第38話 支配


 その場に現れた黒縄小学校最強のあやかしを視認し、百目鬼は棒でも飲んだかの様に背すじを立てて押し固まった。


「覚くん……違うんだ、僕はただ――」

「あー……話さなくていいよ、全部から」

「……っ!」


 釈明を始めようとした百目鬼を制した覚は、無機質なその一つ目で百目鬼を足元から見上げていった。戦々恐々とした百目鬼は形無しになって冷や汗を垂らすばかりである。


「覚くん! 聞いて欲しいがや、百目鬼の奴が乱心しやがって、この俺の部下たちをこんな――」

「黙れ土蜘蛛……語らずとも全て通じている」


 口を塞いだ土蜘蛛に歩み寄っていった覚……なにを考えているのか分かりもしない、まん丸に剥かれたその瞳は、唐突にその瞳孔を引き絞った――


「弱い上に無様を晒したお前の様なあやかしはいらないよ」

「グッゅ――ギヤアァアア!! イデェイデェイデェヨ覚りぐんっ!!」

「お父さんにまた怒られちゃうだろう」


 土蜘蛛の頭を思い切り踏み潰した覚に、周囲の者はハッと息を呑むしか無かった。


「ヤメデクレエエエ!!」

「百目鬼の選択は正しかった……」


 痩せ細った体の何処にそんな力があったのか、土蜘蛛の巨体は覚に高く蹴り上げられて、竹藪の中へと消えていってしまった。

 同士討ちを始めた光景に誰もが困惑していると、覚は無感情な目で百目鬼へと振り返って言うのだった。


「……だけど、お前の思惑は本当にそれだけだったのかな?」

「う……っ」


 冷酷なるその気迫に、全身を強く強張らせた百目鬼。その一つ目に捉えられ、心を読み解かれていく居心地の悪さに吐息が荒くなっていく。


「なにか隠しているのか……? 心にモヤが掛かった部分が見える」

「く……」

「それはお前が意図的に包み隠そうとしているだ。怪しい、何故隠す必要がある、どおして??」


 舐め回すかの様に見上げながら百目鬼の周囲を回り続ける覚。そんな不可解なる光景を目前にして、ヨドミは眉を歪めた。


「なにを言っとるのだアイツは……まさか、大五郎と同じようにとでも言うのか?」


 ヨドミの問いに、後ろ手にしたまま直立した大五郎が答えていく。


「“覚”とは人の心を読み透かすあやかしです。読心術に置いては爺よりも奴の専売特許と言わざるを得ません」

「爺より的確に心を読むと!? ……そんな妖怪に勝ち目など無かろうが! 何をしようとしとるのかも、企みも全て見透かされては、こちらは何も出来んでは無いか!」

「……ですので百目鬼も、彼の言いなりになるしか無かったのでは無いですか?」


 ひとしきり百目鬼を観察した覚は、んーと唸って顔を上げていった。


「まぁいいか……後でじっくり観察すれば」


 心を読み透かされる恐怖に慄いた百目鬼が、地に手を着いて呼吸を繰り返した。彼のその様からも、覚の与える精神的苦痛が相当なものであった事が窺い知れる。


「それより――」


 その恐ろしい視線が次に差し向いて来ると、その場に居た『狐組』の全員は肝を冷やす他が無かった。


「跳ねっ返りは潰さなくちゃあ……ねぇどうする? 今からでも私に忠誠を誓う者があれば救ってあげるけど」


 この場に『覚組』の勢力が地を揺らして差し迫っている事を悟り、『狐組』は全員膝から崩れ落ちていた。

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