雷雨吹き荒ぶ嵐の国で
ゴウゴウと
真っ向から風の抵抗を受ける。
右手に持った傘は
あっという間にダメになった
もはや骨組みしか残されていない。
ここは雷雨吹き荒ぶ嵐の国
一秒たりとも休むことなく乱れた天候
地面から生えた木は常に傾き
打ち付ける風はまるで鈍器のようだ。
小さな雨粒の剣が
建物を確実に削り取っていく
防ぐ手立てを失ったボクをも
ひたひたに濡らしていく。
おまけに鉄の類は
すぐに腐食してしまう為、使えない
それ故に特殊な素材で出来た建物を
極めて短いサイクルでメンテナンスし
明日を繋いでいるという。
地面は常に水が溜まっていて
それを流すための溝が
至る所に沢山設けられている。
かなり厳しい環境だ
どういう訳かこの嵐は
決して止むことが無いのだと言う
「恐ろしい環境——」
その時
ボクの言葉を遮るようにして
ピカッ、と上空で何かが瞬き
目の前に
光の筋が降り立った
それから程なくして
ズドォン……!
轟音が鳴り響き
今起きたのが何であるのか
大胆に証明して見せた。
天から雷が降り注いだのだ
そしてそれは
ボクの目の前で炸裂し
地面を黒く焦がして穴を開けた。
長大な光の筋だった
もう少し早く歩いていたなら
間違いなく直撃していただろう
いくら吸血種でも
あんな速度のものは躱せない
比喩でもなんでもなく
文字通り光速であるのだから
辛うじて視界に捉えるのが精一杯だ。
一方で
右を見ても左を見ても人だが
目の前で起こった落雷現象には
誰ひとりとして関心を示していなかった。
たった数秒前に
ともすれば誰かの命を奪いかねない
無慈悲な雷が落ちてきたにも関わらずだ。
「……恐ろしい環境だねえ」
慣れというものだろう
人間の順応する力は半端では無い
こんな気が狂いそうな暴風と雷雨
更には年中灰色の空に見舞われながら
これまで見てきた他の街や国同様
健やかで豊かな発展を遂げているとは。
こんな環境でも問題なく
日々のサイクルを回せる為には
並ならぬ工夫が凝らされているのだが
その全てを
説明することは出来ない
それにはボクに専門的な知識が足りない。
幾つかあげるとすれば
この国に入国する時に
ゲートを管理していた門番から
腰につける銀色の帯のようなものを貰った。
なんでも落雷が自分に
命中しない為の装備らしい
入国者に向けて
無料で配布しているのだと聞いた
原理的にはよく分からないが
とにかく凄い品物なのは間違いない。
リンドあたりに見せれば
興奮しながら内部構造及び
機能説明をしてくれるだろうけどね。
とにかく
この国に住んでいる者は皆
同様の装備を常に身に付けているので
さっきみたいな落雷を
身に受けることは無いらしい
そう考えると先程の
住民の余裕そうな態度の意味も
分かってくるというもの。
まあ、もっとも
だからといって
この地獄のような環境に有りながら
当然みたいな顔をして
生活を営める彼らが
異常な精神的強さを持っている
という事に変わりはないんだけれど。
……それにしても
見えている沢山の建物たちは
一体どうやって作ったんだろう
聞くところによると
室内で農産品を育てているらしいし
きっと何か特殊な製法があるに違いない
目的を果たし終えた後で
余裕があったなら調査する
というのも面白いかもしれないな
「その為にも、まずは
仮の拠点を確保しなければね——」
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
「ああ、ようやく濡れずに済む」
都合の良さそうな宿を見つけ
建物の中に入ったボクは
びしょ濡れの髪を絞りながら
服の袖から水滴を垂らしつつ呟いた。
備えが甘かった
一応この国の事は
噂では聞いて知っていたから
自分なりに準備したつもりだったけど
全く相応しくなかった
商店で柄が気に入って選んだ傘は
差して、ものの数秒で
あの広大なお空に
吸い込まれて消えていった。
今頃はきっと
暴風の中で踊っている事だろう
長く使ってあげられなくて、ごめんね
「靴の中もダメだね
服も下着も丸ごと水浸し
ああ、なんてザマだ
少し舐めていたな……」
陸で水没するとは
まさか思ってもみなかった
深海に潜ったダイバーだって
きっともう少しマシな状態だろう
中途半端な備えは被害を拡大させる
……いい教訓になった
荷物など持ってなくて正解だ
全て廃棄処分になる所だった。
なるほど
入国間際の門番が
ボクの姿格好を見て
微妙な笑みを浮かべていたのは
そうか、あれは哀れみの表情だったか。
しょうがない
ボクの過失だ
状況の予測が甘かった
今後はもう少し慎重になるとしよう
今日のような失敗は二度とすまい。
そうだな、次からは——
「——お客様?」
「おっと」
考え込み始めたボクに
声を掛けてきたのは宿屋の従業員だ
ボクがあまりに長いこと
入口付近で突っ立っているので
心配されてしまったのだろう。
「失礼と存じますがお客様
他所の国からのご来訪で……?」
「ああ、やっぱり分かる?」
宿屋入ってすぐ右手に
大広間があるのだが
そこに
別の出口から入ってきた利用客が
全く濡れていないのを見て察した。
この国でこの状態になるのは
きっとよそ者だけなのだろう、と。
「もし宜しければ衣服の替えなど
ご用意させて頂きますが……」
「まだ宿泊も決めていないのに、かい?」
「当宿に限らずこの国では
他所の国からいらっしゃる方に限らず
替えの衣服のご用意
元着ていた物の乾燥
そして防水加工の施し
雷に打たれた者の治療行為
全て無償で、更にはこの国の
あらゆるお店で受けられるのです」
「へえ、随分と手厚いね」
「それはもう、我々にとっては
呼吸や心臓の鼓動などと同じか
それ以上に切って離せない存在ですから
雨も、雷も、風も
それらがもたらす被害も全て
織り込んで建国されております」
彼は`被害`のみを強調したが
当然この大自然の驚異からは
恵みも受けているのだろうね
それも`探るリスト`に
後で加えておくとしようかな。
とりあえずは
サービスを受けておこう。
「そうか、じゃあお願いしようかな
それと、宿泊手続きも同時に頼むよ」
「かしこまりました
お先に大浴場にご案内致します」
「やけに広い外観はそういう事か」
「左様でございます」
正しい姿勢と歩き方で
先へ行く彼に着いていくのだった。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
大浴場までボクを案内した彼は
「ごゆっくりどうぞ
お上がりになる頃には既に
新しいお召し物が
ご用意されているはずです」
と言い残して
深く丁寧にお辞儀をして
再び正しい姿勢で歩き去って行った。
そして更衣室
先客が何人か居る
いずれも若い女だ
この宿は外観からして相当広かったが
見かけた人間の数からして、恐らくは
見かけ以上に部屋数があるのだろう。
ボクは服を脱、ごうとして
自分の素肌に這わせて携帯している
リンド命名、規定線紅こと
吸血種の血の力を再現した
特殊な装備のことを思い出した。
脱ぐ前に気付けて良かったが
かと言って外す訳にはいかない
小瓶に詰めて
更衣室に置いていくなど論外だ
ボクは、ほんの少し
服を捲り上げるのを遅らせ
そして解決策を思いついた
バッ、と
乱暴に籠に投げ捨てられる服
そして顕になるボクの身体
そこには
綺麗な純白の肌があるだけだった
何処にも赤い血の線など存在しない
「うわ……きれい……」
誰かがボクの姿を指して
感嘆の声を漏らしていた。
そんなに綺麗だろうか
自分の美貌に自信はある方だが
改めて他人からそう評されると
なんだか変な気持ちになるね。
だが、彼女らのざわめきは
それだけでは終わらなかった。
「わ、ほんとう……でも……
なにかしら……あの腕の模様
ああ、首元にもあるわ!
肩にも!手首にも!かっこいい!」
「あなた、知らないの?最近
中心街で流行っているじゃない
ほら、なんでも自分の体に
消えない模様を入れるっていう」
「あ、そういえば!
そんな話を聞いた覚えがあるわ!」
たとえ離れていても
どれだけ囁き声で話そうが
キミたちの会話は全て筒抜けさ
そしてボクはこう思っていた
`目論見通りいったらしいね`と。
ボクの体には至る所に
規定線紅の形を変えて作った
一種のアートの様な模様が広がっている。
肩や首元、足首に手首
胸元に、お腹周り、腰
ボクの壮大な想像力と
芸術的なセンスを総動員して
格好よく見える装飾が施されている。
そしてその狙いは
どうやら達せられたらしい。
少々やりすぎだろうか?
などと心配しもしたが
その必要は無さそうだね。
ボクはぺたぺたと
裸足で更衣室の床を歩いて
大浴場への扉に手をかけて
ふと、思い付きがあり
その場でクルッと振り向き
「きゃっ……こっち向い——」
「ボクを褒めてくれてありがとう」
ボクの事を隠れて噂していた
若い女性客数人の群れにそう言った。
正直嬉しかったのだ
偽装工作の為とはいえ
美しく見えるように作り
それを褒めて貰えたことが
だからこれはボクの
ささやかな感謝の気持ちだ。
ニッコリ
とまでは行かなくても
笑顔で彼女達にお礼をする。
彼女達はそのままの姿勢で
ボクへ視線が釘付けになった
言うべきことは言った
あとはもう彼女達に用は無い
ボクは再び前に向き直り
大浴場へと入っていくのだった。
背中に
きゃーーーっ!!!という
熱っぽい悲鳴を聞かせつつ……。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
正直に言おう
ボクは目立った。
浴場に足を踏み入れた瞬間
一気に視線がボクに集中した
恐らくはさっきの彼女たちの悲鳴で
元から浴場の出口付近には
意識が集まっていたのだろう
そこへボクが来た
ただでさえ人間離れした美貌に加えて
`オマケ`付きとくれば
それはもう目を引いた
面白いくらいに見られた。
まず何人かの
頭を流す手が止まった
口を開けて呆然と
ボクを見ている者も居る
シャワーヘッドから流れ出る
水のジャーッという音のみが
空間中をこだましている。
話し声もピッタリ止んだ
少し普通ではないくらいに
注目を集めてしまっていた。
そしてボクは
そんなもの全く
これっぽっちも意に介さず
サクサクと歩いていき
空いているスペースに陣取り
スパッと頭を洗い
ザバッと体を流し
ぺたぺたと歩いていって
その間視線を一身に浴びながら
広い広い湯船に浸かった。
やがて
長い沈黙の時を経て
彼女らのひとりが口を開いた
「……かっ……かわいい……」
すると、それに釣られる様に
「スタイル良い……」
「肌きれー……」
「なあに、あの素敵な模様?」
「反則だろあんなの……」
各々がボクに対する感想を
仲間内で語り始めた。
もちろんそれらは全て
しっかり本人の耳に届いている。
なるほど、どうやらボクは
自分が思っているのよりもだいぶ
目立つ容姿をしているらしい。
思えば
人間たちに容姿のことを
評価される機会はこれまで
数える程しかなかった。
大半が隠れて過ごしたり
戦ったりしてきたので
更に言えばこうして
大勢が集まる空間に
足を運ぶことが少なかったので
認識が正確ではなかったらしい。
肩までお湯に浸かる
吸血種なので温度感には鈍いが
癒される感覚は少しだけ分かるかな。
「んー……」
ボクの頭の中にあるのは
つい先刻目にした推定爆撃の跡地と
吸血殺し共の地下拠点で見た記憶
そして情報屋から得た`王女`とやらの話
それらを
どうやって処理しようか?
という議題だった。
現状ボクには
情報が不足している
アイザと呼ばれていた吸血殺しから
奪った記憶で見た王女らしき人物の顔
情報屋リリィから聞いた
容姿説明から恐らくは本人だろうと
仮の結論を出している状態
手持ちの駒はそれで全てだ
王女という単語
そして不確定的な容姿
これじゃあ全然足りない
なんの結論にも至れない。
ボクがこの国に来たのも
彼から盗んだ記憶の中に
何やら机を囲んで
顔と顔を付き合わせて
見知らぬモノ達と
会話している場面があったからで
その場所がどうやら
この嵐の国と分かり
何か重要そうな会話をしていたので
なにか手がかりになりはしないか?
と、少ない希望に縋ったに過ぎない。
ボクは記憶で見たその場所を
どうにかして探し当てる気でいた。
あわよくば
その時その場にいた人物も見付けて
詳細を尋ねてみたい、とも思っている。
なんともアテのない旅
微小すぎる光を追う行為
だがそれでも
何も無いよりはマシだ
もし、ボクが追っているモノが実は
知りたい事とは無関係なのだとしても
無か有かなら
圧倒的に有る方が良い
それがたとえ何であっても
いつか何処かで役立つかもしれない
情報なんていくら持ってても
困る事はないからね。
`正体を知ってのお楽しみ!
果たして何が飛び出すのでしょうか?`
つまるところ
今回の旅はそういう事だ。
最低でも、あの
山だったはずの場所に出来ていた
巨大なクレーターという収穫はある。
もし仮に何でもない結果が
待ち受けていたとしても
全くの無駄骨とはならない。
いずれアレについても
調査を行わなくてはなるまい。
一応
ボクが遭遇した謎の部隊
あの場に居た人間の気配は
一人残らず記憶しているので
常に気は配っておくが
これまた根気のいる作業となる。
今更になってあの時
隠れるのではなく一目だけでも
姿を見ておけば良かったと後悔している。
相手の正体が分からなかったので
保身を最優先に行っのだが
結果として
後手に回ってしまうならば
取るべき選択は他にあった
……のかもしれない。
ま、それを考えても仕方ない
ひとまず頭の片隅にでも置いておこう。
今考えるべきなのは
記憶に見た光景が何処なのか
交わされていた会話は何なのか、だ
そのふたつに絞って
当面は活動していくとしよう。
「うん、思考が纏まった
これも、お湯のおかげかな?」
いつもは一人で湯を浴びていたが
こうして大浴場を利用する
というのも案外いいモノだ
なんというか開放感がある
思っていたのよりもずっと
気持ち的な落ち着きがある
人だかりは元々
苦手な方では無い
というか気にしないので
自分の性格とは相性が良いのだろう。
周囲を見渡した
ボクに集まっていた興味は
だいぶ散っているようだった。
それはそうだろう
いつまでも人の事にばかり
意識を向けてはいられないだろう。
だが、それでもまだ
何人かはこちらに視線を
チラチラと送ってきている。
たとえば
ボクの隣でお湯に使っている
成人ぐらいの女の子だとかね。
そんなにボクって
目立つんだろうか?
心底不思議であった。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
入浴を終えたボクは
用意されていた衣に着替えると
部屋をひと目見ることなく
そのまま外へと足を運んだ。
今度はさっきと違って
防水対策は万全なので
濡れる心配はしなくてもいい。
水分が浸透しない素材でできた
特殊な衣服を身に纏っている
その服に着いたフードを
このように被れば防備は完璧
備えひとつでこれ程変わるとは
人間はおもしろいことを考える
その無尽蔵で柔軟な発想力は
どこからきているのだろう。
そんなことはさておき
ボクは調査をしなくてはならない。
盗んだ記憶で見た場所が
何処であるのかを探る必要がある。
内装から考えて
庶民の家などではあるまい
それにしては内装が豪華すぎた。
ある程度位の高い者の家
もしくは建物自体が特別であるとか。
せめて外観の情報があれば
もう少し楽になるんだけどね
一応
その時に聞こえてきた声は記憶した
だからこうして外を歩いているのは
何処かでその声の主を
見付けられないか?という
目論見があっての事でもある。
暴風雨にさらされ
落雷の裂音轟くこの環境で
ボクの耳が機能するのか
という懸念点はあったが
それらの音は常に一定である故に
シャットアウトすることが可能だった。
無意識下に放り込むのだ
人の話し声と自然の音とでは
発する周波数が異なっている
理屈で考えれば分かりやすい
ボクらは何も目に見える全て
聞こえてくる全てを意識してる訳ではない。
無意識下での選択が成されている
ボクはそれを自分で操れるだけの話
それなりに集中力を要するが
かつて
特定の人物のみに絞って
足音を追跡した経験があるので
あれの難易度に比べたら
生ぬるいと言わざるを得ない。
そのため
ボクが聞いているのは
話し声、足音、物音
大きく分けてこの3つだ
更に言えば
特に話し声に絞って
意識を集中させている。
そういう訳で
ボクが部屋で休むことをせず
こうして外出しているのだった。
まさに闇の中を手探り
といった状況に置かれている。
何も情報が無いよりは
幾分マシだとは思うが
やはり
手掛かりとしては弱い
もう少しハッキリと像を結ぶ
確定的な情報が欲しいところだ。
あるいは今日中に
補強出来ると良いんだけど
あまり期待は出来なそうだ。
まあいい、気長にやるさ
観光ついでと思えば
モチベーションも保てる。
以前、調査は続行中である
「おや、アレはなんだろう」
フラフラと
あちこちを見て回りつつも……。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
「……ん?」
ボクが足を止めた理由は
ふと手に取ったニュースボードの
大見出しの一文に目を引かれたからだ。
そこには目立つ文字で
こう書かれていた。
`吸血種襲来!暴虐の限りを尽くす!
フィオール山が根こそぎ吹き飛んだ
そこには噂の吸血種が関連していた!?`
「おいマジかよ……これ……」
「この間通った時は
まだちゃんとあったんだぞ!?
これ、デマなんじゃないのか!?」
「写真が着いてるだろ
現実を見ろよバカが
吸血種か……うそだろ……
そんなに恐ろしい奴なのかよ……」
多種多様な意見が湧き
ざわざわと人々は動揺している
そしてボクは
そのニュースボードを見て
ボソッとこう呟いた。
「……わざとらしいね」
こうも早く情報が出回るものか
操作されているのは明らかだ。
事態が起きて、偽装工作があり
そして民衆に公表される一連の流れ
これらは全て事前に仕組まれたものだろう。
段取りがよすぎる
このニュースボードの
情報の出処は十中八九
山を吹き飛ばした人物
あるいは工作部隊を派遣した者だ。
「だとすると、目的は何だ?」
その者達にとって厄介な何かが
あの山にあったのだとして
わざわざ大規模な攻撃を仕掛け
偽装工作という手間をかけて
そのうえで公表する自作自演
その真意は?
少し考えて
答えに辿り着いた。
「——警告」
何も知らない者の目には
多少、不自然に感じる点はあれど
それ以上の考えは出ないだろう
あったとしても
妄想の域を出まい。
ただ、事情を知っている者
あるいは当事者にとっては
これは警告となるだろう。
なにせ山が丸ごと消えたのだ
完膚なきまでに、そっくりそのまま
もし本当にそこに
なにかの施設があったとしたら?
それに準ずる重要な何かが
あの山にあったのだとして
安否の程など確かめるまでもない。
……ああ、そうか
だからこんなに早く情報を
世間にばら撒く必要があったのか。
いち早く敵勢力に
その事を知らせるために。
例えるなら、そう
表通りを歩いている最中
他の人からは見えない角度で刺され
そしてその傷は
他の者に見られてはならないとする
ゆっくりと命を蝕む刃傷を抑えて
歩き続けて行かなくてはならない
大打撃を与えられ
また治療することも出来ない
じわじわと痛みだけが這い回る。
そのような状態に陥った獲物が
取る行動は非常に限られてくる。
ひとつ
痛みを取り除く治療
ふたつ
傷を与えた者への報復
一応もうひとつあるが
あまり考えなくても良いだろう
可能性としては低くないが
その場合ボクには
出来ることがないからだ
みっつ
大人しく泣き寝入り
事実上、取る行動は
ふたつに絞られると考えていい
すなわち、報復と治療
現状どちらに転ぶかは不明だが
ここは論理的な思考をしよう。
まず、負った傷の治療だが
到底緩和できるモノでは無いだろう
それは手口の規模感からも明らかだ
あれだけの被害を与えたのだ
見返りも相応に大きいと考えるべきだ。
取り返しのつかないダメージ
あるいは死を免れぬ致命傷
追い詰められた獲物は
総じて悪あがきをするものだ
失ったものは
もう元に戻らない
刺傷という例えは
相応しくなかったな
彼らは文字通り吹き飛ばされたのだ
手を、足を、爆撃によって失った。
だが、まだだ
まだ、それ以外が残っている
剣は足でも口でも持つ事が出来る
ならば彼らは報復に出るだろう。
そして恐らく
それは予測されている。
これは、ただの勘だが
今回の件は初めから
勝敗が決している気がするんだ。
事態を引き起こし
余計な手が入る前に
間髪入れずに隠蔽を図り
更には
それを他の誰かに探られて
不都合な情報を広められる前に
自らの手で
コントロールされた情報を
このように世間に公表した。
手段の思い切りの良さ
素早い対応に
先を見通した行動
いずれも手練の仕業だ。
事情を知らぬ者の目から見ても
`やりすぎだ`と思うくらいなんだ
だとすれば
あの残虐行為には意味がある
ただ無慈悲なだけでは無いだろう。
敵の行動を操るための餌だ
ハナから自分に反撃させるつもりで
あのような暴挙に出たのだろう。
全ては手のひらの上
起こりから終わりまでが
丸ごと仕組まれた策略
無理やり関連付けている?
なにひとつ証拠のない妄想?
いいや、違う
そこには意思が存在する
このボクにはそれが分かる。
何者かが`そうなるように`と
誘導をかけた痕跡が残っている。
他人の思考を操ろうとする
黒幕の影が伸びている。
「……見えてきたぞ」
口元の端が歪む
ハッキリと顔に出ているだろう
`面白い`と
もし次に何かが起こるとしたら
そう遠い先の出来事ではないはずだ。
その瞬間を
逃してはならない。
事が起こったその時に
ボクは居合わせなくてはならない
そして状況を把握する必要がある。
「その為には、まず
特等席を見つけなきゃね」
持っていたニュースボードを
近くに居た通行人に押し付けて
その場を後にするのだった。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
この街の中心区
四方八方で稲光が轟き
雨風は相変わらず暴力的で
けれど人々は活発だ
灰色の空など何のそのだ。
ボクはここで
耳を澄ましている
雑音の全てを排除して
可能な限り探知範囲を広げて
記憶の中の足音を探している。
視覚情報は要らない
皮膚感覚も今は必要ない
思考回路も止めてしまって良い
ただ耳にだけ集中する
聞くことだけに全神経を注ぐ。
ボクを中心に
感知の輪が広がっていく
聞こえてくる数多の足音
無数に鳴り響くパタパタという音
違う
違う
どれもこれも違っている
違うものを意識の外に追いやる
認識することを止める。
少しづつ潰していくんだ
可能性の無いものを消していく
そうして確実に感知を進めるのだ。
この国の住民全員と
記憶している人物の気配を参照して
該当しない者を排除していく。
最初は数十人
やがて数百人に登り
すぐに数千人
そして数万人に及んだ。
ボクは考えた
もしこの国に彼らが居たのなら
ボクの立てた仮説は
真実味を増すだろうと
居ないのなら
それはそれで良い
他のことに注力するのみだ。
だが、もしも
あの爆撃の跡地で遭遇した
部隊に居た人物が、この国で
ボクの感知に引っかかったのなら——
その時
ボクは目を開けた
顔を上げて前を向いた
「見つけた」
見据える、彼方を静かに
その方向には何も無いが
ボクには
標的の姿が視えていた。
今もなお、補足は続いている
人間業では無い足運びの技法で
足音が消されているが。
人間は幽霊にはなれない
存在を消すことは出来ない
どれだけ抑えようとも
技術を極めたとしても
そこに居る、という事実は変わらない
生きている限りボクからは逃れられない。
「さて、キミは誰で
何を知っているのかな?」
そんな独り言は
暴風雨に掻き消されて
誰の耳に届く事も無かった。
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