第43話 【番付決定会】


   *


 時は大晦日――十二月三十一日の真夜中。

 場所は黒縄小学校のグラウンドにて、全校生徒が炎を囲んで集っている。


「今日この日をもって僕らの番付は確定する。お父さんに言われた通りに、この権力は揺るがぬものになる」


 炎に照らされながら、覚は無感情な目で虚空を見つめた。するとその背後より応える声がある。


「この日を過ぎ去りさえすれば、キミは誰の異議申し立ても相手にする義理は無くなる。この【番付決定会】を持って、黒縄小学校の勢力図は確定したといっても過言ではない」


 朝礼台に上がったさとりの背後に控えていたのは百目鬼どうめきだった。

 ごぅんと除夜の鐘を鳴らした赤ら顔の鬼――“朱の盆”。煩悩を消していくその音が町に百八回鳴り響くまでが、今宵の【番付決定会】のリミットなのである。


「あと何回だっけ?」

「あと四十二回」


 残り打ち鳴らされる四十二回の除夜の鐘。その後に全ての争いに決着が付くのだ。黒縄小学校番長の座に固執したさとりは、番付確定後にはもう誰からのタイマンの申し立ても、どんなリスクさえも起こさずに卒業するだろう。

 全ては――彼の言うの為に。

 冷たい夜風に身を縮こませたまま、覚は亀裂が走ったかの様に口角を上げる。黒縄小学校の生徒の九割九分は、今や『覚組』の息の掛かった者である。彼がこれ程に過剰な状況を作り上げたのは、大番狂わせが認められているこの【番付決定会】にて、万が一にもをさせない為であった。


「覚くん……」 


 だがその時、百の目を持つ鬼の視界に、ある筈の無いが映った――


「来るよ……『』が」

「なんだと……?」


 無機質な一つ目を瞬く事を忘れながら、覚は全身の毛を逆立たせた。慎重に過ぎる性分の彼にとって、潰しきった筈の不測の発生がどれ程のストレスであるかは想像もつかない。


「潰した筈だよ……狐組の残党は残り六人だけの筈だ……違うか百目鬼?」

「いいや、六人だよ。彼女はたった六人を引き連れて、数百とひしめくこの本丸に突っ込んで来ている」

「……っ」


 冷たい視線が百目鬼へと差し向くと、その物々しい雰囲気に察しを付けて、周囲で騒いでいたあやかしたちも黙り込んだ。


? ……百目鬼」


 自分でも思いもよらぬ事を言われたかの様に、百目鬼は眉根を落として足元を見下ろした。


「私よりも……『狐組』に期待しているかの様だな?」

「……」


 自分自身では意識の底に隠し切っていた筈の僅かな心の揺らぎさえも覚は全て見通している。覚は苛立たしそうに視線を外し、周囲のあやかしたちを見渡していくと、『六年い組』の面々を視界に捉えて小鼻に深いシワを刻み込んでいった。


「チッ……お前たち全員、後でお仕置きだ」


 彼らの心に何を見たのか、覚は酷く憤った様相で、先日『狐組』より寝返らせたヨドミのクラスメイトたちへと告げていた。


「きっ、清姫ちゃん、私こわいよ〜」

「あの男、舐めやがって〜〜、大丈夫、コロポックルには指一本触れさせないからね〜」

「うおーー……こんな事なら俺たちもあの時ヨドミと一緒に」

「いっ、今更そんな事言うなわん火車! ……後の祭りだわん」

「豆腐食うかみんな……?」

「泣く子はいねが……」

「なんだか〜、ヨドミと一緒に遊んでた頃の方が楽しかったよ〜ぼく〜」


 最後に塗り壁がそう囁くと、皆は頭を抱えて俯いた。

 ……やがてグラウンドの向こう。覚の見据える闇の先より、やたらと賑やかしい集団が歩み込んで来るのが見えた。


「やいやいやいやい!! 久しぶりじゃのう、儂を裏切ってくれた百目鬼にカスクラスメイト共!!!」

「どけどけどっっけぇえ!! 『狐組』のお通りだッパ!!」


 枕返しがピッピッピッと笛を吹く音に合わせて行進し、小豆洗いが桶から桜吹雪をばら撒いている。河童は周囲のあやかしに向けて睨みを効かせてイキりまくり、豆狸はきん○ま太鼓をドンドン鳴らせて、ヨシノリくんは小躍りしながら『狐組』の旗を振っていた。


「ヨドミさんだチク……でもどうして?」

「ぼえ〜!」

「河童たちもいるニャン! それにヨシノリも、一体何をどうする気なんだニャン?!」

「おいおい、まさかヨドミたち……この戦力差を前にしながら、覚に“待った”をかけるつもりじゃあねぇよな……なぁ一反木綿?」

「いくらヨドミたちが馬鹿だからって、それはねぇよ油すまし」


 先日あれだけ見事な負けっぷりを町中に披露しておきながら、随分面の皮が厚い連中である。

 だがしかし、唖然としながらも何処か羨望の目でヨドミたちを見送っていく『六年い組』と『百目鬼組』のあやかしたち。その中には先日ヨドミに狩り尽くされた無所属の者たちも含まれている事に気付く。


「何をしに来た……『狐組』」


 覚は忌々しそうにしながら、あえてヨドミにそう問い掛けた。たった六人でお祭り騒ぎの旋風を巻き起こそうとしていた彼女ら六名だったが、怒涛の兵力に睨みを効かされると、ひりつくプレッシャーに賑やかすのをやめた。


「何をしに来たじゃと……?」


 話し出す事さえも躊躇われる圧倒的なアウェイ。絶望的な数の敵の兵隊に取り囲まれながらも、妖狐は大胆不敵に一本指を天へと向けた。


「その番付……“待った”じゃ覚!!」

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