五章 “ね〜ばぎ〜ばあっぷ”

第39話 ハンギャクの狼煙じゃて


   *


 翌朝、『修羅町』の妖怪たちは目撃する事となった。踏み荒らされた広場に巨大な杭が六本打ち込まれ、そこからミノムシの様に巻きにされて吊り下げられた五名のあやかしがある事を。

 ズタボロの彼らを見せ物にするかの様に、ヨドミ、ヨシノリくん、ポン、河童、小豆洗い、枕返しの六名は、竹垣の広場に寒風の中ブラブラと揺れ続けていたのだった。そこに残された者以外は全員、『覚組』へと寝返ってしまったのである。


 ――破竹の勢いであった『狐組』が無様に敗北したという知らせは、瞬く間に町中に知れ渡っていく。


   *


「もう駄目じゃ」

「卒業も近いのに、いつまで経ってもうだうだと……泣き言は聞き飽きましたよお嬢様」


 あの悲劇より数週間が経過して、白雪家の門の向こう、巨大な屋敷の一室で、ヨドミは布団を頭から被って嘆いていた。


「無様に敗北し、その姿を朝まで晒された……」

「つまりは名を地に落とされたと。名声が妖力に直結する魔界でそれは致命的ですね」

「今の儂の事をもう誰も恐れたりはせん、指を差して笑い者にするだけじゃ。こうなってはもう番長は愚か、妖狐としても返り咲けん」


 駄目じゃ〜。儂は騙されたのじゃ〜、百目鬼どうめきめ〜、さとりめ〜、クラスの奴らも裏切りおって〜……そんな恨みつらみを布団の中より垂れ流しているヨドミに嘆息した大五郎は、ヨドミの包まった掛け布団を引っぺがした。


「なっ、何をするこのハゲー! 日陰者の儂は闇に包まれて生きていなくてはならないのじゃー!」

「何を卑屈になっているのですか。お嬢様は元よりよわよわロリガキだったでは無いですか。それを一度負けた位でへこたれないで下さい」


 パンツとTシャツだけのあられもない尻がそこに現れると、大五郎は突き出されたケツをピシャんと打った。


「儂の“でりけ〜と”なケツに触れるなー!! 出ていけ大五郎ー! 儂は一人なのじゃ、これまでもこれからもどうせずっと一人なのじゃー!」

「……」

「妖狐の尾が生えて、力を得て、仲間が出来たと調子に乗って……所詮どれもが泡沫の夢であった、『狐組』は解体されたのじゃ!」

「お嬢様、悲観するばかりで大事な事を見落としていませんか」


 涙ながらに振り返ったヨドミに、大五郎は眼鏡をクイと直して告げていった。


「お嬢様は一人じゃないじゃないですか」

「はぁ?」

「覚えておいででしょう。お嬢様と共にす巻きにされたを」

「お友達……? 違う、奴らは――」

「いいえ、あの場に残された五名の者は、体の芯より覚に恐怖を刻み込まれても、あちらへ寝返らなかった数少ない有志です」


 ヨドミの脳裏に思い浮かぶは、あの日凍える様に寒い思いを共にした、ヨシノリくん、豆狸、河童、小豆洗い、枕返しの五名の姿……


「ち、違う。奴らはそもそも『狐組』の一員では無い。ポンもあの裏切り行為によってクビにしたつもりじゃった……つまりあの場に残った者はただ儂と同じくして責め苦を味わっただけの――」

「妖怪の世界は力が全て。力でねじ伏せればあやかしたちは付き従う――」

「そうじゃ、所詮この世は力が全てなのじゃ」


 やるせなさそうにヨドミは肩を落としていったが、次に放たれて来た大五郎の言葉に、耳をピョコリと立てていた。

 

「――、それは相手への尊敬と畏敬の念があればこそ……」

「なに……?」

「それは恐怖で抑え付ける『覚組』のとはまるで意味を違えます。だからこそあの場に残された五名の者は、今後の学園生活や未来の展望が酷く窮屈になるとわかっていながらも、覚側へは寝返らなかったのです」

「……なんでそんな事、アイツら」

「お嬢様、それが、それこそが――です」


 あやかしにとって何よりも大切な物を説いた大五郎へと、ヨドミは輝きを取り戻し掛けた瞳を向ける。


「真なる友との結託に、可能性の果てなどありません。お嬢様……『狐組』はまだ終わってなどいないのです」

「儂の『狐組』は……まだ!」

「そうです! お招きしておきました。お入りください」


 眉を上げたヨドミは驚く間も、脱ぎ捨てたズボンを履く余裕さえもないままに、大五郎によって開け放たれた扉の向こうに立ち尽くした五人の姿を見た――


――ヨシノリくん、豆狸、『無意味三人衆』の五名です」

「わっ!! ワワワ!! ヨドミちゃっ……パンツ――」

「パァァァ!! この痴女がぁあ、そんなもんを見せ付ける為にワイらをここに呼んだんかアホンダラぁぁ!!」

「ジャラァァア!!」

「……ん……」

「姉さんはようズボン履きなはれや! 大五郎はんも、今わかってて開けたんとちゃいまっか?!」


 白雪家の敷居をくぐった五人――ヨドミを合わせた傷だらけの六人の有志が、今ここに信念を共にする。


「今こそ“ね〜ばぎ〜ぶあっぷ”ですね、お嬢様」

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