第44話 目には目を歯には歯を、汚い手には汚い手を


 ――“待った”を放ったヨドミの声に、その場に居合わせたあやかしたちは全員飛び上がった。

 何故ならこの【番付決定会】において許されている“待った”――つまるところが下剋上は、過去三百年置いて達成された事が無いのである。

 力が全ての妖怪の世界だからこそ許された特権。だがしかし、そのリスクもまた計り知れず、“待った”をかけて敗れたあやかしは、一生“落伍者”の烙印を押されて生きる事になるのだ。

 これぞまさに背水の陣――されど敵陣約六百対『狐組』たったの六名では、結果は火を見るよりも明らか……されども“待った”の申し出を堂々言い放ったヨドミの奇策とはいかに。


「たった六人で私の『覚組』をどうするつもりなの?」


 静かな口調でありながらも、さとりは小鼻をピクつかせながらヨドミたちを朝礼台から見下していった。グラウンドを埋め尽くす妖怪たちにすぐにと包囲された『狐組』。もはや黒縄小学校の全ての生徒が彼の傘下にあるのである。


「くっくっく……心が読めると言うのなら、儂が考えておる事ももう知れているだろうが」


 不敵な笑みのヨドミに全ての妖怪たちは肝を冷やす。そうしてグラウンドの中心よりゆらめく炎に照らされたヨドミが、ヨシノリくんのケツを叩いて矢面に立たせる。


「おぬしら、これまで散々ヨシノリの事を虐めて来たよな……」


 およそほとんどの生徒たちに心覚えのある問い掛けに、周囲は騒然と顔を見合わせていく。彼らが目にするは、いつもの通りにひ弱な一人の“人間”の姿。


「実はヨシノリには秘めた事実があってだな……この男は本当は、由緒正しき陰陽師の末裔であったのじゃ!」


 ――その場に起こったどよめきに、大きな火が揺れて風に荒ぶった。


「あの人間が……陰陽師だって?!!」

「たっ、大変だ! 俺はこの前あの人間にすれ違い様にカンチョーしちまったんだ……っ」

「お前、そんな事をしたのかっ、チリも残さず祓われるかも知れないんだぞっ!」

「恐ろしい、恐ろしいっ!」


 あやかしの深層心理に刻まれた陰陽師に対する畏怖は相当なるもので、簡単なホラの一つでザワワと統制が乱れ始めだ。だがしかし、それを鼻で笑った覚の側近“天狗”が、葉っぱで出来たうちわを振って突風を巻き起こしながら言い放った。


「そんな証拠が何処にあるのだ! そこに居る非力な人間からは何の妖力も感じないぞ。つまり陰陽師という話しは全て嘘という事になろう!」


 天狗の話しにウンウン頷いた彼ら。覚は馬鹿らしそうに首を振ってヨドミの言葉を待つ様にしている。


「何をいうのか! ほれ見よ!」

「ええっ、ヨドミちゃん本当にやるの〜? やっぱり僕恥ずかしいよ〜」

「……良いからやるのじゃ! ほれハッタリでも何でも良いのじゃ。こいつら全員馬鹿だから、それっぽい物を見せれば信じるじゃろう」


 ヨドミに急かされ前に出てきたヨシノリくんに皆が注目する……がしかし、顔を赤くした彼はまたヨドミの元に戻って来た。


「出来ないよ〜〜」

「馬鹿っ! 早くやるのじゃ!」


 ヨドミとヨシノリくんが取っ組み合い始めたのを見た妖怪たちは、これほど臆病な人間が、泣く子も黙る陰陽師である筈が無いとたかを括った。


「やっやばいで、何してるんやオカッパくん、練習通りにやるんや」

「こうなる予感がしてたシャカ……」


『覚組』のあやかしたちがヨドミたちを袋叩きにしようとしたその時――ヨシノリくんの懐から妙に精巧な五芒星の描かれたがポトリと落ちた。


「あっあれは、陰陽師が使うとされるズラ!!」

「間違いがねぇ、その札から迸る妖力……ヨシノリの奴、本当に陰陽師だったのかよ!」

「ひっ、ひええええ……陰陽師なんて空想の化け物じゃねえのかヒョイ!!?」

「じゃっ、じゃあなんでヨシノリは今まで俺たちに良いように虐められて来たんだ??」


 彼らが怯え始めたのを見計らって、ヨドミは俯き加減に重厚な声で言った。


「ヨシノリはな……おぬしらへの恨み辛みによって、つい先刻陰陽師として覚醒したのじゃ!」

「なんだってー!! じゃあ今までアイツを虐めて来た俺たちの事を……っ」

「そうじゃ!! 服従せぬ者全員灰燼かいじんに変えると言っておる!」

「そ、ソンナーー!! ヒャああああ!!」


 恐々としている彼らをいつまでもポカンと見つめているヨシノリくんのケツを、ヨドミは密かにつねって耳打ちする。


「(今じゃーーヨシノリ、今しかないのじゃー!!)」

「ああ……もぅおお〜〜っ」


 仕方が無いと霊符を拾い上げたヨシノリくんが、胸の前で五芒星を切りながらブツブツブツブツと真言を唱え出したのを聞いてあやかしたちは大パニックに陥り出した。


「おんさばらドーマンセーマン、ぎゃーていぎゃーてい……」

「ヒギャアア!! マジでチリも残さず消す気なんだ」

「祓われるぞ! 逃げろーー!!」

「わーっはっはっは! 愉快爽快なのじゃ!」

「めつぅぅ――――っっ!!」


 前方に向けて霊符を向けたヨシノリくん。札より解き放たれた光線が一メートル程射出し……

 ……よれよれと曲がって地に墜落した。河童の嘆息が静まり返ったその場に響く。


「何だぁあ?!! あっははは、こいつ陰陽師な事は確かだが、めちゃくちゃ弱いぞー!」

「やっちまえーー!!」


 その時――ヨドミの心に何を見たのか、覚は身を乗り出していた。迫り来る悪鬼たちの牙を前に、狐は意地悪そうに笑って見せていた。


「おいさとり……おぬし、随分汚い手を使って儂をはめてくれたよなぁ……じゃから儂も儂で、汚い手を使っておぬしを潰してくれるわ」

「……正気か……そんな馬鹿げた策略をっ」


 黒縄小学校のグラウンドに押し寄せて来たのは、狩衣かりぎぬを身に纏った、百ともなるであった――。顎が外れるのではないかという程に口をかっ開いた妖怪たちに、ヨドミは顎を上げて言うのだ。


「学校中の者がおぬしに籠絡ろうらくされたのであれば、隣町の小学校から屈強な兵を連れて来るだけじゃ!」

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