に

気が付くことが出来るからだ。


これらの事件は可能な存在は

今の地上においてただひとつ


すなわち吸血種

そしてその吸血種は現在

世界にたった一人しか居ない。


そう、ボクだ

それはボクしか居ない。


……遠く離れた土地で起こった

全く無関係に見える事件のふたつ

ともすれば耳に入ることすら

無いかのように思えるが


それだけは無いと

ボクには断言出来る。


それはこれまで見てきた

彼女の策の打ち方から見て


ミシェル=ドレッディアという女が

情報を重要視する人物であるのは

分かりきっていることだからだ。


そして彼女は恐らく

どの人間よりも吸血種に詳しく

また、長い間触れてきた存在


ミシェル=ドレッディアは

必ずその結論に辿り着くだろう


立場上、アイザが何者かによって

殺された事を知るのは難しくはあるまい。


その時点で吸血種の関与を

疑うことも可能だろう。


残された時間は少ないが

しかし一方で


ボクが事を起こしてから

今に至るまでの経過時間は

ボクが迅速に行動したことで

それほど過ぎてはいない。


最初に情報を得た人物

作戦立案者であるアイザを始末してから


第二の被害者であるガーシュの存在が

露見するまでには幾分、猶予がある。


そのふたつが揃って始めて

敵はボクの存在に気が付くことが出来る


地下拠点での出来事だけでは

まだ材料が不足している。


その情報だけを手に

今回のガーシュの一件に辿り着くのは

全てを見通す神でもなければ不可能だ。


スピード勝負

と言ったのはそういう訳だ

自由に動ける時間はそう多くない


完全なフリーで居られるうちに

行ける所まで行かなくてはね。


故にボクは

に飛んできた。


「——またここに来るとはね」


眼前に広がる白銀の世界

何者も他の色に染められぬ

ホワイトベールに包まれた景色


黒いスーツを身にまとい

雪の降り積る丘の上に立ち

彼方にそびえる城を見据える。


あの城の研究室に

ミシェル=ドレッディアは居る。


季節感

温度感の無いボクの姿はきっと

人の目からは珍妙に映るだろう。


でも、それも致し方のないこと

何故ならボクは吸血種なのだから。


「——あぁ、相変わらず

寒さはよく分からないね」


通常の生き物からすれば

斬撃の雨あられのような極寒の冷風も


ボクにとっては、まるで

そよ風みたいなモノだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


シャリ、シャリ、シャリ

雪の絨毯を踏みしめる音


通り道には足跡が出来て

しかしてそれは直ぐに


新たに降り積る雪によって

跡形もなく埋もれていく。


懐かしい

ボクはそう思っていた。


前にここへ来た時は確か

山奥に隠れている吸血種を

殺しに来たのだったか。


人間の軍勢と戦っていた奴を

隙を着いて奇襲を仕掛け

一撃で葬った覚えがある。


あの後ボクは

己の探索不足と考察不足によって

厄介事に巻き込まれる羽目になるのだが。


「懐かしいね、妖精混血

あれは実に衝撃的だったな」


吸血種と妖精の混血

そんなものがこの世に存在するとは。


あの男も強かったな

久しぶりにヒヤッとさせられた


あとほんの一瞬でも

判断が遅れていたら

ボクは間違いなく殺されていた。


そんなふうに

思い出にふけりながらも

ボクは黙々と前に進んでいた。


この国の住人からは

奇異な目を向けられている。


何せ格好が格好だからね

黒スーツ一着で歩いていれば

当然に人目を集めるだろう。


もっとも

そんな事どうでもいいがね


寄り道は一切しない

最短最速で目的地に向かう

服を着替える時間が勿体無い。


多少不自然に見られても

いや、多少所ではないだろうが

全く問題は無い。


正体を悟られなければ良いのだ

人間離れした挙動を取らなければ

それだけで良い。


進む、ただ進む

スイッチは既に切り替わっている

ここでのボクはもう笑う事は無い。


楽しまない

欲を追い求めない

ひたすら無機質に機械的に

冷血に冷酷に事を成すだけだ。


吸血種は利己的な生き物だ

可愛いのはただ我が身のみ


優先するのは己が望み

そこにどんな犠牲があろうとも

誰が不幸になろうとも関係は無い。


だから、必要とあらば

この国ごと標的を仕留める

土地の地盤もろとも吹き飛ばす事も


そうするのが最適だ

と判断すれば躊躇わずにやる。


ただ真っ直ぐと前を見据える

視界の奥のそのまた奥に見える門

広大な土地を支配するあの城を。


シャリ、シャリ、シャリ

シャリ、シャリ、シャリ


そして辿り着いた。


「なあ!おい、そこで止まれ!

この先は入っちゃならね——」


ボクの進行を

止めようとした門番は

まるで霧のように消えた。


ボクは


あるいは飛ぶ鳥のように

超越的な距離を一挙に跳躍したのだ

哀れな門番の男を


砕け散る地面!

衝突に際し吹き飛ぶ門!


水面から引き上げられるような

強烈な浮遊感が全身を襲い

加速する意識の奔流!


——雪が舞い散る。


ボクが通った後には

ただ瓦礫が積み重なるのみ


そのあまりの速度に

そして圧力に耐えきれず


捕まえていた門番の男は

引き裂かれ、千切れて絶命した。


既に命ではなくなったモノを

無関心に空中に放り捨てる


迫り来るは城の壁!


そしてボクが取る行動は

この時点でもう決定している。


構える


超越的な速度の中で

コンマ数秒の猶予も無い中で


ボクは渾身の爪を

目の前の城壁に叩き付けた!


破壊、破壊、破壊!


立て続けに巻き起こる爆音

常軌を逸した被害規模


吸血種の爪によって、城壁は

まるで崩れたジェンガの様に

誇っていた巨大な質量を崩壊させた。


並の砲撃を食らった所で

到底こうなりはしないだろう。


ボクは纏っていた

恐るべき推進力を殺し切り

完璧に着地を果たした。


そこは通路だった。


品性溢れる豪勢な通路も

壁をぶち抜かれてしまっては形無しだ。


「——ぇ?」


通路には、メイドが居た

突然目の前で起きた異常事態に

飛び込んできたボクの姿に


理解が追いつかずに

逃げる事も出来ずに

ただ呆然と立ち尽くしている。


「ぁ——わ、わた——」


判断に、迷いはなかった。


トンッ……という

軽々とした踏み込みは

柔らかな風を発生させた。


風に吹かれて花びらが舞う


ポタポタと

爪から何かが垂れている

そして背後で


ボトリ、と

重みのある落下音がした

衝撃が床を伝わり足の裏に響く。


舞った花びらとは髪の毛

滴り落ちたのは血の雫

そして今の音は、首だ。


「せいぜい恨むと良い」


血をほろいながら呟く

次の瞬間にはボクはもう

その場には居なかった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


事態発生から二十秒経過


城の至るところから

具体的に言えば上下左右何処からでも

激しい怒号が飛び交っていた。


『なんなんだ!何が起きている!?』


『分からない!とにかく

バカでかい音がしたんだよ!』


『城壁が吹き飛んでいるぞ!

だ、誰かが砲撃してきたのか!?』


『バカか!そんな程度のことで

ぶっ壊れるほど弱くねえよ!!』


場は混乱を極めている

誰も状況を把握出来ていない。


『じゃあ一体なんなんだよ!』


『ま、まさか……』


『おいどうした!

さっさと持ち場に付け!

立ち止まってる暇はな——』


『違うんだ……なあ、違うよ

そうじゃないんだよ、コレは


なあ、お前も知ってるだろ

こんな事出来る奴はよぉ……』


「ま、まさか吸——」


閃光。


深紅の閃光が煌めく

無数に繰り出されるそれは

瞬く度に誰かの命を奪っていく。


襲撃者が誰であるのか

答えを喋ろうとしていた者は

胸から下を失って死んだ。


「なっ——」


一瞬の動揺は伝播する

通路にいた兵士たちは驚き

武器を構えるのが遅れた。


更にふたり死んだ

それぞれ心臓を抉られて。


「ああああ——っ!!」


優秀な兵士は

己を鼓舞する雄叫びをあげて


震える手を狂気で押さえ付けて

目の前に迫る驚異に刃を振るい


そして


空中に残して

全身を細切れにされた。


「通すものかァーーッ!!」


彼の勇猛果敢な突撃を受けて

繊維を喪失していた兵士たちは

一人残らず持ち直した。


整う陣形

構える武器


対吸血種用の装備の数々

いずれも天敵と成りうるモノ

彼らの秘密兵器とも呼べるだろう。


だがね

秘密兵器があるのは何も

キミらだけではないのだよ。


それは既に起動している

真っ直ぐ突撃してくるボクを囮に

絶対不可避の一撃は、もう放たれている。


なぜこのボクが

馬鹿正直に突撃したと思う?


どんな秘密兵器を持ってるかも分からない

危険な区域に、わざわざ自ら進んで。


——!


ザンッ


「——は」


空間に斜線が入った

細くも存在感のあるそれは


まるで朝日が沈んで掛かる影のように

通路中を通り過ぎて抜けていった。


その場で陣形を整えて

武器を構えていた彼らは皆

上半身を斜めにズレらした。


ズルッ、という音がして

血と臓物をまき散らしながら

彼らは半分に切り裂かれて倒れた。


「な……ぜ——」


まだ息のある兵士の頭を踏み砕き

完膚無きまでにトドメを指す。


生存の余地は与えない


そして、やはり

リンドの作ったこの装備

吸血種の血に似せて作られたコレは


扱い的には血の力と同じで良いが

その物が持つ特性は、どちらかと言うと

物理的なモノに寄っているらしい。


今しがた始末した兵士たちを

鎧ごと切り裂けたのがいい証拠だ。


彼らの防具は全て

血の力に対する耐性がある

如何なる作用も無効化する守り。


それ故に彼ら

ボクが肉弾戦を仕掛けるしかない

と思い込み、武器を構えたのだ。


ありがとうリンド

キミのおかげで負担が減った。


留まっている暇は無い

ボクは直ぐに走り出した


この廊下をぬけた先の

とある部屋に向かう為に……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


部屋への入室は

壁をぶち破る事で済ませた

扉を開けるよりもこっちの方が早い。


そして


居た


机を引っ掻き回し

棚を引き倒して紙束を抱え

頼りない短剣を片手に携え


こちらを

睨みつけてくる女が


「ジェイミー……ッ!」


「やあ、初めまして」


作戦には万全を期す

ボクは既に規定線紅を起動している


部屋の屋根を、床をつたい

彼女のことを包囲していく。


ボクのやることに

無駄な事などひとつも存在しない。


「私を眷属にする事は出来ない

血に特殊な加工を施している


耐性がある

私の自我は崩せない」


眼光をギラ付かせながら

ミシェルはそう言った。


そのひと言でボクは

自分の目的が悟られたと知った。


彼女はこう考えている


`この吸血種が

自分の前に現れた経緯は不明だが

出会い頭に私を殺さないとすれば

その目的は恐らく情報だ`と


ハッタリかもしれない

けれど本当の事かもしれない


数百年と吸血種を研究した彼女であれば

眷属化を回避する方法を

見つけていたとしても不思議じゃない。


現に血の力だって

今ではほとんど通用しない程に

対策が勧められてしまっている。


信憑性は無くはない。


ペースを奪おうとしている

主導権を握ろうとしている


一瞬でこちらの求める物を見抜き

利用価値を提示しつつ身の安全も確保する。


ミシェル=ドレッディア

やはり彼女は賢く恐ろしい女だ

普通の人間とは掛け離れている。


状況判断が

なにより対応速度が普通じゃない

彼女は間違いなくこの件の黒幕だ。


厄介な女だ

これでは彼女に対して

眷属化を使う事が出来ない


……だがね


「キミはひとつ

大きな思い違いをしているよ


ボクは確かに

キミの持つ情報が欲しい」


話に集中させる

ボクの言動に意識を向ける。


「でもね、ボクは初めから

キミを眷属にする気は無いんだ


なにせ…………」


高まる緊張感


そして!


「——なにせボクは

キミを連れ去る気で居るのだから」


言い終えると同時に!

リンドから貰ったモノではない


吸血種が持つ本来の血の力を

最大出力で解放した!


「——」


ミシェル=ドレッディアの顔に

勝ち誇ったような笑みが浮かんだ


彼女がこの部屋に居たのは

逃げようとすらしなかったのは

恐らくこの部屋に仕掛けがあるから。


用意周到かつ慎重な彼女が

勝ち誇った顔をする程の仕掛け


それはきっと

ボクを封印する為のもの

血の力の発動に合わせて作動する

回避不可能の即死トラップ……!


`勝った`


ミシェルの顔にハッキリ

その文字が浮かび上がっている。


そして、彼女のその表情は

一秒、また一秒と経つ事に

徐々に、徐々に崩れていく。


やがて


「……は?」


いつまで経っても何も起きない事に

信じられない、という顔で呆ける彼女


「——仕掛けなら壊しておいたよ

壁と天井に隠されたモノ全て、ね」


「ッ!!」


ミシェルは

咄嗟に行動しようとした

きっと逃げようとしたのだろう


転移装置でも

隠してあったのかな


でも、遅い


正面切っての反応速度じゃ

吸血種には敵わない!


ボクは


天井と床に潜ませていた

リンドお手製の秘密兵器


通称、既定線紅を起動し

ミシェルの両手足をズタズタに切り裂いた


血の力の発動はブラフだ

ボクはあえて感知させた


その後の反応を全て

遅らせる為に——!


「——ッ!」


ボクは己が持てる

全ての力を足に集中させ

これまで何度もやってきた様に


この世ならざる速度を

一瞬にして生み出す踏み込みを

真っ直ぐ彼女に向かって行った!


突如生み出される爆発的なエネルギー

およそ生き物が出せる出力では無い程の

何者も追い縋ること敵わない跳躍!



反応は間に合わない

ミシェルには為す術が無い。


手も足も失った状態で

重力に負けて落下するしかない

そんな彼女にはもう何も出来ない。


キミは情報が足りていなかった


いくら洞察力に優れていても

無いところから推理はできない


だから、思い至らなかった


目の前の吸血種が自分の不死性について

知っているかもしれない、という可能性に。


だから、ボクがという事も

彼女は予測することが出来なかった!


——ボクは掴んだ!


超高速の最中にありながら

ボクは進行方向に居たミシェルを

万力を込めて掴み、そして……!


次の瞬間、ボクらは


部屋の壁を粉微塵に吹き飛ばし

大空へと、飛び出していた。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


大雪


視界を埋め尽くす灰色の空

そして無数に降りてくる雪の粒

風が痛いくらい体を打ち付ける。


しかし寒くは無い

皮膚感覚が鈍いので

この程度どうって事ない。


ピチャリ、顔に血がかかった。


それはボクが掴んで連れてきた

ミシェル=ドレッディアのモノだ。


当然だ


何故なら此度の跳躍は

到底人間が耐えうるものでは無い


ここへ来る前に

門の前で見せた踏み込みとは

速度も圧力も比にならないのだから


全身の筋肉は引き裂けて

血管は圧力に耐えきれず破裂し

鼓膜は破れ、骨は砕け、目も失う。


間違いなく死ぬはずの

吸血種にのみ許された領域


そんな場所にミシェルは

引きずり込まれたのだから。


普通であれば、もうとっくに死んでいる

地上を飛び出した時点で即死するだろう。


人間の形を保てるはずがない

バラバラに千切れるのがオチだ

そう、普通の人間であれば。


「こんな風になっても

キミは死ねないのだろう?

偽りの不死を獲得した者よ


何も見えず、聞こえず

耐え難い激痛に見舞われていても

ボクがその心臓を砕かない限りは


吸血種の持つ不死性の研究

それはあくまで`不死性`に限った話だ


キミは死なないだけで

決して頑丈では無いんだよ


なにせ体はただの人間だ

その事はさっき確認した


もし肉体性能すらも

吸血種と同じなのであれば

キミはとっくに逃げていただろう


あの部屋に残っていた

その時点でボクは悟ったよ」


切り裂いた両手足が

ゆっくり再生してきている

ボクは傷が完治しないように


空中で何度も

彼女の手を足を切り落として

そのまま飛行を続けた。


やがて速度が落ち始め

高度も下がりだした頃


「——そろそろ良いかな」


ボクは空中で身を捻って

力技で飛ぶ軌道を変えた。


向かうは真下、つまり地面

勢いそのままで直角に墜落していく。


見る見る間に

真っ白な大地が近付いてくる

ボクの目が落下地点を捉えた。


それでボクは

再び体を捻った


今度は軌道を変える為じゃない

掴んでいるものを為だ。


「キミが居ると着地がしにくい

悪いけど一人で墜落してくれたまえ」


ギチギチとしなる体

全身の筋肉を収縮させて

力を貯めていく、そして


——解放!


耳元で衝撃波が弾けた!


それはボクの鼓膜を打ち破り

頭蓋の奥まで衝撃を響かせた。


しまった


二段加速は流石にやり過ぎたか

よもやこちらにまで被害が及ぶとは。


一方で、尋常ならざる出力を纏って

射出されたミシェル=ドレッディアは


あっという間に地上に到達し

見える範囲の地面全てに亀裂を生み


隆起する地面

砕け散る地表


大地が揺れている


爆発に見舞われたかのような

見渡す限りを真っ白に包む雪


着地先など見えるわけがない

なにしろ全部が真っ白なのだから

地面が何処かすらも分からない。


「あ、まずい」


おかげでボクは

地上に到達するタイミングが分からず

深刻な被害を被った雪の大地に


……ズドォォォォン!!


追い打ちを

かける羽目になった。

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