第49話 陰陽師の血族


「おとうさ……」

「一族の名折れですね。私はアナタに言った筈です。我ら一族の権力を誇示する為にも、どんな汚い手を使ってでも黒縄小学校番長の座を譲るなと言って来た筈です」

「ごめんなさい……おとうさん」

「もういいです。アナタには失望しました。なのでここからは私がやります」


 突如現れた町長――覚の父は、その場にいた子ども妖怪たちを一声で震え上がらせるだけの妖力を解放していた。いかに彼らが鍛錬を積んでいようとも、大人妖怪――ましてやヨドミの両親の居ない今、この修羅町で一番強いとされる町長の前で何の抵抗の手立てもある筈かがない。

 血みどろになりながらも、フラフラと立ち上がった覚は白目を剥きかけた視線で父へと問い掛ける。


「何を、する気なの……お父さん?」

「決まっています。この場に揃ったあやかしたちを葬って『覚組』の勝利でこの【番付決定会】を締め括ろうというだけの事」


 町長の解き放った気迫は、その場に集った者たちの多くを失神させる程に凄まじかった。突如と巻き起こった理不尽な展開に、河童は困惑した声で抗議した。


「そんな横暴無しやろ! ガシャどくろ校長と山姥やまんば教頭が黙ってないで!」

「……もう手は打ってあります。私の部下たちが彼らを足止めしているでしょう……どんな手を使ってでも結果を出せればそれで良いのです」

「それが町長のやる事なんカッパ?! 汚いにも程があ――」


「ダマレ――――」


 町長が一睨みしただけで河童が泡を吹いて倒れた。彼の手にかかれば、この場に集った子ども妖怪たちを全員薙ぎ倒す事など朝飯前なのだ。


「私はこの町の町長ですよ? すなわちここで一番強い。この町でね! つまり、キミたちを家族毎町から追い出す事だって私には出来る……」


 いざやと始まらんとする蹂躙の時。有無も言わせぬ気迫を叩き付けて、町長は拳を握り締める。


「仕方が無いでしょう? 妖怪の世界は力が全てなのですから……」


 冷たく残酷な妖力に全ての者が膝から崩れ落ちていったその時、ヨドミは覚が静かに泣きながら懇願を始めたのに気付いた。


「もう……やめようよお父さん。もういいよ」

「何を泣いている、だらしの無い。他人に心を見せるなと言って来ただろう」

「もう辛いんだ。みんなの心が視えてしまうから。みんなが本心では慕ってくれていない事が、ずっと私にはわかっていたんだ」

「それがどうした。仲間など利害関係の上でしか成り立たないものです」

「違うよお父さん。私はそれをヨドミちゃんに教えられたんだ。私もヨドミちゃんみたいに、心の底から信頼し合える仲間を作りたいんだ」

「ダマレ。お前が良くても、私が困るのだ。お前は私が出世する為の道具なのだ」

 

 息子の声も聞こえない様子の町長。竦み上がった彼らの前に、冴え渡った視線の大五郎が歩み出そうとしたその時、誰もが恐怖に動き出せないでいるこの暗黒の中を、一人平然と歩んでいく存在に驚いて足を止めていた。


「ねぇねぇおじさん」

「なんですかアナタは……子どもの癖に、私が怖くは無いのですか」

「バカっ、ヨシノリの奴! 何を能天気に……消されてしまうぞ!」


 ヨドミが驚くのも無理はない。町長でさえも自らの目前に立ちはだかったか弱い人間の姿に面食らっている様にさえ見える。


「子どもの妖怪たちの勢力争いに、大人の妖怪が入ってきちゃいけないんじゃなかったの?」

「フン……そんな事は先刻承知です。わかった上でルールを破っているのです。――何故なら私が、この町で一番偉いのだから――ッ!!」


 誰もが反応出来ぬ程の速度で繰り出されていた脅威の回し蹴りが、ヨシノリくんのおかっぱ頭に向けて情け容赦もなく繰り出されていた。――次に起こった骨の砕けるかの様な鈍い音に誰もが驚愕し、ヨドミは目を覆った指の隙間からヨシノリくんを窺った。


「ヨッ、ヨシノリーーーー!!!」


 ――しかし彼らは全員目を見張る事になる。町長も、大五郎でさえも、今巻き起こっている事態にしばしの間整理がつかなかったのだから……


「何が起きたのです……か? 私の蹴りを、一介の人間……あっ、アレ? いた……イダ!! イタダダダアアアアアア!!!!!!」


 煌々と照り輝いた霊符が町長の足を受け止め、骨を砕いていた。蒼く燃え上がる炎を自らの翡翠色の瞳と混ぜ合わせたヨシノリくんが、ヨドミの施した“団結の力”により――陰陽師としてしたのである。


「ヨドミちゃんを傷付けるつもりなら、許さないよ――」


 迸る妖力に髪を舞い上げたヨシノリくんが、あの最弱なる存在があろう事か、町長を怯えすくませていた。

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