第45話 それじゃあ面白くないじゃろうが!


 学校中の生徒が敵勢力に加わったからと、別の小学校から陰陽師たちを百人も引き連れて来るというズルっこをかましたヨドミ。

 目を剥いたさとりはことの真相に気付いている様子だったが、周囲の妖怪たちからしたらそんなことはわかりようがない。


「そ、そそ!! そんなの無しだろ、反則だ!」

「はぁ〜〜? 大人妖怪が子ども妖怪の喧嘩に口を挟むのはご法度じゃが、他校からの助勢を仰ぐのは別段問題ないじゃろ」

「エグい事しよるなヨドミの奴……そんなんほぼ黒色のグレーやないかッパ」


 狂乱となった大晦日のグラウンド。真夜中の怪異大混雑……

 眉を吊り上げ始めた覚は、朝礼台の上から周囲の妖怪たちへと声を上げる。


「騙されるなお前たち! 奴らの心が見えていない。つまりそれは、そこに見えている陰陽師たちが奴の变化の術で化けた狐揚げであるということだ!」

「で、でも覚くん……万が一にでもここに本物の陰陽師が紛れていたらオラたち……っ」


 余程陰陽師を恐れているらしいあやかしたちは、覚の話しを聞いても未だ騒乱としている。そんな彼らの恐怖を逆撫でするかのように、豆狸は自らのきん○まを風呂敷の様に広げて空を埋め尽くした――


「一人も逃さへんで〜っ! ほ〜らもうお終いや!」


 ポンの陰嚢は巨大な鉄柵となってグラウンドを包囲し、そこに囚われた形の妖怪たちは視覚的な恐れをなした。


「くそッ! こんなくだらない奇策で、この人数差をどうにか出来るとでも思っているのか!」


 始めて目の当たりにした百目鬼の狼狽するその姿に、百目鬼は口元を隠してクスリと笑った。

 共に朝礼台に上がった彼の心の内を垣間見て、覚は肩を怒らせながら振り返っていた。


「おいお前――!」


 ――動乱の中、悠々と歩み出して来たヨドミは、狐揚げを变化させて生み出した見せ掛けの陰陽師集団を率いながら朝礼台の前に立つ。


「おい……百目鬼!」


 ヨドミに呼ばれた百目鬼は下唇を噛んだ。それも当然、彼は先日ヨドミとの義を破り、『覚組』の為に彼女を陥れたのだ。心の底ではその行為を悔やみもしたが、覚という恐怖の象徴の前で彼は、自らの意志でその指示に従ったのである。


「……ヨドミちゃん……ごめん」


 恐怖に怯え、友との義までも蔑ろにした情けの無い自分は、そろそろお灸を据えられるべきであると百目鬼自身でさえもそう思った。故に彼は次に狐の口から放たれて来る罵詈雑言の全てを黙って聞き入れ、許されなくとも心の底より懺悔しようとそう準備していたのである。

 ギュッと全身の目を瞑り、心を許したいと感じた大切な友からの悪態を百目鬼は待っていた――


「……で、約束通り無所属妖怪は全部狩り尽くしたぞ、さっさと『狐組』に入らんかボケ!!!」

「え――……」

「なんだ……っ、お前たち、一体何を考えている!!」


 ヨドミの声がその場に響き渡って、それを聞いていた『百目鬼組』のあやかしたちは一斉に俯いていた顔を上げた。『六年い組』の面々や無所属妖怪たちも固唾を飲んでその光景を見守っている。


「ヨドミちゃん……怒って、無いの?」


 そっと瞼を上げた百目鬼に、ヨドミは苛烈に怒り狂った。


「怒っとるに決まっとろうが目玉!!!」

「ぅ……」

「それでも儂はおぬしらとおると面白いんじゃ。おぬしとなら面白い事が出来そうなんじゃ、だから貴様が裏切り者でも、こうして手を差し伸べとる」

「……面白い、ことって?」


 ヨドミの放った豪胆なる一言に、周囲のどよめきが伝播していくのを感じた。


「恐怖で頭から抑え付けられながら勝ち馬に乗るより、自らたちで作り上げた組で伝説を作り上げる方が、心地が良いとは思わんか」


 胸に拳を当てた百目鬼へと、その一つ目を充血さえた覚が振り返っていった。


「わかっているよな百目鬼、どちらに従うべきか……それにお前の『百目鬼組』が加担した所で、こちらの勢力は全校生徒の内の七割」

「…………っ」

「結果は明白な筈だ。その荒波だった心はなんだ? それとも……死ぬよりも恐ろしい目にあわせてやろうか?」


 解き放たれてきた暴力的な妖力に気圧されながら、百目鬼は頭上に恐ろしい圧力を感じてブルブルと震える。さらには覚の語る言葉の意味も彼はよく理解していて、そんな謀反の後に起こる結末と、至る悲惨なまでの自らたち――『百目鬼組』の組員たちの展望にも容易に予想が付いていた。

 ――されど百目鬼はその朝礼台よりを見渡していた。組のかしらとして独断でのリスクは背負えない。大切な家族の為にもそうすべきではない……そういったしがらみと、頭上に瞬く暴圧的な恐怖にがんじ絡めになりながらも、彼は皆の意見を仰ぐかの様に、解答の明白な筈のこの分かれ道に、意見を求めていた――


「お前たち……良いのか……本当に、僕の好きにして?」


 百目鬼がそこに見るは、という、家族たちの視線であった。


「酷い目に遭うかもしれないんだぞ? 俺も、お前たちも……それでもっ?」

「馬鹿な、百目鬼! お前は自分がどんなに愚かしい決断をしようとしているのか分かっているのか!!」


 その時、百目鬼の心にヨドミの声が思い起こされる――


『強い弱いに関係無く。好いとる者と共にあるという選択肢も……あるのかもしれん。だってその方が面白いじゃろう?』


 燃えるように怒りだしてその剛腕を振り上げていった覚へと、百目鬼はポーズを決めた――


「定められた道筋……されど新たなる黙示録はこのハートに。ノアの方舟は自分で創造する。僕らはその船に乗ってエデンへ向かう――!」


 周囲の者にはやはり、調子を取り戻した百目鬼の言葉の意味は不明だった。だが他者の心を読み解く事が出来る覚だけは、彼の言葉の意味を理解して額に青筋を立てて激昂した――

 真っ直ぐと百目鬼二向かって振り下ろされていく鉄拳。息を呑んだ周囲のあやかしたち――


 ――だがその拳は、空を飛んで来た狐揚げに阻まれているのだった。


 そうして目をひん剥いた覚の耳に、突如としてが知覚される。


「ふむふむ、彼はこう言った様ですね……」


 ……その場にはもう一人だけ、百目鬼の声を汲み取れる者がいた――闇より浮き上がった大五郎は百目鬼の声を通訳する。


「腐れ外道の小物妖怪が、僕ら『狐組』が貴様を潰す――と」

「なんだこの老人は……何処から現れた?! 心が全く読めな――」


 何か吹っ切れた様な破顔をしながら、百目鬼は朝礼台を飛び降り『百目鬼組』を引き連れヨドミの元に歩み出した。


「自分が何をしたのか……理解しているのか百目鬼!!」


 怒り狂った覚の声に、百目鬼は首だけを振り返らせてこう返答するのであった。


「下級妖怪がより上の者へと異議申し立てをする……」

「は……??」

「“”がこの【番付決定会】では許されている。だから文句は無いだろう?」

「ぐき…………き……!!」

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