第36話 暗雲立ち込めて


「百目鬼……おぬしどうしてここが」


 空間に目を開いた百目鬼の前で、ヨドミの問いは愚問であると大五郎は解説を始めた。


「百の目を持つ鬼に見通せぬ事などありません。奴は全てを見ているのです」

「……なんにせよ、助かったぞ目玉キザ男!」


『百目鬼組』の加勢によって窮地を救われた形のヨドミ。広場には土蜘蛛の元に集まった百ものあやかしが転がって目を回している。


「やったで姉さん! 『覚組』の若頭をぶっ飛ばしたんや! これで勢力が一気にこっちに傾く……あぁ僕夢見てるみたいや。この間まで姉さんと僕だけだった『狐組』が、黒縄小学校の番長の座に王手をかけてまうなんて!」


 浮かれた豆狸はマシンガンの様に語り出したが、ヨドミはそれが先刻の裏切りの件を有耶無耶うやむやにしようというポンの策略である事を見す透かしていた。


「おいポン……誰のせいでこんな目にあったと思うとるんじゃ、おぬしはクビじゃ! 目玉キザ男の加勢が無かったら今頃どうなっていたか」

「なっ……なにを言うてますの姉さ〜ん。んもぅそんな細かい事置いといて、今回の謀反の主犯である『無意味三人衆』、あれ如何いたしますか? 打首にした方がよろしいやないですかね?」

「まっ、豆狸くん……ヒドイッパ! あの計画には豆狸くんも同意の上だった筈――」

「ヨドミちゃ〜〜ん!! 無事でよかったよー本当にすごいよヨドミちゃーーん!」


 ようやく物事の収集が付き、ドヤドヤと騒ぎ始めた『六年い組』のメンバー。彼らはお祭り騒ぎの夢見心地のまま『百目鬼組』によって見事にのされた土蜘蛛たちを見渡していく。


「おのれーー!! 許さんがや、どうなっとるんやこれは、話が違うやないかー!!」


 ゴロンと転がされて来たのは、ひどく憤慨した様子の土蜘蛛であった。赤く充血した視線がこちらに差し向いたのに気付き、ヨドミは傷だらけの体を起こして彼を見下しに行って、意地の悪い事につばを吐いたりつま先で小突いたりした。


「こぉんの小狐ぇえ!! 勝ったと思ったらいかんぞ!」

「ふっふ〜んじゃ。負け犬がよう吠えておるわ。良いのかな〜儂にこびを売らんで?」

「はあ!!? なぁにを言っとるんだがおみゃあ!!」

「ほれ、靴でも舐めるか? ほれほれ」

「おおおぉみゃぁああ 俺の顔をつま先でグリグリするんじゃねぇえがや!!!」

「なにはどうあれ結果は決まったのじゃ、儂は『覚組』の勢力を大きく削いだ。つまり『百目鬼組』を取り込んだ新生『狐組』は、既に貴様らの勢力に拮抗……いやいや上回っとる! 黒縄小学校の番長の座は儂が貰ったも同然なのじゃー!! わーっはっはっは!」


 体が痛むのも忘れ、腹を抱えて転げ回って敵を嘲笑うヨドミ。


「ん? どうしたのじゃ大五郎、浮かない顔をしてー!」

「お嬢様……」

「儂は遂に番長の座を奪ったようなものなのだぞ? “妖狐”として白雪家の栄華を取り戻したのじゃー! うわっはっは、何故よろこばんのじゃ!」

「おい……どういう事かって聞いとるんだわ……」

「なんじゃ土蜘蛛! この後に及んでまだ吠えるのか〜〜? わっはー!」

「俺はおみゃぁに聞いとるんやないがや、そこに立っとるに言っとるんやわ!」

「は……?」


 西日が暮れて空が夜へと変わり始めた空。宵の紺色が広場を包み、遠くで提灯の灯りが続々と灯されていったその時、ヨドミは土蜘蛛の語った信じられない言葉に耳を疑う。


「勝手な事してどういうつもりや百目鬼! 話しと違うがや!」

「……」

「は……え?? はなし……とな?」

「説明して貰おうかや……それともおみゃあ――さとりくんをつもりか?」


 暗雲立ち込めて来た寒空の下、百目鬼はしばし黙りこくっていた。

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