第47話 覚醒“ぶ〜すと”


『狐組』と『さとり組』――怒号飛び交う真夜中のグラウンドにて、互いの大将首が牙を剥きあった。

 ほとんど全ての勢力をで掌握していた筈の覚は、すっかりと分裂してしまった勢力図に頭を抱えて項垂れる。


「なんでだ、一番強いのは私なのに……強い者の元にみんなが集まる筈なのに……」

「……儂もそう思っておったよ、覚」

「……お父さんに怒られる。一番じゃないとまた……お父さんに……っ!」

「お父さんお父さんって、そんなに顔色を窺う必要があるのか」

「黙れ狐……お父さんはこの町の町長なんだ。妖狐無き今、この町で一番強い……言う通りにしないとどうなるか」

「おぬし、まさか……」

「黙れ、全ては一つに帰結する。――妖怪の世界は力こそが全て……! お前をねじ伏せれば全て解決するんだ!」


 凄まじい気迫を纏って妖力を打ち上げた覚……ヨドミに向かってその一つ目を血走らせた彼が、音を立てて拳を握り込むのが見えた。

 ――他のあやかしたちが怖気付く程の妖力を前に、ヨドミは蒼い炎の瞳を上げて、自らの周囲に蒼い炎の無数を纏い始めていった。


「わかりやすくてそれが良いわい! ――“狐火”!!」


 目にも止まらぬ速度の豪炎を解き放ったヨドミ。しかしその炎の軌道があらかじめ分かっていたかの様に、覚は一歩その場で半身になるだけで鼻先スレスレにそれをやり過ごしていた。後方で上がった爆炎に『覚組』のあやかしたちが打ち上げられていったのが見える。


「やはり、儂が何をしようとしているか、何処を狙って攻撃を仕掛けているのかも……ならばこれならどうじゃ!」


 眉根をしかめ、堪らず周囲の狐火を一斉射撃したヨドミ。遥か高くまで上がった爆炎に、なんの景色さえも見えなくなって腕で視界を覆う。


「――そう、そしてお前の心の声も、私には手に取るように視えている」


 なんと大地を抉ったあの過激な爆撃を前に、覚は擦り傷の一つも負ってはいなかった。半ば意識を途絶させたかのようなヨドミによる乱射撃でさえも、覚は僅かな意志を読み取って全てをいなしてしまったのだ。


「なぁモジャモジャ――そこで提案があるのじゃが、儂とのタイマンなんぞに応じる気はないか?」


 言いながら、虚を突く様に詰め寄っていったヨドミ。しかし覚は疾風迅雷と迫り来た彼女に目もくれず、その剛脚で狐を蹴り飛ばしていた――


「何か企んでいる狐の話しには乗らない」


 ――ボフンと油揚げに戻っていったヨドミの分身より視線を下げると、そこには数百と立ち並んだ狐の群れが待ち構えていた。


「“油揚げ变化の術”……これならばどれが本物の儂か見分けがつくまい」


 ――睨み合った両者。次の瞬間にはヨドミの大分身が四方八方と一斉に覚へと飛び掛かった。


「数こそが力じゃと言ったな! ならばこれならどうじゃ!」

「質の悪い数は邪魔なだけだ」


 飛び掛かって来た狐を人並み外れた身体能力で蹴散らしていく覚。縦横無尽と動き回りながらも、その視線が分身の中に紛れた本物に差し向き続けている事に気付いてヨドミの肝が冷えた。


「“心眼”――猿の拳――!」

「ううゲゲゲっ待て待て待て――ッッ!!」


 分身体を蹴り飛ばされ、周囲に油揚げの散乱していくその光景の中で、強く迷いも無く踏み込んできた覚の腕が、先程の三倍ほどに膨れ上がった。合間を縫って本体へと迫り来た拳が、ヨドミの腹を突き上げたその瞬間、周囲に蠢いていた分身体が一気に油揚げへと戻ってしまった。


「お嬢様……今こそが勝負時、妖怪としての真価を問われる、その瞬間です」


 高くに打ち上げられたヨドミの本体を見上げて大五郎は囁いていた。凄まじい衝撃の打突に一瞬気を飛ばしかけたヨドミであったが、なんとか現実へと立ち返って来た。そんな彼女を案じる声がほうほうから上がる。


「姉さん!!」

「何してんねんッパァ!!」

「負けたらぶっ殺すって枕返しが言ってるシャカ!」

「お!」

「ヨドミちゃーーん!!」

「安寧の時より引き剥がされた迷い人!」

(大丈夫?)


 気を取り直したヨドミを頭上にしながら、覚は悠然とそれを待ち受けるようにしながら口を開く。


「まだ分からないのか? 私の目には全てが視えている。お前が何を考えているのか、どのような動作で動き出そうとしているのか。意識しようとせずとも、頭は無意識に物語っている……つまり私に勝てる道理など、どんなあやかしにもありはしない」


 深く腰を落として今度はその脚を膨れ上がらせていった覚。禍々しいまでのその妖力が、次の一撃で血根の息の根を止めると物語っているかの様だ。


「“心眼”――猿の脚……」


 半覚醒の中で血を吐きながら、ヨドミは半開きになった目で眼下の覚を見下ろしていった。

 ――そこに待ち受ける絶望を前に、ヨドミはいつか大五郎に語られた言葉を思い返す。


『人の心が垣間見える様になった所で、どうしようもない事もあるのですよ、お嬢様』


「わかったぞ……あの頃の爺が言おうとしていたその言葉の意味が、今の儂には」


 風切り音のするその耳に流れ込むは、ヨドミを案ずる仲間たちの声。あの頃一人だったヨドミの事を、今やこのグラウンドに集う半数以上の者が支持している。カッと蒼き炎の目を見開いたヨドミが、懐より最後の油揚げを取り出した。


「“覚醒……”じゃ……」

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