その理論は絵空事でない。


一度姿を捉えてしまえば

その後の追跡は容易だった。


絶対に悟られない距離から

一方的に向こうの行動を掌握する。


足音からして恐らくは男だが

彼は実に複雑な経路を辿っていた。


彼の足取りからは、これまで

何度も反復されてきた形跡が読み取れる


恐らくは習慣


尾行や監視を警戒しての事だろう

目的地を探らせないような歩き方だ


実際、効果は出ている


今をもってしてもボクは

男が何処に向かっているのかを

絞り切れずにいるのだから。


並の技術では無い

10年、20年と経験を重ねて

研磨されてきた本物の技巧だ。


足音から重心が低いのが分かる

彼はいつでも即座に行動を起こせる

気配もほとんど感じられない

人の印象に残らない術を身に付けている。


これほどの手練

まともな素性の者ではないだろう

こんなのは滅多にお目にかかれない。


このご時世

これ程までに影の技術を

高めているような人間は珍しい。


しかも、ボクが知る限り

彼の他にまだ数人、似たような

技の練度を誇る者が存在している。


まず、小規模の組織では無いだろう


なぜなら


訓練する為の設備

または人材調達の為の人手

そのための広い情報網と目など


小さい規模感の組織では

それらを揃える事は不可能だからだ。


余程力を持った存在か、または

何者かのバックアップを受けているか、だ。


どちらかと言えば

たぶん後者なんだろうけどね。


そう思う理由は単純だ

外部の勢力であればイザという時

切り捨てることが出来るからだ。


問題が起こった際に

自分とは無関係であると

シラを切ることが可能になる。


黒幕というのは得てして

表舞台には出てこないモノだが

それには必ず訳が存在する。


例えば


自ら動くことが出来ない

あるいはリスクがあるとかね


身辺が、がんじがらめになっている

それかもしくは、立場のある人物


それは取った手段から見ても

ある程度の権力を持っていると考えて

間違いは無いだろう。


それ故に

末端に飛び火した際には

自らに火の手が上がる前に

切り離す処置をとる必要がある。


それがどんな悪足掻きでも

しないよりはマシだからだ。


だが、もしそれが

自分直属の部下だったなら

そんな方法は取ることが出来ない。


……いや


それで言うのならば

余程信頼を置いている部下に

全てを任せるパターンもあるのか。


ふむ、やはりまだ

理論に穴がチラホラ見受けられるな

大半が憶測である現状では

真に迫ることは出来ないか。


とにかく

今言えることは


ボクが追っている存在は

それなりの戦力を持っていて


よほどの規模感であるか

強力な後ろ盾が存在するか

どちらかである、ということと


黒幕本人は身動きが取りにくく

それなりに力のある地位に居て


人任せにするしかない状況にあり

そして今のところは優位である事。


そんなところだ

残りは経過観察次第だな


そこから先は今後

どう出るのかを見て判断する。


色々と思考を巡らせて

考えが纏まってきたところで

追跡していた対象が足を止めた。


彼の周囲に人は居ない

実に静かな場所だ


そこで何をしているのだろう

そんな疑問を持った、次の瞬間


まさしく跡形もなく消失した。


普通この消え方は有り得ない

どこか建物に入ったとか

地下にもぐっただとか


そんな生易しいものじゃない

もっとずっと超常的な何かだ

文字通り`消える`ような。


……そしてボクは


`消える`ということに関して

ひとつ思い当たる節があった


それはかつて

吸血殺しの拠点に来た時


ダミーの建物に足を踏み入れた瞬間

なんの脈絡、前触れも見せることなく

瞬時に別の場所に転移した事があった。


ない話じゃない

そうでもなければ説明が付かない

ボクの耳が標的を見失うはずがない


空を飛んだって不可能だ

それこそ転移でもしなければ。


さあ、ジェイミーよ

選択を迫られているぞ


はっきり言ってボクは

標的を見失ってしまった訳だ。


今、再び感知を行っているが

どうにも見つからない予感がする。


で、あれば

やはり現地に赴くしか

取れる行動がないだろう。


問題は、だ。


「誘い込みの可能性があるよね」


彼は執拗に尾行を警戒していた

それは個人的な拘りと言うよりは

義務付けられたモノの様に思えた


で、あれば


万が一後をつけられて

場所を突き止められた際のリスクヘッジを


よもや、ひとつも取っていない等と

ボクには楽観視することが出来ない


「……やはり感知にかからないね」


この国全土を調べてみたけど

予想通り反応は何も無かった。


これまでの傾向から察するに

重要な拠点には必ず

特殊な素材が使われていて


そしてそれは

吸血種の探知の網を抜けるのだ

その場所を外部から探り当てる事は


断言しよう

不可能であると。



人外であれ何であれ

見逃すのを嫌うのであれば

当然、反応が消えた地点を探す。


それを読んで、現場に何か

罠を仕掛けるくらいの知恵は

回る相手だとボクは思っている。


敵地のど真ん中に転移させられて

そのまま封じ込められる危険性がある。


これ以上は良くない気がする

追跡はここらで切り上げるとしようか。


危険を嗅ぎとる嗅覚が

大音量で警告を鳴らしている。


踏み込んではならない


もしこれが

既にこちらの存在を知られていて

敵対しているのなら話も変わってくるが。


今のところボクは

全く無関係の、第三者なのだ

舞台に上がってすらいない状況


言わば劇場に差した影

まだ誰も意識していない

名前のない第三の介入者


その優位性は

まだ捨てるべき時ではない。


見失ったと言うのなら

そこで大人しく引き下がるべきだ。


存在が確認できただけでも

十分な収穫と捉えて良いはずだ。


一応、反応が消えた地点の事は

常日頃からマークして気を配るとして

今は、これ以上の深入りは止めておこう。


「そう簡単には行かない、か」


アプローチの仕方を変えるべきだ

わざわざ敵が引いた線路の上を

通っていく必要も無い。


残された手がかりは、まだある。


「さっきのニュースボード

アレの発行元を調べるとするか」


そもそもの大元が

敵の手からもたらされた情報だとすれば

偽装された情報を流した何者かが

発行元と接触しているはずだ。


そこに

何らかの痕跡が残されていると

ボクは睨んでいた。


立ち止まり

周囲を見渡す

そして目的の物を見つけた。


「おいマジかよ……この記事……」


ニュースボードを手に

綴られている内容に戦慄している人間。


「ちょっと失礼

見せてもらえるかな?」


「うおっ美人さん……


あ、ああ!いいぜ!ほら

好きなだけ見てくれて構わない」


「ありがとう

キミは優しいね」


「そ、そうか?」


こういう時は

自分の容姿が役に立つ

誰だって美人に話しかけられたら

少しは警戒が緩むものだろう?


それに笑顔で

お礼なんか言われた日には

説明する必要も無いだろう。


ボクは男から

ニュースボードを受け取り

この記事を書いた人間または

提供元を探っていく。


再び記事に目を通していると

隣から声が掛けられた。


「……びっくりだよな

まさか吸血種が、なんてよ」


「うん? まあ、そうだねえ」


「でもよ、ちょっと変なんだぜ

もし仮に吸血種の仕業だとすれば

動機ってもんが見えてこねえんだよ」


「動機」


「だって、奴は追われてるんだぜ?

そんなわざわざ、自分の存在を

知らしめるような真似、するか?」


「確かに、そうかもね」


「世間じゃ陰謀論だなんだって

まともに取り合ってくんねえけどよ

俺は怪しいと思うんだ、この記事がな」


やはり、そうか


少し賢い人間には

このニュースボードの内容は

不自然に映るのだろう。


まあ、だからといって

黒幕にはなんの影響もないだろうが

何せ根拠も、それを証明する証拠もない。


この男が言った通り

数ある陰謀論のひとつとして

扱われるのがオチだろうしね。


「……きっと気付かない方が

いい事だって世の中にはあるさ」


「違ぇねぇな……て、

おや、もう良いのかい?」


ボードを受け取りながら

キョトンとした顔で男が言う。


「うん、大丈夫だよ

知りたい事は知れたからね」


ついうっかり速読してしまったから

不自然に思われないだろうかと

ほんの少しだけ心配したのだが。


「そうか、こんな美人の役に立てたなら

外に出向いた甲斐があったってもんよ」


ボクは彼に微笑み

そして背を向けて歩き出す

その去り際に声をかけられた。


「ああ、そうだ

アンタに聞いておきたい事がある」


「なんだい?」


「ほんとに吸血種は

滅ぼす必要があると思うか?


奴は本当に

人類の敵対者なのか?」


その質問を

吸血種であるボクにするとは

すごい偶然もあったものだ。


ボクは彼の質問に対して

`分からないよ`と返そうとして

男の目を見て、その考えを変えた。


「……きっと理由はどうでもいいのさ

必要性があるとか、無いとかはね


根底にあるのは恐怖心

自分と違うものを認められないんだ


だから、ボクには分からないよ

その答えは多分、誰にも出せないさ」


ボクは極めて真摯な態度を取った

心の底からの本音を語り聞かせた。


男はボクの言葉を聞いて

目を瞑り、そしてゆっくりと頷いて


ただひと言


「……そうか」


とだけ言って

去りゆくボクの事を見送った。


そして


風に乗って微かに

ボクの耳に声が届いた。


「……あんな美人を滅ぼしたら

世の中の損失だぜ、バカどもが」


人々は知るべきだろう

吸血種は耳が良いという事を……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


嵐の中に佇む高い建物

ダークブラウンの色をしたそこからは

玄関から多くの人間が出入りしていて


ニュースボードの束を運ぶ人間や


出口付近で衝突しそうになり

口論に発展した人間たち


それに群がる野次馬と

やれやれ顔で走ってやってくる

この建物の警備員。


この天気をものともせず

配達員が走り回っている


輸送車が道路から入り込んできて

大きな柵が開かれ、車がそこを通る。


コンテナの積荷を降ろす為に

腕を組んで並んでいる男たち


その様子を眺めていたボクは

首を傾げながら、こう呟いた。


「潜入にはリスクが高そうだね」


下手に裏口を行こうとすれば

必ず誰かの目に留まるだろう。


そもそも


内部構造の知識が足りない

建物の図面でも入手出来れば

話も変わってくるかもしれないが。


仮に、吸血種の脚力に物を言わせて

誰にも見られず潜入したところで

現状、リターンが確実ではないし


何を探せばいいか?

それもハッキリしていない


ならばここは

正攻法を取るのが最適だ。


「この服、変じゃないかな?」


羽織っているジャネットの胸元を掴み

グッと引っ張り、調子を確かめてみる。


良い素材だ

着心地が良い


ボクは服屋で

真っ黒なスーツを購入し

そしてそれを着用していた。


ボクはド正面から


履きなれない革靴の踵を鳴らして

ニュースボードの出版元へ踏み込んだ。


途端、変わる世界観

恐ろしく高い天井に、豪華な内装


外の天気がアレなので

屋根のある屋内に入った時に感じる

開放感が、他の国の比では無い。


「失礼しても良いかな」


透明なパネルで区切られた

受付カウンターに座っている女に

ボクは声をかけた。


「はい!いかがなさいましたか?」


「約束していたバトラー=ノリスです

この記事を書いた方とお会い出来るって」


そう言いながら机の上に

件のニュースボードを滑らせる。


「ただいま確認致して参りますので

ここで少々お待ちください!」


「悪いね、頼むよ」


「は、はい!」


そう言うと彼女は席を立ち

急いで何処かへ走り去って行った。


ボクは彼女の

その足音を耳で追跡する。


柔らかいカーペットの上で

元気よく跳ねて回る彼女の足音

それは廊下を行き、階段を登り


再び廊下を行き

そしてある時立ち止まった。


コンコン、と

恐らくは部屋の扉をノックする音

`失礼します!`という彼女の声がして


ガチャリ、と扉が開く音

そして話し声が聞こえてきた


『ガーシュさんとお約束されている

と仰っている方がいらしていますが……』


『ふむ? そんな約束をした記憶はないが』


『手違いでしょうか?

あるいは嘘なのでしょうか?』


『さあ、事実は不明だね

してその方はどういうご要件で?』


『お書きになられた吸血種の記事

あれについてお話を聞きたいのだと』


『——その人物は、他になんと?』


『い、いえ、それだけですが……

あの、如何なさいましょうか?』


『……そんな約束はしていません

そのお方には、お帰り願ってください』


『か、かしこまりました!

……失礼しました!』


パタン、と

静かに閉じられる扉

廊下を駆けずり回る彼女の足音。


しかし、ボクの意識は既に

その人間の女には向いてはいない。


注目しているのは、扉の向こう側

ガーシュと呼ばれた男に対してだ。


聞く、耳を澄ます

感覚を研ぎ澄ます


話し声だけではなく

あらゆる音が聞こえるように


足音や心臓の鼓動、呼吸音

何かを掴む音や、書く音など

その人物の行動全てを掌握するのだ。


受付カウンターに身を乗り出し

肘を着いているボクの耳には

男の、こんな声が聞こえてきていた。


『幾らなんでも、タイミングが良すぎる

記事を発行したその日に、何者かが

この私に接触を図ってくるなどと』


感じるのは動揺

そして表には出さない怯え


『……切り捨てられた?

あるいは、嵌められた?


いいや、待て、落ち着け

一旦思考をリセットするのです』


心を落ち着かせるために

飲み物を啜る音がする。


『いずれの手の者にしろ

私が危険に陥る要素は無い

私はただ情報を流しただけだ


それ以上でもそれ以下でもない

重要なファクターにはなり得ない


ない、が

それでも一応、念の為に』


ガサガサと

紙束を動かす気配があって

カチッと何かが押される音がした。


ボタンか?


状況をイマイチ理解出来ずにいると

再び男の声が聞こえてきた。


『ああ、私です、受付付近を見なさい

そこにいる人間を、私が良いと言うまで


素性に確信が持てるまで

しばらくの間、監視しなさい』


その言葉と同時に

背後から視線を感じた。


なるほどね

素性がまともでないのは

そちらも同じという訳か


状況の整理、判断、対応速度

どれも普通の人間では有り得ない

この手の事態に慣れていると見るべきだ。


やや、精神的な面での

脆弱性が見られるが


そんな男が


あんな態度を見せるということは

それなりの場数を踏んで

経験を積んでいるからだろう。


性格的に不向きなはずの事態に

これほど素早い対応をするのは

本来、有り得ないことだ。


そんなことを考えていると

受付けカウンターの女の子が

パタパタと走りながら戻ってきた。


「あ、お待たせ致しました!」


息切れひとつしていない

ずっと走っていたはずだけど

余程体力があるに違いない。


よく見ると

かなり足の筋肉が発達しているな。


「……大丈夫さ、それで?

話は通してくれたかい?」


「あ、えっと……その……

大変心苦しいのですが、その


仰って頂いた約束は

されていないとの事で……」


「そんな、何かの手違いだ

もう少し確認して貰えないだろうか?」


「しかし、約束をした覚えは

ないと仰せでしたので……」


「あぁ、なんてことだ


行き違いがあったのかもね


いや、手間をかけさせてすまない

また後日、改めて話を通す事にするよ


邪魔して悪かったね

それじゃあ仕事、頑張って」


「お力になれず申し訳ありません

それと、ありがとうございます!」


ボクは彼女に微笑みかけると

踵を返して歩き始めた、出口に向かって。


ここでの用事は済んだ

まだ知りたいことはあるけれど

それは聞けばいい話だ。


外に出る


道を歩いて建物を離れる

嵐の中を歩いていく。


絶えず降り注ぐ雨

一定間隔ごとに轟く雷鳴


歩く度

つま先から水滴が飛ぶ

これから踏みしめる僅か先に。


傘を差しているので

この身体は何処も濡れない


特殊な構造をしているので

強風に煽られて壊れることもない。


歩いている

嵐の中を歩いている。


人通りの多い大通りを抜けて

小規模な商店が並ぶ小道に入る。


後ろは振り返らない

そんな事をして確かめずとも

追跡者は背後をピッタリ着いて来ている。


リンド、君から貰った装備

早速使わせてもらうよ。


既定線紅、起動——


ボクは指先から

この降り注ぐ雨に紛れさせて

赤い血の雫を垂らした。


自分の身体で隠しながら

一滴づつ慎重に、確実に


それは地面に流れている

川のような雨水に溶けて


ボクの背後で


ボクを監視している者の所へ

ゆっくり、ゆっくりと迫っていく


擬態されたそれの驚異に

敵は決して気付くことがない


なぜなら相手はボクのことを

ただの人間だと思っているからだ


吸血種だと分かっていれば

こんな方法での追跡はしない


そして——


『……?』


違和感を感じた時には

もう既に手遅れだ。


ボクの操る既定線紅は

地面から靴へと這い上がり

足首へ到達、身体に小さな穴を開ける。


『痛っ……なんだ……なんなんだ?』


血管に侵入したそれは

血流を辿って全身を循環する


そして神経、筋肉

身体中のあらゆる器官を侵し


本人すら気付かないうちに

精神を作りかえていく。


リンドはこの装備のことを

吸血種の血と同じだと言った


そして実際にそのように

操ることが出来た


それならばとボクは考えた

人工とはいえ同じ物であるならば

眷属化も出来るのではないか、と


その答えは

もう間もなく出る。


立ち止まる

その場に立ち止まる。


ポケットの中に手を入れて

傘を肩に乗せて佇む。


ピシャッ、ピシャッと

ひとつの足音が近付いてくる。


無遠慮に歩いてくるその気配は

ボクから4歩離れた場所で止まった。


ボクは右足を軸にして

軽快に振り向き、そして

目の前に立っている男にこう言った。


「じゃあ、話を聞かせてもらおうか」


それに対する答えは——


「承知しました、主様」


目論見は

どうやら上手くいったようだ。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——なるほどね」


ここは、とある路地裏

ボクらはそこで密談を交わしていた。


尾行してきた男は

ボクの目論見通り眷属となり

傀儡と化した。


これにより彼は

完全に手中に収まった


眷属にするにあたって

彼の判断能力、そして人格は

後のことを考えて残しておいた。


故にこの男は、己の意思で

ボクに協力していると思い込む。



結論から言って

男は多くの事を知っていた。


まず、その素性だが


ボクが眷属にしたコイツは

ガーシュと呼ばれた人物の部下で

右腕のような存在であった。


与えられる任務は主に

潜入、暗殺、追跡、誘拐、監視

ありとあらゆる裏の仕事であった。


その仕事の性質上、彼は

実に多くの情報を保有していた。


それによるとガーシュは

とある計画に加担していて


今回のニュースボードの内容は

その計画の首謀者からの命令だという。


「力関係はガーシュの方が下かい?」


「ええ、命令を受ける立場ですから


黒幕は用心深くて用意周到ですので

必要以上の情報は決して与えません


無論、正体含めて

計画の真意に至るまで」


「で、キミがそれを探っていたと」


「ご名答」


ガーシュという男

ただ利用されるだけの

甘い男ではなかったという事だ。


もっとも、奴がそうする事を

黒幕が予測していないかと言われれば

少々怪しい気もするがね。


「どこまで探った」


「多くのことは分かりませんでした

徹底的に情報封鎖が図られていたので


私が探り当てたのは

爆撃で吹き飛んだあの山に

何があったのかという事だけです」


ひと呼吸置いて


「研究施設があったようです」


研究施設、と聞いて

ボクはピンと来た


「なるほど、当ててみせようか

それは吸血種に関連する施設だね」


「そ、その通りです


どうやら主に`不死性`に関する

研究を行っていた機関だったようです」


「不死性?血の力のほうではなく?」


アプローチの仕方は良かった

だが導き出した結論が違っていた。


ボクはてっきり

血の力を軍事利用するだとか

そういう方向のを考えていたが


「記録によれば、予算の大半が

不死の研究の為に使われてました


巧妙に隠されていましたがね

どうしても何処かに証拠は残るモノです」


「目的は?探れたかい?」


「いいえ、残念ながら

分かったのはそれだけです」


「……不死性ねえ」


真っ先に思い付くのは

不死身の軍隊という線だが


もうひとつだけ

可能性がある


戦力として利用するよりも

もっと強い動機が。


人間の生態を知っていれば

必ず浮かび上がってくる可能性。


すなわち`誰かを助けたい`という願い


人間は善意の生き物だ

善のためならどんな非道も行う

助けたいモノ以外の全てを犠牲にする。


誰かが死にかけている

あるいは既に死んでしまったとする


普通は諦めるしかないだろう

当然だ、死は絶対に覆らない


それは誰しも分かっている

当たり前の事だが


居るじゃないか

この世界には


あらゆる技術革新を経て

発展してきた人間の全てを持ってしても


`封印`という手段でしか

打ち倒すことが出来なかった

吸血種という存在が。


どれだけ傷付いても

コンマ数秒で治癒する


致命傷は存在しない

強大な力を保有しており


ただ同族の

すなわち吸血種の手によって


その心臓を砕くことで

ようやく殺せる存在


もしその吸血種が持つ不死性を

人間に移すことが出来たなら?


どんな病に罹った者も

どれだけ致命傷を負った人物も

瞬く間に完全な状態に戻るだろう。


そしてそれが

机上の空論でない、とすれば?


実現可能な理論が既に

人間の手で構築されていて

なおかつ、完成間近だったとすれば?


吸血種の不死性を移すことで

助かる命があって


黒幕にとってその命が

目障りで邪魔な存在だとすれば

当然、潰そうとするだろう。


「……ああそうか、だからか」


ボクは初めから

引っかかっていたのだ。


綿密な計画を考える頭があり

身を守る術も心得ている慎重な黒幕が


これほど直接的な手段に出たことに

腑に落ちない部分があったのだ。


爆撃の規模とやり口を見れば

どれだけ排除したかったか伺えるが


それであればもっと

他の方法もあったはずだ


にも関わらず

あのやり方だったのは


時間的な猶予が

存在しなかったからだ。


「完璧じゃない」


急造の計画

それ故に綻びがある


綿密であればあるほど

複雑な計画であればある程

綻びは致命的なモノとなる。


現にボクらがこうして

研究施設の事を知ったのが

いい証拠になっている。


考えを改める必要がありそうだ

黒幕は決して完璧ではない。


余裕そうに振舞っておきながら

実は追い詰められているに違いない。


真実に1歩近づき

考えが纏まったところで

ボクは次の一手を打つことにした。


「キミ、ガーシュに接触出来るかい?」


「ええ、出来ますが……」


「直接会うことは?」


「重要な報告であれば、恐らくは」


「なら、こう伝えるんだ


`監視対象の事で重要な報告がある

とても大切な事なので直接話したい`とね


どうだろう、可能かな?」


「私の言葉であれば信じます

私が重要と言えば間違いなく会えます」


「では、行動開始と行こう」


「仰せのままに、我が主よ——」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


真夜中のガーシュ邸

彼の個室でのこと


『それで?一体報告とはなんだね

監視対象に関する重大な情報とは』


『…………』


『……おい、どうした?』


ガーシュが、己の部下の

不自然な態度に違和感を覚えて

心配して駆け寄ろうとする。


だから

彼に教えてやることにした。


「——彼はもう喋らないよ

何せとっくに死んでいるからね」


自分と部下しか居ないはずの

己の屋敷の個室の中で

見知らぬ誰かの声がしたとなれば


裏の世界で生きてきた者ならば

身の危険が迫っているのだと

一瞬で思い至るだろう。


彼は迷うことなく

懐から銃を取り出して

声がした方向に照準を合わせ

引き金を引こうとするが……


そんなの


ボク相手に間に合うはずがないだろう?


「ぁ——ッ!」


両腕を叩き折られ

その手から銃がこぼれ落ちる


喉笛を掻き切られる

腰から下を切り飛ばされる


銃が落下する


ボクはそれを空中で受け止めて

落下の衝撃で暴発する事態を防いだ。


ドロドロと

大量の血を流す喉を握り潰しながら

軽くなった胴体を片手で持ち上げる


そして


今にも死にそうな

弱々しい目を覗き込んで

ボクはこう言った。


「——初めましてガーシュ殿」


「ァ——ッ!」


彼は喋れない

その為の喉が死んでいる

何とかして喋ろうとしても


切り裂かれた喉がゴポゴポと鳴り

泡立つ血の海に、溺れるのみだ。


ボクは、そこに立っている男から

身体に侵食させていた血を取り出した


すると彼は、まるで

糸が切れた人形のように


べシャリ、と

床の上に潰れるように倒れた。


ガーシュがその光景を

絶望した表情で見つめる。


「潜め」


ボクはついさっきやったように

擬似的な血の雫をから

ガーシュの体内へと侵入させていく。


彼は瞬く間に眷属となり

そしてボクはこう命令した。


「キミが関わっている`計画`とやら

知っていることの全てを

強く頭の中に思い浮かべろ」


言葉を終えると同時に

ボクは彼の首に噛み付いた。


先に眷属化してしまうことで

強制的に命令を聞かせれば


不確定要素を少しは潰せる

それに相手が吸血種に近いほど

追体験できる記憶は正確性を増す。



半分になった胴体の

切断された断面から流れていた

夥しい量の血が、ピタッと止まった。


一瞬にしてガーシュの顔から

血色というモノが失われていく。


やがて


最後の一滴まで吸い終えたボクは

彼の身体を乱雑に放り投げた。


テーブルや椅子を巻き込んで

派手に吹き飛んでいく死体。


力加減を間違えているが

それも無理のないことだ。


なにせ——


「ついに掴んだぞ、実像を」


なにせ、ついに

決定的な情報を掴んだのだから……。

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