第46話 本当の友達


「自分たちがこれからどういう目に合うのか、お前たちはわかっていないようだ」


 怒り心頭の覚の背後には、『百目鬼組』を優に包囲するだけの勢力が並ぶ。屈強なるあやかしがヨドミが变化させた油揚げの陰陽師たちをポフポフと消し去ってしまった。


「妖怪の世界は力が全て……数こそが力であると、お父さんは言っていた」


 全校生徒の内の七割の勢力を従えた覚が、朝礼台より飛び降りてヨドミと百目鬼へと睨みを効かせる。


「いくぞ……捻り潰してやる」


 もう何度目かの除夜の鐘が鳴り響いたその時。咆哮を上げて『覚組』がヨドミたちへと飛び掛かろうとすると、くるりとその場から立ち退いていってしまった者たちの存在に覚は気付く。


「どうした――?! もうお前たちの恐れた陰陽師の正体は見破ったぞ、どうして隊列から外れる!」


 集団に対しては機能しない覚の読心術。そうして『覚組』の集団より抜け出してきたのは『六年い組』の面々であったと気付く。彼らを代表しておっかなびっくりと話し始めたそろばん小僧だった。


「悪いけど僕らは抜けさせて貰うね。僕らも気付いたんだ。ヨドミちゃんと一緒に居た方が、今よりもずっと楽しかったって」

「馬鹿な、お前らもこの数の暴力にねじ伏せられたいというのか! あと少しの間黙って見過ごしさえすれば、お前たちにも約束された栄光の未来があったというのに、何故――!」


 ぞろぞろとヨドミの元へと歩み出していったあやかしたち。誤魔化すようににへらと笑う彼らのケツをヨドミはしばいた――……が、それで全てを不問にした様子で、彼女は腕を組みながら長い鼻息を吐くだけだった。


「うぃ〜、悪かったわん、ヨドミ〜」

「ヨドミ〜〜僕たちを許してくれたんだね〜、嬉しいよ〜〜」

「ボエ〜〜!!」

「ヨドミちゃん、改めてよろしく頼むニャン」

「悪い子はいねがーー!!」

「泣く子はいねがーー!!」


 ヨドミの元へと集い始めた彼らの行動原理が理解出来ずに、覚は頭を抱え込み始めていた。


「なんで……どうして? 何が起こっている? 心を読んでも分からない、理解が出来ないんだ。彼らはどうしてこんなにも不利益な選択をする?」


 ――されど、未だ勢力は七対三で『覚組』が圧倒している。顔を覆った掌のその指の隙間から視線を前方へと投じた覚は、悩ましい頭を奮って一歩踏み出し始める。


「俺たち無所属組も、抜けさせて貰うぜ? ……それよか俺のケツ舐めろよ、ん?」

「頑張れ〜〜、頑張れ」


 柿男が尻を弄り、頑張り入道がホトトギスを空へと飛ばした。それに続いたのは数多のたちを引き連れた尻目とオクリ犬である。


「俺たちだって妖怪の端くれだシリ。何処かの組に属した方が身の振り方も簡単だってわかっていたけど、それでも誇りを持って無所属やってたんだシリ。だからどうせ下に付くなら、直接俺たちを打ち破った姉御の方がいいシリ。ケツパッカ〜」

「それが俺たちあやかしの重んじる“義”だろう?」


『覚組』より離脱していってしまった二割の軍勢……そんな彼らを唖然と見ながら、放心した覚は頭を掻きむしる。


「何故だ……」


 気付けばすっかり半々になった勢力図に愕然としながら、彼はその一つ目で恨みがましくヨドミを見つめた――


「……この学校の番長は私だ、強い者の元に誰もが集まる筈……それなのに」


 覚は他者の心が見えるからこそ、自らに真の友達がいないことをわかっていた。

 ――だからこそ、温かい友情に包まれたヨドミを見て、彼は激憤したのだ――


「どうして僕に無い物を、お前が持っている!!」


 轟いた咆哮を合図に、互いの勢力が激しくぶつかり合う。

 幾度と鳴った除夜の鐘。大晦日の夜の校舎に、映し出されるあやかしの影。

 グラウンドの中心で、ごうごうと滾る炎。バチバチと弾ける火花はその向こう――暗黒の最中で起こっていた。


「ヨドミ――ッッ!!」

「ようやっと対面出来たのう、モジャモジャ!!」


 そこらの妖怪を蹴散らしながら、覚は手っ取り早く大将首を取りに来た様である。必見すべきはその気迫。凄まじいその暴力に誰もが怖気付き、彼の前では尻込みをする。

 妖怪もつれる戦乱の中で、ヨドミは炎の様なあやかしと対峙する。


「かかってこい親の七光りめ」


 懐から取り出した爺特製の油揚げを頬張り、ヨドミの尾が三本となって瞳に蒼の炎を灯す――


「七光は私のセリフだ狐!!」


 今黒縄小学校番長の座を掛けて、最後の闘争が巻き起こる――!

 

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