本編
○奇岩城地下(魔方陣室)
真っ暗な部屋に人影が一つ。
(実際は超亜。視聴者には顔なしと思わせたい)
人影が手を動かすと、石が輝いて応える。
それが五芒星を描き、頂点の石が光り輝く。
人影は頷くと部屋を出て行く。
魔方陣が薄っすらと光る。
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○各地で仙術便箋を受け取る仙人たちの様子
顔なし(声のみ・仙人たちの様子をバックに)
「あたしは光仙会総帥の超亜の代理です。来る新月の日、我が本拠地である奇岩城にて、頂上決戦を申し出たいと存じます。お声掛けした仙人達の中で上位の者に我が総帥と戦う権利を与えます。もし総帥に勝つことが出来れば、光仙会を譲渡致します。ある者には名誉を、またある者には秘蔵のの術式を、勝利者には望むがままです。但し、負けた場合は、光仙会に所属してもらいます。そのご覚悟がある仙人さま方、月の眠る日に、お待ち申し上げております」
○港町(前台詞「名誉」の位置で)
紅花(17)は仙術便箋を受け取る。
○山の里(前台詞「術式」の位置で)
遠雷(16)は仙術便箋を受け取る。
(ここまでタイトルバックで表現)
○奇岩城の南
砂漠を北上する南宋派の仙人達。召喚した二足蜥蜴に乗って、砂煙を上げる。
その行く手に紅花が立っている。
南宋派の仙人たちは速度を上げる。
紅花は背中から『泰泉』を取り出す。
仙力を込めて振りかぶる。柄が長く伸びる。
紅花「はあっ!」
紅花は長く伸びた『泰泉』を振り回す。
一気に半数以上の南宋派の仙人たちが、二足蜥蜴ごと宙に舞う。
吹っ飛んだ仙人たちが落ちる前に、紅花は他の仙人へ走り出す。
○奇岩城の北
砂漠を北宋派の仙人達が雲に乗って南下している。
その行く手に遠雷が立っている。術式で獣化し、白茶の姿になる。
白茶「じゃあ、仙人大戦――ですな!」
白茶は跳躍力で空中戦を展開し、次々に北宋派の仙人たちを墜としていく。
○奇岩城(大広間)
広い部屋の奥に玉座のみ。超亜が座っている。
後ろに影喰い、手前に顔なしが立っている。
紅花(M)「どうやら、たどり着いたのは私だけみたいね」
紅花はずいずいと中へ入ってくる。
顔なし「――もうお一方、いらっしゃるようですよ」
紅花は後ろを振り向く。
白茶が雲に乗ったままバルコニーから部屋へ飛び込んでくる。
紅花の横を滑り、放り出された白茶は床を転がる。
雲は風船のように舞って、霧散する。
白茶はそのまま床で倒れている。
紅花「――猿?」
顔なし「猿――ですね」
白茶「平気!」
白茶は飛び起きる。
紅花「それは良かった」
白茶は紅花をじっと見る。
紅花「――何?」
答えずじっと見る白茶に、紅花は首を傾げる。
超亜「で、これはどういう余興なのじゃ?」
顔なしは超亜を振り向き、頭を一度下げる。
顔なし「各地の仙人に、この奇岩城で頂上決戦を行う――と連絡しました」
超亜「ほう――、仙人大戦を終わらせようというつもりか?」
顔なし「そこまでは考えておりません。ただ、腕に自信がある者をこうやって撃破していけば、いずれはそうなるでしょう」
超亜「わしに勝てば、褒美は望むまま。負けた場合は部下に――だな」
顔なしは頷く。
紅花「(一歩前に出て)私は紅花。武闘系仙人よ。私には仙術一派なんてものに興味はない。ただ勝つためだけにここにいる」
超亜「それもよかろう」
顔なし「ただ、総帥と戦うには上位の腕だと示してもらう必要があります」
紅花「――というと(白茶を見る)、この猿と戦えと?」
顔なし「そうなります」
白茶「猿じゃないし」
紅花「しょうがないな。(『泰泉』を抜く)決めさせてもらうよ!」
白茶「でもオレは辞退――ってことで」
紅花「馬鹿にしてるの?」
白茶は紅花をじっと見る。
紅花「――何よ」
白茶「(超亜へ向き直り)こいつらが信用ならないだけだ」
超亜「ほう?」
白茶「上っ面の理由しか言ってないけど、ここ(指を下に向けて)気持ち悪いんだ」
顔なしは首を傾げる。
白茶「何か謀んでるだろ」
超亜は玉座を降りる。
超亜「そういう物の見方をされると、こういう催しは成立せんぬのだ。致し方ないが、総当たり戦に趣向を変えるか」
白茶「オレの話が分からないのか、おっさん。オレは戦わない――と言ったんだぞ」
超亜「頂上決戦は全世界へ配信される。そんな理由で中止になっては申し訳ないではないか」
紅花「配信?」
顔なし「ここには旧世界の技術が眠っており、それを大地自体の仙力を使って再利用しています。あなた方が受け取った仙術便箋も同様の技術です」
白茶「ああ、あれか。オレ捨てちゃった」
紅花「私も――」
顔なし「――ま、その技術を応用して、映像を世界へ飛ばすことも可能なのです」
顔なしは超亜を見る。
顔なし「しかし、総帥がわざわざ出ずとも」
超亜「余興じゃ。気にするな」
白茶「気にするって。オレは戦わんって言ってるだろうが」
紅花「私は戦うよ」
白茶「紅花も逃げるんだよ」
紅花「猿に呼び捨てにされる覚えは――」
白茶は紅花の手を引いて窓へ向かう。
紅花「ちょっと――」
超亜は腕を振って召喚術を発動する。
紅花「私は(窓の近くで白茶を引っ張り返す)行かないって言ってるでしょ!」
白茶は窓から一歩引き寄せられる。
その直ぐ後を蛟Aが窓の外、下から上へ通り過ぎる。
白茶「んぉっ!」
紅花「何?」
白茶は超亜を振り向く。
蛟Bが部屋の外周を滑って迫る。
白茶「召喚術?」
白茶は紅花を持ち上げて走り出す。
紅花「ちょっとってば!」
白茶「飛雲矢!」
白茶の前方に雲が出来る。
白茶は紅花を抱えたまま雲に飛び乗る。
すぐ後ろに蛟Bが迫る。
白茶は雲のスピードを上げる。蛟Bを吹っ切り、そのまま出口から出ていく。
超亜はまた手を振る。
○奇岩城(通路A)
速度を落とさず、白茶の雲は通路を飛ぶ。白茶は後ろを確認する。
白茶「追ってこない?」
白茶は視線を紅花へ移す。
紅花は顔を伏せて白茶にしがみついている。
白茶は顔を赤らめ、鼻の下を伸ばす。
SE/蛇が岩肌を速度上げて迫る音。
白茶はその音に気付き、気を引き締めて、前を向く。
紅花「――何の音?」
白茶「あ――見ない方がいいかも」
紅花は顔を上げる。
通路の前方から蛟Aが直進してくる。
紅花「きゃああああ」
白茶「掴まって!」
白茶は紅花を押さえ、体勢を低くする。
雲のスピードを上げ、蛟Aと通路の僅かな隙間をすり抜ける。
蛟Aが身体をうねらせ、隙間を変える。
その度に、白茶はターンを繰り返し、かわしていく。
身体部分を通り抜け、最後の尻尾の打撃もかろうじて避ける。
白茶と紅花を乗せた雲は通路を過ぎ去っていく。
○奇岩城(大広間)
超亜は動かしていた手を止める。
超亜「逃げられたか――」
通路から蛟Aが抜け出てくる。出口にいた蛟Bと合流する。
超亜「ここから逃がすわけにはいかん。影喰い――」
影喰いが頷く。同時に一瞬で消える。
顔なしはそれを見て、眉をしかめ、白茶たちの消えた通路へ視線を動かす。
○奇岩城(部屋A)
白茶たちの乗った雲が部屋Aに飛びながら入ってくる。
不時着し、壁に激突する。白茶は紅花をかばって壁と紅花に挟まれる。
白茶「いたたたた」
白茶は頭から血が一筋垂れる。
紅花は小刻みに震えている。
白茶「どうした、紅花! 怪我でもしたか?」
紅花「あなた、何て事してくれるのよ!」
紅花は白茶の襟元を掴んで持ち上げる。
白茶「んぉ?」
紅花「やっと掴んだ汚名返上の機会を、失くしちゃったじゃないの!」
白茶「汚名返上って、何かしたのか?」
紅花「――あなたには関係ないでしょ」
紅花は白茶の怪我に気付く。
紅花「あなた、怪我してるじゃない!」
紅花は白茶を下ろし、布を取り出す。
布を裂いて、一枚で白茶の頭を拭く。
白茶は胡坐をかいたまま、それを受け入れる。
嬉しそうに顔を赤らめる。
紅花「――何であんな事したの?」
白茶「(顔を引き締め)紅花は感じないか? この落ち着かない感じ」
紅花「分かんないわね」
白茶「近付いただけで、ぴりぴりって――」
紅花「私は気配を読むのが苦手なのよ」
白茶「気配とは違う。仙力の流れ――かな。これって大事だぞ。相手の使う仙術を先読みできるから、武闘系でも役立つよ」
紅花「昔、友達にも同じことを言われたわ」
白茶「紅花、それって――」
紅花「私はあなたに呼び捨てされる覚えはないわよ」
白茶「そんなぁ――」
紅花は落ち込む白茶を見て、ため息をつく。
紅花「あなた、名前は?」
白茶「え?」
紅花「私の名前だけ知ってて、自分の名前は教えないつもり?」
白茶「この姿のときは白茶って名前なんだ」
紅花「獣化術ね。――戻らないの?」
白茶「それもおかしな所で、いつもなら時間が経てば戻るのに、この場所自体の仙力のせいで、術が切れないんだ」
紅花「そんなことってあるの?」
紅花は白茶の頭を布で縛る。
紅花「これで良し」
白茶「ありがとう。(嬉しそうに布を撫でながら)あの姉ちゃんが言ってたろ。この大地自体が仙力を持ってるって」
紅花「そういえば、言ってたわね」
白茶「おかしいと言えば、あのおっさんは光仙派の総帥だろ。なんで、他に仙人はいないんだよ」
紅花「(考え込み)確かに――」
白茶「あいつらは何かを謀んでる。その掌で転がされてちゃダメだ。自分たちで主導権を掴まなきゃ」
紅花「猿にしては言うね」
白茶「猿じゃないし」
白茶は立ち上がる。
紅花は笑う。
紅花「そうね。じゃあ、本当の名は?」
白茶「(残念そうに)獣化術の時には元の名前は言えないんだ。言うと力を失ってしまう。そういう契約なんだ」
紅花「じゃあ、今は白茶なのね」
白茶「ですな」
紅花「で、どうする?」
白茶「ここから脱出するのが、一番良いんだけど――(紅花を見る)、さっき言ってたよね、汚名返上の機会だって」
紅花「それは――」
紅花は目をそらす。
白茶「もし、誰かの鼻を明かすためだったり、力を誇示するためだったら――」
紅花「見損なう?」
白茶「手を貸すよ」
紅花「え?」
白茶「紅花の望みは武闘術でも充分戦えることを証明することだろ」
紅花「どうして、そのことを――」
白茶「オレはそれを手伝うために強くなったんだ」
紅花「ちょっと待って――私、あなたのことを――」
紅花は白茶をじっと見る。
紅花(M)「覚えてる――。でも、誰?」
部屋の中に影(影喰い)が壁を伝って入ってくる。
白茶「!」
紅花「白茶、あなたとは――」
白茶「気をつけて、紅花。何かいる!」
紅花は背中から『泰泉』を外す。
紅花「何かって――さっきの蛇?」
白茶「いや、あんなにでかくない。でも――あいつらより危険な臭いがする」
紅花「臭い?」
天井を影喰いが走る。
白茶は目でそれを追う。
音もなく、白茶の背後に陰喰いが陰を渡って迫る。
紅花はそっちへ『泰泉』を伸ばしながら打ち付ける。
白茶「!」
『泰泉』が崩す壁と埃の中を影喰いが飛び出る。
白茶は飛び出た影喰いへ、跳躍力で飛び掛かる。
影喰いは指先から管を伸ばして天井にぶら下がり、タイミングをずらす。
白茶は影喰いがいた所を通り過ぎる。
影喰いは無防備な白茶を狙う。
白茶は雲を出して宙を舞い、影喰いの管攻撃を避ける。
同時に白茶はその管を束で掴んで、引っ張る。
白茶「!?」
天井から引き降ろされた影喰いを今度は紅花の『泰泉』が打ち付ける。
影喰いは弾かれて壁へ激突する。
白茶は雲でUターンをして、紅花の隣に降りる。
紅花「その雲って北宋派の仙人がよく使ってるけど、あなた北宋派?」
白茶「いや。これは盗んだんだ」
紅花「盗んだ?」
白茶「言葉通りじゃなく、技を見て、覚えて、自分のものにした――ってこと」
紅花「まあ――やるわね」
白茶「そっちこそ、気配だけは読めてるじゃない」
紅花「勘よ」
白茶「あいかわらず目茶苦茶ですな」
瓦礫の中から影喰いが無傷で現れる。
身体を覆っていた管が戻っていく。
紅花「やっぱりね――手応えがないはずよ」
白茶「あいつの管に気を付けて」
紅花「管?」
紅花は影喰いを見る。
管が影喰いの全身にあるのを確認する。
紅花「何だというの?」
白茶「さっき、あれに触れた時、すごぉく嫌な感じがしたんだ」
紅花「ふうん――意識しておくわ」
紅花と白茶は構える。
紅花「ちょっと、戦うのは私よ」
白茶「あいつは共闘して先に倒した方が良いって。後でおっさんとも戦うんだぞ」
紅花「あいつは強い。強いやつと戦って勝つ――私はそのためにここにいる」
紅花は白茶を見る。
紅花「なんなら、あなたと先に決着をつけても構わないわよ」
白茶「紅花――」
白茶は構えを解く。
紅花「(ため息をつく)嘘よ。あなたと戦う気は――」
白茶が吹っ飛ぶ。
影喰いの右膝蹴り。宙に浮いたまま、身体を捻る。
紅花は『泰泉』を剣形態へ変えて斬りかかる。
影喰いは右前蹴り途中の足を管で覆い、剣をガード。
白茶が壁へ激突する。
足と剣で押し合う二人を土煙が包む。
紅花「白茶、無事?」
白茶「(土煙の中から声のみ)ですな!」
紅花「偉いよ!」
紅花は剣で押す。
影喰いはもう片方の左足で回し蹴り。
脚は土埃を纏う。
紅花は体勢低くかわして『泰泉』を薙刀形態に変化させる。
影喰いは蹴り足を変えて踵落とし。紅花は薙刀でガードする。
間髪入れずに紅花は薙刀で払い斬り。
刃は土埃を切り裂く。
影喰いは手から管を伸ばして天井へ突き刺し、すうっと上へ逃げてかわす。
紅花は薙刀を引いて、更に突き出す。
柄が天井の影喰いまで伸びる。
影喰いは管を伸ばして横の壁へ逃げる。
薙刀は管を少し切っただけで天井に刺さる。
紅花(M)「やる――」
紅花は足元を見る。
切って落ちた管がぴちぴち跳ねている。
紅花(M)「この管――白茶の言う通り、警戒した方がよさそうね」
白茶が跳んで回転しながら戻ってくる。紅花の隣に降りる。
紅花は薙刀を元の棒へと戻す。
白茶「不意を衝かれるとは、油断してた(紅花の巻いた布は取れている)」
紅花「あいつ、本当に強い。(白茶を見る)だからこそ、戦いたいの」
白茶「賛成しかねるけど――分かったよ。任せる」
紅花「ありがとう。でも――(笑顔で)手出ししたら、斬るからね」
白茶は紅花の笑顔に慄く。
白茶「――はい」
紅花は頷くと、三歩だけ前に出る。
影喰いも床へ降りる。
紅花(M)「ある程度、距離を取った方がよさそうね」
紅花は『泰泉』の形態を槍に変える。しならせながら振って、構える。
影喰いはゆらりと身体を揺らすと、一気に距離を詰める。
紅花は槍を唸らせて突き出す。
土煙を残し、影喰いは消える。
紅花は慌てず、槍を横へ開く。
岩の陰に隠れていた影喰いが飛び上がる。
宙を回って、紅花の頭上を飛び越える。
紅花は槍を後方へ滑らせる。背後に立った影喰いへ柄の先が伸びる。
影喰いは管を腕に巻いてガード。
紅花は槍を回しながら体勢を入れ替え、影喰いを正面に捉える。
槍の穂先で斬りかかる。影喰いは後方へ跳ぶ。
紅花は柄をしならせ、穂先を振るいながら、影喰いを追う。
影喰いはアクロバットで槍をかわす。紅花は反撃の余地を与えず攻撃を続ける。
紅花(M)「いける!」
白茶「あいつ――」
白茶は影喰いの動きを見る。その手が何かをしているのに気付く。
白茶「紅花、そいつ何か謀んでるぞ! 気をつけて!」
紅花「逃げてるだけの奴に何が出来るっていうのよ!」
紅花も影喰いの手の動きに気付く。
紅花(M)「何?」
影喰いが逃げるのを止める。
指先が細かく動く。
紅花は槍を引いた所で動きが鈍る。
紅花「え――?」
影喰いを射程距離に置きながら、紅花は動けない。
影喰いの腕の管が地面へ潜っている。
紅花は力を込めて、後ろを振り向く。
管が地面から何本も出て、全てが紅花の影を掴んでいる。
紅花「影縛り? いや、違う――」
管が紅花の影をぺらりとめくる。
頭から肩の辺りまでが持ち上がった。
紅花「影が――」
白茶「紅花!(ダッシュする)」
一度めくられた紅花の影が地面へと引き込まれる。
光源を無視して正面に引き出される。
紅花「――盗られる?」
白茶は動かない影喰いに強襲をかける。
影喰いは身体を反らせて白茶の蹴りをかわす。
白茶は宙で方向転換して追蹴り。
影喰いはそれもかわす。
その間にも影が剥がされ、紅花は膝をつく。
白茶は雲を出して、乗らずに影喰いにぶつける。
意表を衝かれて影喰いの手が止まる。
白茶は天井へ着地。影喰いは雲を管で蹴散らす。
突き出てきた管を白茶は天井を蹴ってかわし、紅花の影の上に降りる。
浮き上がった影の脚の部分を踏んづける。
白茶「これも仙術ならば、解除仙術は有効のはず!」
白茶は拍手を一つ打つ。音が響き、その範囲で仙術が解除される。
管が影から離れ、『泰泉』が棒に戻る。
影喰いはまだくっついている管を力いっぱい引っ張る。
白茶も踏ん張る。
紅花の影が白茶の足元で千切れる。
白茶「いっ!?」
影喰いは倒れずともバランスを崩して離れていく。
千切れた影を持っている。
紅花は気を失う。
白茶「紅花!」
紅花の呼吸が浅くなっていく。
白茶「影を盗られたからか――このままじゃ、紅花が――」
白茶は影喰いを見る。影喰いは盗った紅花の影を吸い込むように食べている。
白茶は紅花を見ると、頬に手を当てる。
白茶「紅花は死なせない」
白茶は紅花の影の切れた端に立つ。印を結ぶ。
場面暗転(白茶の視点から紅花へ)
紅花の視界。徐々に瞼を開ける。その先に白茶がいる。
紅花「白茶――手を出したら斬るって言ったでしょ」
白茶「紅花ができないことは、オレがする」
紅花「え――?」
* * *
(フラッシュ)
子供の紅花と子供の遠雷が拳と拳を突き合わせる。
* * *
紅花「(小声で)遠――雷――?」
紅花は白茶の身体が消えているのに気付く。
紅花「その身体!?」
白茶「あいつに影を盗られた人は死んでしまうんだ――。紅花も盗られたけど、心配するな。オレが紅花の影になる」
紅花「――え?」
白茶「大丈夫、紅花は死なせないよ」
紅花「そんな――勝手なことを――」
白茶「オレの命は紅花のもの。だから気にするな――」
白茶は影になっていく。
紅花「約束は――あなたとした約束はそんなことじゃなかったでしょ!」
白茶の姿は消え、紅花の影が復活している。
紅花「そんな――」
紅花は白茶の消えた辺りに手をついて、涙を流す。
影喰いはじっと見ている。
泣いたままの紅花へ近付く。
管がうごめく。
超亜「もういい」
影喰いは足を止めて入口を振り向く。
超亜が立っている。
超亜「勝負は決した。その子はわしが貰う」
超亜は歩いてくる。
『泰泉』を拾い、紅花を背負う。
影喰いは超亜が出て行くのをじっと見送る。
○奇岩城(部屋B)
部屋に入ってくる超亜。背中の紅花をベッドに下ろす。
超亜「もう戦う気も起きませんか――」
紅花は答えない。
超亜の姿が崩れ、顔なしに変わる。
顔なし「正直、がっかりしました。まさかあんなことで戦えなくなるなんて――」
紅花「あんなこと――? 一人の命が目の前で、しかも自分のせいで無くなったことが、あんなこと?」
顔なし「さっき会ったばかりの人に感情移入しすぎではありません?」
紅花「ひとの命を何だと思ってるの!」
顔なしは答えない。
紅花「それに、あいつは――」
○(回想)ゴーストタウン
(回想部分はセリフなし)
紅花(11)と遠雷(10)が、女の子Aを庇いながら物陰へ隠れる。
紅花「このままじゃ――」
遠雷「静かに!」
ビースト系の魔物が通り過ぎる。
鼻をひくつかせ、遠ざかっていく。
遠雷「あいつは僕がなんとかするから、紅花はこの子を連れて、お父さんの所へ」
紅花「――いや、遠雷の方が良いよ」
遠雷「ケンカしてる時間は――」
紅花「この子をおんぶしなきゃダメな時に、私じゃ無理なの」
女の子Aが引きつった悲鳴を上げる。
紅花と遠雷は振り向く。
瓦礫の天辺にビーストが立っている。
遠雷「紅花!」
遠雷は女の子と紅花を遠ざける。そこへビーストが落ちてくる。
遠雷は『泰泉』を翳すが、衝撃に弾き飛ばされる。
紅花「遠雷!」
紅花は右手首のブレスレットを見る。
* * *
(現在の紅花)
紅花(M)「慎重に決めなければならない仙力の方向性。私はその時、全仙力を武闘系にした。――そうしなければ、皆を救えなかった」
* * *
紅花はブレスレットを引きちぎる。
選択できる術派の中で、紅花は武術系一択とする。
遠雷「紅花――?」
紅花は走って、落ちている『泰泉』を拾い上げる。
『泰泉』を剣形態へ変える。
女の子Aに近付くビーストを斬り裂く。
ビーストは倒れる。
○(回想)町A
女の子Aが助かったことで沸く町全体。英雄と讃えられる紅花。
それを複雑な表情で見る紅花の父。
遠雷が後ろから近付く。
遠雷「おじさん、すいません。僕がついていながら――」
紅花の父「君のせいじゃない。気に病むな」
紅花の父は去っていく。遠雷はその背を見送り、視線を紅花へ移す。
紅花はまだ町人たちの中にいる。
* * *
(現在の紅花)
紅花(M)「私の家は仙人の名門だった。その跡取りである私が、仙術を使えくなったことに、父は何も触れなかった。私にはそれが逆に辛かった」
* * *
○(回想)町Aの街道
紅花は旅立つ遠雷の後ろをついていく。
紅花「――修行だったらここでも出来るじゃない」
遠雷「その話は済んでるでしょ。僕はここにいたら甘えてしまう。だから修行の旅に出る。もう決めたんだ」
紅花「私はどうすれば――父さんにも、遠雷にも見捨てられたら、生きてけないよ」
紅花は涙ぐむ。遠雷は紅花を見て、目を泳がせ、やがて決心する。
遠雷「ああ、もう、内緒にしておこうと思ったけど、無理だ」
紅花「?」
遠雷「僕は紅花の役に立ちたいんだ。仙術が使えない紅花をサポートできるようになるために、世界を回っていろんな術を見に行くんだ」
紅花「私の――ため?」
遠雷「うん。僕も武闘寄りだし、それでも役立てられる術を探して、強くなって――(赤くなる)それで、必ず戻ってくる」
紅花「(泣きながら笑って)その頃に私はもっと強くなってるわ」
遠雷「へへ、期待してる。――そうだ、これを紅花にやるよ」
遠雷は紅花に『泰泉』を渡す。
紅花「遠雷のお父さんの形見? 受け取れないわ」
遠雷「紅花の方が相性良さそうだし――また会う時まで預けておく」
紅花「(受け取る)もし使いこなせてたら返さないわよ」
遠雷「その位じゃなきゃ、僕が強くなる意味もないよ」
町境の吊橋前に着く。
紅花「私が出来ないことを遠雷がして――」
遠雷「うん。僕が出来ないことは紅花に任せる――」
紅花「二人で天下を取りましょう」
遠雷「天下――すごいけど、おもしろい。(にこっと笑い)約束だ」
紅花と遠雷は拳と拳を付き合わせる。
吊橋を渡っていく遠雷を見送る紅花。
* * *
(現在の紅花)
紅花(M)「私もその後、町を出た。武闘系を極めるため。そして修行の毎日――」
* * *
現在に戻る
○奇岩城(部屋B)
ベッドの上で紅花は顔なしと向き合う。
紅花(M)「修行に夢中になって、本当の目的を忘れていた。遠雷との約束――」
紅花は自分の影を見る。
紅花の目に涙が浮かぶ。
顔なし「たった一人の命でそれなら、数千、数万の命がかかったら、全く戦えなさそうですね」
紅花「――どういう意味?」
顔なし「あなたはこの仙人がいる世界をどう思います?」
紅花「どうって――」
顔なし「望まない能力とそれに伴う変化。期待の重圧と失望と諦観――この世界はそれらで満ちています」
紅花「仙人がいるから?」
顔なし「仙人もいるから――です。ひとは元々怠惰で、無いはずの力に頼る傾向にあります。だから容易く堕落します。それに仙人が拍車をかけているのです」
顔なしはパネルのスイッチを入れる。
6×6のモニターが空中に表示される。
各町が映され、数分ごとに切り替わっていく。
紅花「これは――?」
顔なし「あたしはそんな世界を終わらせるつもりです」
紅花「世界を――終わらせる? 何を言ってるの」
顔なし「愚かな仙人と、それを崇め世界を腐敗させた人間を排除します。(モニターを見て)それは世界の終わりを示す――そう思いませんか?」
紅花「そんなバカなことはやめて」
顔なし「バカ? バカと言いますか。――あたしの名前は顔なし。なぜそんな名前がついてるか、想像できますか?」
紅花「顔なし?」
顔なし「姿を変えられる仙術を多用しているうちに、本当の自分を忘れてしまったからです」
紅花「じゃあ、その姿は――」
顔なし「本当の名前を忘れた頃に、定着したものです。あなたたちが戦ったあの仙人は影喰い――彼女も人の影を食べ、取り込んでしまったせいで、あの姿です。(紅花を見て)なんのためです?」
紅花「それは――仙人の頂点に立つため」
顔なし「そうです。全ては一義的な仙人社会のせいです。だから仙人大戦なんてものも始まる。バカなのはあたしですか? それとも、この世界そのものですか?」
紅花「仙人自体が否定されるのもおかしいし、それで世界が滅ぼされるのもおかしいわ」
顔なし「仙人なんてものが無ければ、あたしはこんな目にあうこともありませんでした。世界は破壊されるべきなのです。そしてそれをしていいのは、犠牲者であるあたしだけです」
紅花「顔なしさん――」
紅花は膝立ちになる。
顔なしは両鎌を具現化し、先を紅花に突きつける。
顔なし「あたしを止めていいのは今回呼ばれた中で仙人の頂点に立つ人物だけ。――あなたはそれを自ら拒否しました」
紅花は『泰泉』を手に取って、鎌を上へ弾く。
紅花「――変化しない?」
仙力が込められず、『泰泉』が棒から変わらない。
顔なしは鎌を大きく振り回す。
起こった風に紅花は巻き上げられ、天井にぶつかり、ベッドに落ちる。
顔なし「たった一人の犠牲に心折られ、仙力を失ったあなたにはその役目はない――ということです」
紅花「そんな――」
顔なし「画面は点けておきます。世界が滅ぶ様を見なさい。あなたにはその資格が――いえ、罰が値します」
顔なしは部屋を出て行く。
紅花「私の――罰?」
紅花はモニターを見る。
36の世界が目まぐるしく変わっている。
○奇岩城(部屋C)
オペレーション室。
モニターと操作盤を前に仙術栄臓器と仙術拡声器を起動する。
顔なしが画面に映る。
顔なし「聞こえますか、世界。あたしはあなた方の全てに終止符を打つ者――これから全てを終わらせます」
○町B
顔なし(上空から)「まず仙人を排除します。そしてそれに付随する人間を排除します」
仙人A「冗談だろ」
町人A「性質が悪すぎる」
○村A
顔なし(上空から)「仙人たちの力を使い、世界を焼き尽くします」
仙人Bを村人たちは見る。仙人Bは首を傾げる。
村人A「何を言ってるの?」
○奇岩城(部屋C)
顔なし「今からそれを証明してみせます!」
顔なしは操作盤を操作する。
○村A
仙人Bが仙術便箋に包まれる。
○町B
仙人Aが、仙術便箋に包まれる。
Aの妻「あなた!」
○各地で仙人が、便箋に包まれる。
○奇岩城(大広間)
超亜は椅子に座ったまま、各地の様子を眺めている。
肘掛に置いた手が強く握られる。
○奇岩城(部屋C)
顔なし「その紙は、包んでいる仙人の仙力を吸い上げ、やがて爆発性の力を生み出し、世界を破壊します」
顔なしは操作盤をいじる。
○世界にカウントダウンが表示される。
四十分前
○奇岩城(部屋B)
顔なし(モニターから)「この数字が零になった時、世界は生まれ変わります!」
紅花はその様子を部屋のモニターで見ている。
仙術便箋に包まれた仙人を助けようとする人々の姿。
泣きながらすがりつく人。
泣き喚く子供の姿も映っている。
紅花「顔なしさん――やっぱり、あなたは間違ってる」
紅花は顔を逸らす。
影から視線を上げると、頬を両手で叩く。
『泰泉』を手に取って、部屋を出て行く。
○奇岩城(通路B)
紅花は通路を歩く。
紅花(M)「期待の重圧と失望と諦観――確かに仙人がいる以上、この世界には満ち満ちている。私だってお父さんの――家門の重圧に負けて逃げただけかもしれない。でもこれだけは言える。私は仙人でいることを不幸だと思ったことはない。望んで選んだ能力に後悔もない。顔なしさん、あなたはどうなの? 望まない能力でも、良い事が何一つなかったと本当に言えるの――? 全てを壊してからじゃ、思い返すことも懐かしむことも出来ない。だから、私はあなたを止める!」
影が部屋Cで止まる。
紅花は足を止める。
紅花「――ここね」
○奇岩城(部屋C)
顔なし「(小声で)あと三十分――」
紅花「顔なしさん!」
顔なしが振り向く。
ドアに紅花が立っている。
顔なし「何? 邪魔しに来たの?」
顔なしはゆっくり振り返る。
顔なし「紅花、あなた戦えないでしょ。何故、そこにいるの?」
紅花「あなたが望んだんでしょ」
顔なし「あたしが?」
紅花「自分の凶行を止めてもらうために、あなたは仙人を集めた。違うの?」
顔なし「残念だけど、あたしは至って正気よ。善と悪で心が戦っているなんてないわ」
紅花「でもあなたは私たちに助けを求めた」
顔なし「言うわね――。仮にそうだとして、あなたにそれが出来る?」
紅花「彼がここにいたら、きっと言うわ。世界を壊すなんて間違ってる――って。そして、私も言う。あなたを止める――と」
紅花は『泰泉』を取り出した。
顔なしは台座から降りる。大鎌を具現化する。
引きずるように大鎌を持って部屋の中央へ向かう。
顔なし「彼――あの猿くんが止めるようなマネをするかしら?」
紅花「(中央へ歩きながら)しないでしょうね」
顔なし「おや――」
紅花「でも私が戦うと言えば、彼は手伝ってくれる」
顔なし「そうかしら?」
紅花「だって、それが彼と私の約束だから」
顔なし「え――?」
紅花「(棒を構え)行きますよ」
顔なしは大鎌を振り回す。紅花は繰り出されてくる刃を的確に弾き返す。
打ち合いの中、力を込めた紅花の一打が繰り出される。
正面から大鎌で顔なしは受けたが、そのまま後方へ滑る。
顔なし「やるわね。武闘系で戦うにはこのままでは不利ね」
紅花「このまま?」
顔なし「こういうことよ」
顔なしの姿が武闘家の劉に変わる。
紅花「江蘇技演派の劉?」
劉(顔なし)「この人は仙人じゃないけど強いわよ。(大鎌をかざす)この人の得意は――」
大鎌は三節棍に変わる。
劉「三節棍か」
紅花「いくら何でも、そんな簡単に技を得るなんて――」
劉「試してみる?」
劉が数歩で間合いに入る。
振り下ろされた棍を紅花はかろうじてかわす。
紅花の反撃も劉は軽く受ける。
劉「ついておいでよ」
紅花の棒と劉の三節棍による打ち合い。
劉「まだまだ上がるわよ」
打ち合う速度が上がる。紅花に焦りが見え始める。
徐々に劉の攻撃が当たり始める。
紅花(M)「追いつか――ない!」
一撃を受けて紅花は吹っ飛び、床を転がる。
劉「姿だけじゃないの。その人の能力も写し取るの。必要な時は思考を取るために、対象者の心深くまで入ったわ」
顔なしは言いながら次々に姿を変える。
顔なし「さすがに総帥くらいになると、姿だけで限界だけど――」
顔なしは仙人の汪に姿を変える。
汪(顔なし)「この程度の仙人なら簡単よ」
汪は手から炎を出して紅花に投げ付ける。炎は紅花のすぐ横で破裂する。
紅花「顔なしさん――」
汪は顔なしに戻る。
顔なし「本当の姿を失った末についた名前。あたしは忌まわしき仙人のなれの果てよ」
○奇岩城(総帥室)
暗い部屋でモニターの明かりだけで照らされている。
超亜はモニターを悲しげに見る。
超亜「(小声で)瑞英――」
○奇岩城(コントロール室)
位置変わらず(顔なしが立って、紅花が倒れている)
顔なし「あたしは仙人が憎い。仙人を崇める人間が憎い。仙人が存在するこの世界そのものが憎い!」
紅花「だから世界を壊すと言うの?」
顔なし「いけない? 世界に歪められたあたしだけが、世界を壊す権利がある!」
紅花「そんなの、あるわけないじゃない!」
紅花はゆっくりと立ち上がる。
紅花「不幸だったら何をしてもいいわけじゃない。小さい幸せを大事にしてる人だっているの」
○村B
仙術便箋に包まれた仙人Dを気遣う村人たちはその声に頷く。
○町C
空に映し出された紅花へ少女Bは手を握って祈る。
紅花「(声のみ)それを壊していい人なんていない!」
○町A
紅花の父「(見上げ)がんばれ、紅花――」
○奇岩城(コントロールルーム)
顔なしは姿が安定しなくなる。
顔なし「何で、そんなことを――あなたは影を失って、彼だってあなたのために影になって――皆不幸でしょ。それでも仙人思想の被害者じゃないって言えるの?」
紅花「言えるわ」
顔なし「!」
紅花「――確かに、嫌なことや辛いこともあったけど、不幸だと思ったことはないわ。たとえ影を失っても、たとえ友達を失っても――」
顔なし「あなたがそう思ってても、影にされたあの子が果たしてそう思ってるかしら」
紅花「思ってるわ」
顔なし「どこからそんな自信が――?」
紅花「私の知ってる「彼」は、そんなに悲観的じゃないわ。たとえ猿になってもね」
白茶(声のみ)「猿じゃないし!」
紅花「――え?」
じわじわと影から白茶がでてくる。
紅花は涙をにじませる。
紅花「(嬉しそうに)遠――白茶」
顔なし「そんな――バカなことって」
白茶「復活!」
白茶は元に戻り、ポーズを決める。
白茶「もう思い通りにはさせないぜ!」
○町D
空の映像を見ている人々。
町人B「猿――」
町人C「だな」
○村C
空の映像を見ている人々。
村人B「猿だな」
村人C「猿だ」
○奇岩城(コントロール室)
白茶は影喰いがいなくて戸惑う。
白茶「――って、あれ? あいつがいないし、ここ、どこだ?」
紅花はゆっくりと歩み寄る。
紅花「お帰り、白茶」
白茶「んぉ? ああ――(笑う)ですな」
紅花も笑顔を見せる。
顔なし「嘘だ――影喰いに影を取られた人間は消滅する。それを彼が影になったことで命を繋いだ。それだけでも奇跡だというのに――」
白茶は自分の足元を見る。
顔なし「影になった子まで戻ってくるなんて――」
白茶「そうでもないぞ」
顔なし「え?」
白茶「ほら」
白茶は足を持ち上げて見せる。影が紅花の足下に繋がっている。
白茶「影のままだ」
紅花「そんな――」
白茶「紅花が気に病むことじゃない。全然問題ないさ」
顔なし「少年――」
白茶「一つ難を言えば――」
紅花「何?」
白茶「獣化の術が定着している。もう解けないようだ――」
顔なし「逆に言えば、獣化の術だからこそ影になれたのかもしれませんがね」
白茶「残念。いい男だったのにな」
白茶は笑う。
紅花「見たかったよ。君が大きくなった姿を――」
白茶「紅花――気づいてたのか?」
紅花「君が影になった後よ。約束も思い出した。だけど、もう二度と会えないなんて思ったら悲しくなって、自分が許せなくなってた。もう一度だけでいい。君と話がしたいと思った。本当に良かった。――また、会えて、良かった」
白茶「紅花――約束、守りに来たよ」
紅花「うん」
白茶「ちょぉっと、思ってたのとは違うけどな」
紅花「うん」
白茶「これから、よろしく」
紅花「うん」
白茶と紅花は拳と拳を打ち合う。
顔なしは優しげに見ている。目を伏せ、深呼吸。悪に徹する決意をする。
顔なし「奇跡はもう起きないわよ!」
紅花と白茶は顔なしを見る。
カウントダウン二十分前。
紅花「白茶、力を貸して」
白茶「おう」
紅花「(顔なしを指さし)あの人を倒す」
白茶「おう」
紅花「あの人を助けるために!」
白茶「おう!」
白茶は構え、紅花は『泰泉』を構える。
顔なし「あたしを助ける?――あなたたちに何が出来るというの!」
顔なしは姿を仙人の呂に変える。
紅花と白茶は同時にダッシュ。
白茶「あいつ、姿が変わったぞ」
紅花「能力も変わるわ。気を付けて!」
呂「これでおしまいよ!」
呂の周囲で空気が凝り固まって無数のミサイルとなる。
紅花「白茶!」
白茶「ひるむな、つっこむぞ」
紅花「了解!」
白茶を先頭に縦列で呂へ迫る。
呂が手を振ると、ミサイルが一斉に白茶と紅花へ向かう。
白茶「仙術解除!」
白茶は柏手を打つ。
音の波動が周囲に広がる。
ミサイルが軸をずらしぶれる。
呂「なに?」
具現化が弱まり、白茶に近いミサイルは波動をまともに受けて霧散する。
外周のミサイルもぶつかり合って爆発する。
ドーナツ型の爆炎が起こる。中心に白茶が立っている。
その頭上を紅花が飛び越える。
呂「小賢しい!」
呂の姿が武闘系仙人の馮に変わる。手に棒を具現化する。
紅花が飛びかかる。『泰泉』を振りかざす。馮も大きく引く。
棒同士がぶつかり合う。
紅花と馮が交差する。
真っ二つに折れた棒が宙へ舞う。
白茶はガッツポーズ。
馮も宙に舞っている。紅花は『泰平』を持って着地している。
馮が顔なしの姿に戻って、地に落ちる。
紅花は身体を起こして顔なしを見る。
紅花(M)「意外とそれが顔なしさんの本当の『顔』かもしれませんよ」
白茶はパネルに近付く。
白茶「なあ、何で数字が下がっていってるんだ?」
紅花「そうだ! 大変なの! その機械を止めて!」
白茶「んぁ?」
白茶はパネルの上に乗る。横に紅花が駆け寄る。
紅花「何これ? 全然わかんないよ!」
白茶「――これと、これかな」
白茶がパネルを操作すると、カウントダウンが止まる。
紅花「え――?」
○世界で仙術便箋の光りが止まる。
空のカウントダウン表示も止まる。
○町E
町人D「止まった?」
○村D
村人D「止まったのか?」
○奇岩城(コントロール室)
紅花は驚いている。白茶はモニターを確認している。
紅花「止められたの?」
白茶「こんなの仙力振幅装置の応用だ。分かりやすいもんだ」
紅花「猿にしてはやるじゃない」
紅花は白茶の頭をぐりぐりと撫でる。
白茶「(まんざらでもなさそうに)猿じゃないし――」
カウントダウン表示がまた動き出す。
白茶「何?」
紅花「止まったはずなのに?」
○世界各地
超亜の姿が映し出されている。
超亜「やはり部下に任せてはおけんの」
○奇岩城(コントロール室)
白茶「おっさん?」
○奇岩城上空
雲に乗って超亜は浮かんでいる。傍らには蛟Aがとぐろを巻いている。
超亜「あの者の能力では仙人とその周辺の人間しか消滅させられん。だが、わしのは違うぞ。この城の地下でみつけた魔方陣を使い、全世界を消滅させる」
○奇岩城(コントロール室)
紅花「何ですって?」
白茶「それか――オレがずっと感じていた妙な力って」
顔なし(声のみ)「そんな総帥がそんなことをするはず――」
紅花「顔なしさん」
紅花は顔なしに駆け寄る。
顔なし「これはあたしの独断で、総帥は知らないはずなのに」
白茶「そんなわけないだろ。こんだけ大掛かりな仕掛け――その魔方陣があるから、ここだって動いてるんだぜ」
顔なし「そんな――」
超亜(モニターから)「各地の仙人の力を吸い上げ、ここから打ち出される五つの宝玉がその仙力を受け取り、鳳凰系仙力となり、地上に返す。これによって世界は変貌する。人のいなくなった自然のみの世界だ。宝玉は永遠に飛び回り、人の存在を確実に消し、生まれないようにする――どうじゃ? 完璧な世界じゃろ」
紅花「ありえない」
白茶「つまんない世界だな」
超亜(モニターから)「残り十五分だ。止められるかな? 武闘少女と猿少年」
紅花「私たちのことのようだな」
白茶「猿じゃないし」
紅花「白茶」
白茶は紅花を見る。
紅花「もう少しつきあって」
白茶「もちろんだ」
○奇岩城(火口跡)
火口跡へ到着した二人。
カウントダウンは続行。
ドーム内には影喰い、その上空には超亜が蛟Aを従えて浮かび、術を続行している。
○世界中、二人に願いを託す
○奇岩城(火口跡)
カメラを見つけた白茶
白茶「オレの名前は白茶。これからこいつらを倒してみせるぜ」
○町F
町人E「猿だ」
○町G
町人F「猿だな」
○村E
村人E「猿か~」
○奇岩城(火口跡)
紅花と白茶は影喰いと対峙する。
白茶は上を見る。
火口の先の空に超亜が浮かんでいる。
超亜は儀式の最中。
白茶「まずはこいつから行くか――」
白茶は視線を戻す。
影喰いは腕を組み、余裕を見せて立っている。
紅花が白茶の前にずいっと出る。
紅花「この人は私に任せて」
白茶「でも、お前――」
紅花の手が小刻みに震えている。
紅花「大丈夫――大丈夫よ」
影喰いは紅花を指差し、親指で首を掻き切るジェスチャーをする。
紅花「怖いのは死ぬ事じゃない。恐れるべきは孤独だと思い込んでしまうこと」
紅花の手の震えが徐々に止まり始める。
紅花「昏い失意の中で、下を向いて、差し伸べた手に気付かなかった。私はそんな自分を恥じてる。同じ過ちは繰りかえさない。私はその手に報いるんだ」
白茶「紅花――」
紅花「大事なのは仙人でいることじゃない。大切なのは、自分がここにいるってこと。私がここに立っているのはみんながいてくれたから――。そして君もいてくれる。だから大丈夫」
紅花の震えが止まる。
紅花「(影喰いを指差し)あなたを倒して、世界も守る!」
影喰いはやれやれというポーズをする。
白茶「そっか。じゃあ、あいつは任せた、紅花」
白茶は雲に乗る。ふわふわと浮かんで行く。
紅花「世界は君に任せたわ、白茶」
白茶「おう! 任された!」
勢い良く雲は空へ上がって行く。
紅花と影喰いはそれを見送る。
紅花「見送るなんて、仕事放棄?」
影喰いは平然と腕を組んでいる。
紅花は『泰泉』を抜いて構える。
紅花「そんなに余裕はないわよ」
紅花は一蹴り、一瞬で影喰いの間合いに入る。
影喰い「!」
影喰いはかろうじてかわす。
紅花はそのまま行き過ぎ、壁に着地、跳躍し、再度影喰いに攻撃を仕掛ける。
これを繰り返す。
着地と跳躍の度に、岩壁が瓦礫を弾け飛ばす。
何度目かの攻撃で、影喰いは管を束ねて剣状にして、紅花の棒を受ける。
その直前で紅花は一瞬で棒を剣に変える。
勢いに乗った刃はまとまった管を千切り飛ばす。
紅花は着地し、そのまま滑っていく。
影喰いは斬られた管を見入る。
紅花は剣を構える。
紅花「まだまだ、これからよ!」
○奇岩城上空
雲の速さに白茶はかろうじてしがみついている。
術の途中の超亜は下からの気配に気が付く。
雲ごと白茶が蛟にぶつかる。
互いに痛がる。超亜さえ驚いて術が止まる。
超亜「猿の少年――。邪魔しに来たのか?」
白茶「(頭を押さえながら)まあ、形上ね」
超亜「形上?」
白茶「邪魔されずに念願が叶ってもおもしろくないだろ」
超亜「わしはそうでもないのだが―ー」
白茶「ま、遠慮するな――んぉ?」
後ろから蛟Aが襲いかかる。逃げる白茶を追う蛟S。
さらに超亜の左手の仙術陣から光弾が次々と放たれ、白茶を追いつめる。
超亜はその間も右手で術を進行する。
白茶は今乗っている雲を蛟Aにぶつけ、雲を複数出す。
それを盾にして光弾を防ぎながら、八艘飛びで超亜に接近する。
射程距離に入るが、蛟Aの尻尾が白茶を弾き飛ばす。
白茶は何とか雲の一つに乗る。
蛟Aは元の超亜を守る位置に戻る。
白茶「なかなかやるね~」
超亜「これでも派閥長じゃからの」
白茶「でも、勝つのはオレだけどな」
超亜「その自信はどこから来るのじゃ」
白茶「へへ」
白茶と超亜のにらみ合い。
蛟Aが動く。
○奇岩城(火口跡/ドーム内)
紅花は棒で影喰いを攻める。
影喰いは棒を管でガードし、管を突き出して攻撃する。
手数は管の方が多いが、紅花が押している。
影喰いは管で紅花の棒を掴む。
紅花は『泰泉』を青龍刀に変える。
刃が管を切り落とす。
影喰い「!」
紅花は青龍刀を回しながら影喰いを追い込んで行く。
管を弾いて間合いに入った紅花は隙を見つけ、影喰いの肩へ蹴りを入れる。
影喰いは後方へ跳ねて距離をあける。
影喰いは蹴られた肩を見て紅花へ視線を移す。
紅花は剣を構える。
影喰いは管を数本単位で束ねる。
強度と力の増した管で紅花を攻める。
紅花は『泰泉』を槍に変え、受けながら間合いを詰めて行く。
隙をつき、足を蹴って弾く。
(スローモーション)
バランスを崩し倒れる影喰いに、紅花は更に回し蹴り。
影喰いは顔を蹴られ揉んどりうち、宙を回転して落ちる。
(ここまでスローモーション)
影喰いは地面を悔しそうに強く叩くと立ち上がる。
岩の影へ吸い込まれるように消える。
紅花は槍を棒へ変えると構え、周囲を見回す。
振り向き様に伸ばした棒の先を影喰いが抑える。
力比べ。
その紅花の背後の影が盛り上がり、もう一人の影喰いとなる。
○奇岩城上空
白茶は蛟Aに追われる。
超亜は相変わらず術に集中。
右手で魔方陣、左手で蛟Aを操りながら、時折、光弾を撃つ。
白茶は余裕でかわす。
白茶「へへ、慣れてきたぜ!」
超亜はもう一匹の蛟Bを召喚する。
白茶「うそぉぉぉぉっ!」
白茶は、うねりながら迫る二匹の蛟を上下左右、アクロバット飛行でかわす。
超亜からはどんどんと離れて行く。
白茶「このままじゃーー」
白茶はちらりとカウントダウン表示を見る。
残り430秒。
白茶は雲に急ブレーキを掛け、同時に自分は飛び降りる。
蛟Aが雲につっこむ。雲がゴムのように伸びる。
白茶は蛟Bの顔の前を落下し、下に作った雲に着地する。
その雲がやはりゴムのように伸びる。
白茶「(小声で)これだ――」
白茶は上を向く。
蛟Aはまだ雲に引っ掛かっている。
蛟Bは方向を転換し、降下している。
白茶は蛟Bへ向かって雲を上昇させる。
蛟Bは一瞬ひるむが、スピードを上げる。白茶もスピードを上げる。
交差する刹那、蛟Bは身体を捻って尻尾を振り下ろす。
尻尾は雲にヒットする。しかし雲だけ。
白茶は飛び降りている。
白茶は蛟Bの身体へ着地し、頭へ向かって走る。
蛟Bが白茶の接近に気付き、顔を持ち上げる。
白茶は勢いに乗せて、蛟Bの横面へ両脚飛び蹴り。
足踏みをするように何度も何度も蹴り、そのまま奇岩城の外壁へと激突させる。
超亜「うぬ?」
崩れる外壁。
巻き起こる土煙。
白茶は雲に乗って埃を突っ切る。
蛟Aがやっと雲から脱する。
白茶は手をかざす。
雲が蛟Aまでの距離に互い違いにランダムで複数出来る。
超亜「あやつ、まさかー―」
超亜は光弾の数を増やす。
白茶「いっけぇぇぇ!」
足下の雲を踏み台に、白茶は上の雲へ飛ぶ。
そのゴムの弾力を利用し、次へ飛び、更にまた飛ぶ。
光弾が飛び交う中を、雲を渡って昇って行く。
蛟Aが下へ向かって降りてくる。白茶のスピードが上がる。
超亜の攻撃が追いつかなくなる。
蛟Aが白茶を見失う。
白茶は蛟Aの顎の下へ体当たり。
そのまま数十メートルを上昇して行く。
外壁へ突っ込んだ蛟Bが召喚解除でぼん――と消える。
空中で蛟Aも同じくぼん――と消えて、白茶だけになる。
白茶「よしっ!」
白茶は右手をぐっと握る。
超亜は宙の白茶を見て、感嘆の目で微笑む。
超亜「(小声で)やりおるわい」
白茶は超亜の正面辺りに作った雲へ着地する。
空高く、互いに雲に乗ったまま、白茶と超亜は向かい合う。
超亜「猿と思って舐めておったわ」
白茶「猿じゃないし」
超亜「しかしーーじゃ」
超亜は念動力で腰の剣を引き抜く。
左手で持つ。
超亜「わしを倒さんと世界は救えんぞ」
白茶「ですな」
白茶は構える。
○奇岩城(火口跡/ドーム内)
六人の影喰いを相手に、紅花は『泰泉』を振り回す。
影喰いの攻撃を受けては打ち、かわしては打つ。
紅花の蹴りが一人の影喰いを吹き飛ばす。
影喰いは仙力を込めて、更に十数人の影喰いを出す。
紅花は焦ることなく、全ての影喰いを相手に棒を振るい続ける。
○町H
空に映し出される二つの戦いを見上げる町人たち。
町人G「すげえ」
町人H「(仙術便箋に包まれた仙人を見ながら)だが、時間がもう無い――」
○カウントダウン240秒前
○奇岩城上空
雲の上で剣を使う超亜と素手で戦う白茶。
右手では術式が続行されている。
利き手ではない剣術でも超亜はほとんど動かず、白茶を追い詰める。
白茶は空にいくつも雲を浮かべ、跳ねて渡ってかわしていく。
超亜がそれを追う。
超亜「逃げてるだけでは勝負はつかんぞ」
白茶「分かってるわい!」
超亜の三連撃を白茶はかわす。
超亜の頭上に、少しずつ大きな雲が出来始めている。
○奇岩城(火口跡/ドーム内)
影喰いの人数は五十人近い。
紅花は『泰泉』を伸ばす。その超長棒を振り回す。
かわした影喰いもその風圧に巻き込まれ、全ての影喰いが宙へ吹き飛ばされる。
その中で、自ら跳び、紅花に向かってくる一人の影喰い。
紅花「そいつね!」
紅花は『泰泉』を足元へ突き立てる。
その先端に掴まった紅花ごと棒を伸ばす。
紅花の身体が『泰泉』の伸長スピードに乗って、宙の影喰いに迫る。
影喰い「!」
紅花が影喰いに達する直前。
数十人の影喰いが床面へ落ち、その衝撃で足場が崩れる。
紅花「きゃあ!」
岩片と共に紅花と数十人の影喰いが、ぽっかり開いた穴へと落ちていく。
○奇岩城上空
超亜の剣をかわしながらも、白茶は果敢に攻撃をする。
手足の短さに、逆に反撃の機会を与えてしまう。
超亜「そろそろ決する時!」
白茶「オレが勝つけどね」
超亜「どこからその自信が?」
超亜の横薙ぎの剣を白茶は宙返りでかわす。
超亜は白茶の着地点にある雲を剣の斬撃で切り崩す。
白茶「んぁっ?」
白茶は雲をすり抜けて落ちていく。
超亜「とどめじゃ!」
更なる斬撃を撃とうと超亜は下を向く。
雲が一つ浮かんでいる。
中心が下へ伸びている。
超亜「少年――やるな!」
超亜は斬撃を放つ。
白茶「まだ褒めるのは早い!」
雲から白茶が飛び出す。
僅かな差で斬撃が雲を蹴散らす。
超亜「その程度で、わしは倒せん!」
超亜は剣を振り翳し、白茶を迎え撃とうとする。
白茶はそれを通り過ぎる。
超亜「なに――?」
超亜は上を見上げる。
超亜「!」
でかい雲が浮かんでいる。
白茶はその雲を下から上へと天高く伸ばしていく。
白茶「勝負だ、おっさん!」
超亜「おもしろい」
超亜は剣を構える。
限界以上に伸びる雲。
その中で白茶は、超亜の向こうへ視界を移す。
奇岩城の火口の中、足場が崩れ、かろうじて掴まっている影喰いと紅花の姿。
白茶「紅花!」
○奇岩城(火口跡/崩れ落ちたドーム)
紅花の足場は直ぐにも崩れそう。
影喰いは崖に張り付いている。
紅花(M)「この足場じゃ、上へ跳べるかどうか。それに――このままじゃ、あいつに逃げられる」
影喰いは紅花を一回見て、下へ飛び降りる。
余裕で宙を飛ぶ影喰い。
気配に気付き、後ろを振り向く。
影喰い「!」
紅花が足場を『泰泉』で切り落とし、影喰いを追ってくる。
紅花「勝負はつけさせてもらうわ」
紅花は岩から飛び出す。
○奇岩城上空
白茶は少し角度を変える。
雲から打ち出される。
超亜が剣に気合を込める。
全然外れた方を白茶は飛んで行く。
超亜「少年?」
白茶「勝負は預けておく!」
超亜は、火口へと消えていく白茶を見送る。
超亜「次があると思っておるのか――?」
○奇岩城(火口内)
紅花と影喰いは落ちながら戦っている。
下を気にする影喰いと戦いに集中する紅花の差が、戦いに出ている。
押されている影喰いは離脱を試みる。
壁へ管を伸ばして降下にブレーキをかける。
全方位へ伸ばしてやっと止まる。
影喰いはほっと安心する。『泰泉』が直ぐ横の壁に突き刺さる。
影喰い「!」
紅花は棒を壁と壁に渡らせる。
斜めに刺さった棒の上を、紅花は影喰いへと走って上ってくる。
影喰いは止まるために張り巡らせた管を戻す。
紅花がそれより早く間合いへ入る。影喰いへ跳ぶ。
影喰いが右パンチ。紅花は身体を捻らせて回転する。
左踵でパンチを弾き、右の蹴りが影喰いの顔へ。
一周してきた左踵が影喰いの後頭部へ。
影喰いの身体がくるくると回る。
紅花は足を揃えて、突き上げる。
影喰いは吹き飛ばされ、壁に埋まる。
紅花はそのまま落下していく。
蹴った勢いで『泰泉』からも大きく外れ、身一つで落ちていく。
紅花「勝った――でも、私――このまま死んじゃうのかな」
紅花は頭を下に落ちている。
紅花「遠雷、せっかくまた会えたのに――ごめんね」
白茶「悪いことしてないのに、謝るな!」
紅花「――白茶?」
紅花は顔を持ち上げる。
白茶が身一つで追いかけてきている。
紅花「ちょ――総帥には勝ったの?」
白茶「そんなの後だ!」
紅花「時間がもう無いのよ」
白茶が紅花に追いつく。
白茶「紅花の方が大事だ!」
白茶は紅花を抱き止めると、雲を作る。
紅花「――(小声で)ばか」
雲が思いのほか大きくならない。
白茶「さっきでかいの作りすぎた――」
底が見える。
白茶「掴まれ!」
紅花は白茶に掴まる。
床面に当たった雲が破裂する。
紅花と白茶は宙に投げ出される。
勢いは死に切れず、二人は壁へ弾かれる。
白茶「紅花!」
紅花「白茶!」
壁に激突する寸前で、別の雲が二人を受け止める。
白茶「んぁ?」
紅花「これ――」
二人はゆっくり床へと降りた。
魔方陣が床で光っている。
落ちてきた岩も全て周囲にはない。
紅花はドアに立つ仙人周を見る。
周は顔なしに変わる。
○奇岩城地下(魔方陣室)
魔方陣へ歩み寄る紅花と白茶。そこへ顔なしが歩み寄ってくる。
顔なし「総帥が独自にこんなことをしてたなんて――」
カウントダウン表示90秒。
紅花「これを壊せば止められるんじゃない?」
白茶「こんだけ、仙力が溜まってるんだ。壊した途端、行き場を無くした力でやっぱり世界は爆発する。ここを中心にね」
紅花「じゃあ、どうすんのよ」
白茶はじっと魔方陣を見る。
顔なし「総帥は本気で世界を壊すつもりでしょうか――」
白茶「――うん。さっき、おっさんが言ってた通りになるように円陣が組まれてる」
紅花「超亜は初めからあなたの罪をかぶるつもりだったのかもしれないわ」
顔なし「何のため――」
紅花「それは――あなたが一番知っているのではなくて?」
顔なし「あたしが――?」
* * *
(フラッシュ)
若い超亜が幼い娘を抱き上げている。
* * *
顔なし「(小声で)――お父さん」
紅花「!?」
白茶「分かった」
白茶はカウントダウン表示を見て、両手を前に出す。
白茶「全てを解除することは出来ないけど(拍手を打つ)やれるだけやる!」
解除術の波動が魔方陣を一時解除する。
白茶は円陣を動かす。
紅花「残り三十秒!」
白茶「もう少し――」
魔方陣の光りが溢れ、白茶が弾き飛ばされる。
白茶「んぉっ!」
紅花「白茶!」
白茶は壁にぶつかって下に落ちる。
駆け寄ろうとする紅花を白茶は止める。
白茶「魔方陣を!」
紅花は魔方陣を見る。
紅花「どうすれば――」
白茶「青い石板を人の文字に重ねるんだ!」
魔方陣が上空へと浮かびだす。
紅花「ちょ――」
顔なしが巨体な仙人の鄭に変わり、魔方陣を抑える。放電が鄭を包む。
紅花「顔なしさん!」
鄭「急いで!」
紅花は魔方陣へ駆け寄る。
青い石板と人の文字を確認する。
紅花「これね!」
紅花は放電の膜へ手を入れる。
紅花「くっ――」
白茶は起き上がる。痺れる手をゆっくり上げる。
白茶「もう一回――解除仙術を――」
○奇岩城上空
術を唱え終わった超亜。世界を見回す。
超亜「――これが、世界が選んだ運命だ」
○カウント 五秒前
○奇岩城地下(魔方陣室)
スパークが魔方陣を抑えている鄭と、石板へ触れている紅花を包む。
白茶は手を上げていく。
白茶「オレたちは――(手が正面まで上がる)まだ、これからだ!」
白茶は拍手を打つ。
スパークが解除される。
紅花は青い石板を人の文字に重ねる。
鄭が気を失い、顔なしに戻る。
魔方陣が上がっていく。
○カウント 0
○奇岩城上空
超亜が右手で印を結ぶ。
魔方陣が超亜の横を上へと昇っていく。
○奇岩城地下(魔方陣室)
崩れ始める地下。
白茶は痺れがやっと取れ始める。
床に紅花と顔なしが倒れている。
白茶は雲を具現化すると、紅花と顔なしを乗せて上昇する。
○奇岩城上空、さらに高い位置
魔方陣は膨れ上がり、五つの宝玉を五方向へと弾き飛ばす。
光りが空を飛んでいく。
仙術便箋が得た仙力を通りながら集める。
地球全体へ渡っていく。
○奇岩城火口部分
紅花と顔なしを乗せた白茶の雲は崩れる岩を避けながら空を目指す。
白茶「あ――」
途中に刺さっていた『泰泉』を取る。
そのまま順調に昇っていく。
空直前、大地の仙力が吹き上げてくる。
火口からギリギリ脱出するが、吹き上げた仙力に弾き飛ばされる。
白茶「うわぁあっ!」
大地の仙力は魔方陣に達すると、世界は光に包まれる。
○変貌した世界
不思議な世界が形成されている。
○空の上
サイケデリックな空に浮かぶ透明な岩の上で、紅花と白茶は寄り添って座る。
紅花「やられたわね――」
白茶「でも、ひとは守ったさ」
○各地。便箋で包まれていた仙人たちは、次々に助かり、無事に家族と対面を果たす。
○空の上
紅花は目を細める。
驚く人々。
変わった世界に大人は呆然とする。
子供たちは駆け回っている。
紅花は薄く笑う。
紅花「よくこんな仕掛けができたわね」
白茶「ですな――修行の成果だよ。術式を読み取って、人を無くさないように書き換えたんだ」
紅花「やるわね」
白茶はにいっと笑う。
白茶「最悪の中でも最良を選んだんだ。――ま、こんな変な世界になってしまったのは想定外だけど」
紅花と白茶は声を上げて笑う。
紅花は笑いをすぼめ、目をそらす。
紅花「もし私が余裕であいつを倒せてたら、あなたは超亜を止められてたでしょ」
紅花は下を向き、涙を流す。
白茶は横から優しく紅花を見る。
紅花「私が世界をこんなにしたんだわ」
風が通りすぎる。二人の前髪が揺れる。
白茶「紅花と世界を天秤に掛けて、一人の命を選んだのはオレだ」
紅花「こんな価値のない命を――」
白茶「ひとの価値っていうのは他人が決めるもんだ。だから独りになっちゃダメなんだ」
紅花「白茶――」
白茶「オレは紅花にいて欲しいんだ。紅花のいない世界を守ったって価値はない。どんな世界だろうと、紅花がいてこそなんだ」
紅花は空を見上げる。
虹色の空に白い雲がたなびく。
紅花「ありがとう、白茶」
白茶「(笑って)ですな」
紅花(M)「ひととの繋がりを見失いかけた私にできた無理矢理な絆――」
紅花のモノローグの向こうで――
顔なしを抱きかかえ、雲に乗って超亜が去っていく。
瓦礫の中から全身を管でガードした影喰いが起き上がる。
超亜も影喰いも岩の上の紅花と白茶を一瞥する。
白茶は何かに気付く。その何かに慌て出す。
紅花(M)「もう一度生きていけそうな気がする――?」
紅花は白茶の様子に気付く。
紅花「どうしたの?」
白茶「え――と、こいつ、落ちてる」
白茶は苦笑して座っている岩を指さす。
紅花「ええええええ!」
岩が急速に降下している。
紅花「何をのんびりしてるのよ!」
白茶「ですな――」
紅花「君、もっと早く言いなさいよ!」
紅花は泣きながら白茶の襟元を掴みながら揺する。
白茶「だって、満足そうな顔で悦に入ってたら、言えるもんも言えないし――」
紅花は恥ずかしさに顔を真っ赤にする。
紅花「君なんか大っ嫌い!」
紅花の叫びと同時に岩は湖に着水する。
変容した空に水しぶきが上がる。
虹色の空に虹がかかる。
紅花と白茶は岸にたどり着く。
以下エンディング
(セリフなし。表情だけで展開)
白茶「死ぬかと思った」
紅花「君ね――」
白茶「湖に落ちるのは分かってたけど、こんな凄いとは――」
落ちた岩が再び湖から浮かび出す。
紅花「自重でしか浮かべない岩――変なの」
白茶「ですな。――でも、もっと変なものに逢えるぞ、この先」
白茶はにいっと笑う。
紅花は大きくため息をつく。
紅花「そうね。これから、よろしく頼むわ」
紅花は拳を突き出す。
白茶はその拳に拳を合わせる。
白茶「ところで――」
紅花「ん?」
白茶「そろそろ水から上がった方がいいな」
紅花「――何で?」
白茶「さっき沈んでた時見たんだけど、ここには得体の知らない巨大な生物が――」
紅花「え――?」
二人の背後で水が盛り上がる。巨大生物が姿を現す。
白茶「そうそう、こいつ。目が合った時は死ぬかと思ったよ」
紅花「だからそういうことは、もっと早く言いなさいよ!」
紅花は白茶を抱え、水から飛び出た。悲鳴を上げながら走り去る。
残った巨大生物は実は優しい顔をしている。走り去る二人を見送る。
長く続く道を紅花と白茶は笑顔で走っていく。
(終わり)
【シナリオ】Tea Flower ~白茶と紅花の仙人奇譚~ Emotion Complex @emocom
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