第37話 黒縄小学校“番長”の恐ろしき謀略


「あ? 百目鬼が覚を……じゃと??」

「……」

「なにを黙っておる、それはどういう事なのか説明せんか目玉キザ!」


 ヨドミに肩を揺すられながらも黙秘を続ける百目鬼。屈んで俯いた顔を下から見上げていくと、そこには彼の緊迫しきった表情があった。


「なん……じゃ? なにを言っとる……おぬしほどのあやかしが、何を青褪めて震える事があるのだ!」

「怖いんだよなぁ百目鬼……覚くんを裏切る事が? ぐっふっふ。その気持ちにだけは共感したるわ……覚くんは俺よりもずっと狡猾こうかつで、無慈悲で、冷酷な……どえりゃあ恐ろしい妖怪だからなぁ」


 土蜘蛛の語ったその名を聞いた途端、百目鬼の肩がビクリと跳ねて震え始めたのにヨドミは気付いた。そんな彼らの異様な雰囲気に気付いた『狐組』の面子は、お祭り騒ぎをやめて話しに耳を傾け始めるのだった。


「覚って……今の番長がどうしたのじゃ!? 話せ、これはどういう事なのじゃ百目鬼!」

「……」

「ぐっふふふ……おみゃあが言わんのなら俺の口から教えといたるわ、卒業も近い事やし、覚くんも教えてええって言ってくれるやろ――ええかや小狐、『百目鬼組』ちゅうのはな『覚組』の息の掛かったに過ぎんのだわ」


 ――その言葉を聞いたヨドミ、のみならず『狐組』の彼等は、放心したような心持ちになって土蜘蛛の口から語られる次の言葉を待っていた。


「百目鬼は『覚組』に置ける影のナンバーツー。第二勢力として対立した様に見せていたのは覚くんの策略だがん」

「なんで……そんな事――ポン、おぬしは知っておったのか?」

「馬鹿な事言わんでよ……僕やって今それ聞いてひっくり返っとる所や」

「これは一部の者しか知らん極秘事項だがや」


 驚天動地の衝撃に息をする事も忘れた様子のヨドミたちであったが、その中で大五郎だけは一人、細い目をして明後日の方角を見つめていた。


「なんでそんな事するんじゃ……なぁ、うそじゃよな目玉キザ

「……」

「さっきだって儂らの事を助けに来てくれたでは無いか! それにそれに、なんでそんなまわりくどい事を……っ」


 伏し目がちにしながら、真一文字の口を縛った百目鬼……ヨドミには、そんな彼が何処か悲しそうにしている様に見えた。


「なんでって決まっとるがや……おみゃあみたいな獲物が、まんまと蜘蛛の巣に飛び込んで来る様にだわ」


 嫌味な口調でそこまで聞かされたヨドミは、自分がこれまでして来た事と、百目鬼との契約の事を思い起こす。


「儂は……儂はまさか『覚組』の組員を増やしとるだけだったのか?」


 鼻から短い息を吐きながら、大五郎は心苦しそうにヨドミの悲鳴を聞いていた。何故なら彼はそんな謀略の事などとうに承知していて、あえて黙っていたのだから。


「儂が狩り尽くした無所属の妖怪たち……儂は言葉巧みに操られ、知らずの内に敵の勢力を増やしておっただけだったと言うのか……?」


 鎮痛な空気の流れる中で、百目鬼の体中の目が、切長に開眼しながらヨドミを見つめ始める。


「ヨドミちゃん……もう全てを諦めた方が良い。『覚組』の勢力は皮肉な事にキミの奮闘によって九割を越えた。キミたち『狐組』は『六年い組』の者を加えても、一割に満たないのだから」

「おぬし……なぜ、何故じゃあ!」


 濃紺の空に立ち込めてきた曇天から、冷たい秋雨が降ってヨドミの体を濡らし始める。

 非情に見える百目鬼の視線を受けたまま、ヨドミを先頭に『狐組』のメンバーたちは肩を寄せ合った。周囲を二百の妖怪に埋め尽くされていたが、そこには先日宴をやった『百目鬼組』の組員たちの姿も見受けられた。


「ぅい……っ、なぁアンタ、この前は仲良くやってたわん、俺はあの日からみんな仲間だって思ってるわん……」


 親しげに話し掛けていった人面犬だが、彼らは気まずそうに口を固く結んで、彼の歩みを制していた。


「どうしてじゃ百目鬼……! そうだ、それに先ほどの問いの答えを聞いておらんぞ! 端から儂をハメとったという事なら、どうしておぬしはこの土蜘蛛との一戦に加勢に来てくれたのじゃ!」

「それに答えた所で、キミたちの追う結末は変わらないだろ?」

「いいのじゃ! それでも、それでも語るのじゃ百目鬼!!」


 百目鬼の襟に掴み掛かったヨドミ。彼は始め、ヨドミの力に好き勝手に揺すられていたが、最後には少し涙ぐんだ目で微かに呟いた。


「わからないんだ……僕にだって……」

「わから……ない??」


 よく見ると、『狐組』を取り巻いたあやかしたちの得物を持つ手も少し震えている。皆何処か気乗りしないかの様に、眉をひそめて視線を合わせようともしない。


「おぬしらまさか……覚に、されとるのか?」

「……」

「恐怖で縛り付けられて、したくもない事を無理やりやらされとるのでは無いのか? なぁ、なんとか言って見せよ!」


 ヨドミの声に皆が俯いていったその時、パンと手を打つ物音が、大五郎の見つめていた明後日の方角から聞こえて来た。


「どうも『狐組』の皆さん。そしてお疲れ様でした。私の組をここまで大きくしてくれてありがとう」


 そこに現れたのは、全身毛むくじゃらの猿の体に、無感情な一つ目を光らせた痩身の妖怪――


「おぬしが……」


 ヨドミがそう言い掛けた所で、黒縄小学校番長『覚組』組長、そして番長であるそのあやかしは、淡白にその返答に先んじたのであった。


「……そう、さとり

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