第50話 妖怪の掟


「お、陰陽……師?!! ほ、本物っ!!?」


 先程までとは打って変わった様相の町長が、情けの無い声を出して、折れた右足を抱え込みながら倒れ込んだ。


「フザっ、ふざけるなぁ!! 私は町長だぞ! 私に楯突くと言うのならこの町を上げてお前の一族を――」

「え、どうして? 妖怪の世界は力が全てなんでしょう?」


 無邪気に笑いながら迫り来る少年に、町長がゴクリと唾を飲み込んで瞳を震わせる。


「やっ、やめろ近付くな人間!! なっ、何を考えているっ」

「どうして? 今から祓うんだから近付いてやった方が確実じゃない」

「ひっ……や、ああ! コイツほ、本気で言って……!」


 翡翠色の妖力を空へと打ち上げながら、ヨシノリくんが霊符を投げ放った――


「――――あれぇ?」

「へ――ぁ、助かっ……たのですか?」


 頭を抱え込んで丸まった町長が見たのは、投げ放たれた霊符が途端に勢いを消して、ヘロヘロ曲がって地に墜落してしまったその光景だった。


「ん? ヨドミちゃん? 僕何をしてたのー? 何にも覚えてないよ〜〜?」

「妖力が……途切れた? やはり神は私を見捨てなかった――!」


 見ると、リミットが過ぎてヨドミの“覚醒ぶ〜すと”が終わってしまっていた。それによって瞳から蒼い炎を消したヨシノリくんは、体から妖力の一切合切が抜け落ちて、ペタンと地に這いつくばる。


「フフッフフフフ――! 現われろお前たち。穏便に済ませたかったが、陰陽師まで居るのであれば仕方があるまい」


 町長が指を鳴らすと、側に控えていた五十の伏兵たちがグラウンドに走り込んで来た。どいつもこいつも町で名の知れた大人の悪党妖怪である。


「私の育てたこの兵達ならば! 町のみなず、市長の座も夢では無い! お前たちは私の夢への足掛かりなのだ――!!」


 息巻いた町長と、迫る悪党妖怪たち――そんな光景を前にしながら、立ち尽くしたヨドミは眉根を下げてしまった覚に気付く。


「こんな事になって、すまないヨドミちゃん……私のお父さんは権力に目が眩ませ、いつしか妖怪の風上にも置けない外道に成り下がってしまった」

「……」

「キミと私との勝負に水を差してしまって申し訳ない……」

「……おぬしもまた、あの父親に支配されていたのじゃな」


 申し訳なさそうに顔を上げた覚の視線が、腰に手をやり顎を上げたそんな余裕綽々としたヨドミの姿を捉えた。


「どうしてキミは……慌てていないの?」

「ん?」

「私のお父さんはあれでもこの町で一番強い妖怪だ。この町でお父さんに敵う者なんて居ない」

「案ずるなモジャモジャ。これは儂とおぬしだけの戦いじゃ。誰にも、おぬしの父親にさえも邪魔立ては出来ん……何故なら――」


 ――その場に迫りきていた五十の強者共の姿がその時……煙の様に消え去ってしまった。


 瞬きもせぬ一瞬の間に、何かに遥か彼方の空まで打ち上げられていた荒くれ者と町長たち。

 先の一撃に脳をシェイクされ、状況の整理がつかないでいた中空の彼らの前には、キラリと縁の無い眼鏡を光らせたハゲジジイが出現する――


 その場に居た誰もが観測しえ無かった状況。突如と消え去った町長たちの脅威を遥かな頭上に消し去って、ヨドミは破顔する。


「おぬしの父親が町で一番強いか知らんが、心配など無い」

「……!!」

「何故ならうちの執事は、強いのじゃからな」


 冷たい夜空に四肢を投げて踊らされる。

 手練のあやかしたちでさえもが、赤子の手をひねるかの如く容易に蹂躙される。もう視線で捉える事も出来ぬ災害の様な暴威、その脅威に空にひるがえされた町長だけが――ほんの一瞬だけ……そうまるで、泡沫うたかたの夢であったかの如く刹那にのみ――一枚の絵を記憶した。




「ヒ――――――!!!!!!」





 ――それは、であった。

 何か、誰かの、まるで全貌を観測出来ない程の超大なる拳――その爪が、自らの等身をも越えた親指の爪であったと気付くと次に……その一撃に木っ端にされてしまう事が直感できるが迫り来ている事を知った――


 そして彼は意識の繋がっていた最後の瞬間に、何者かによる声を聞いた。



「思い上がるなよ小僧。身の丈に合わぬ夢を見る前に、もっと身近に目を配れ」




 寸止めに終わった“デイダラボッチ”の打突。それを観測出来た者は、この漆黒の夜空の上には居なかった。

 シュタッと空より舞い降りて来た大五郎は、着地の衝撃もその足音さえも鳴らさず、ヨドミの背後に人知れずに立ち返っていた。


「さぁ、もう一勝負するか覚?」

「…………っ」


 もうぐうの音も無く、完膚無きまでにねじ伏せられた心持ちの彼は、膝をついて敗北を認めた。


「黒縄小学校番長は……キミだヨドミちゃん」


 百八回目の鐘が鳴り【番付決定会】はここに終了となった。


 ――それからしばらくの間妖怪たちによる大騒ぎは止まず、結局朝日を迎えるまで彼らは宴をするのであった。

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