第35話 チョ・マテヨ


「ナナッ!! 何がー!!?」


 広場を埋め尽くすだけのヨドミの分身が、わらわら土蜘蛛に飛び掛かってくる光景を彼らは見ていた――


「すごい……やったで、ホンマに姉さんがあの土蜘蛛を――!」


 ポンの雄叫びに続いて歓声を上げた『六年い組』の面々、河童たちもまた悔しそうではあるが何処か微笑している様にも見える。


「お嬢様……大きくなりましたね」


 ……そして大五郎は、白いハンカチーフで滝の様な涙を拭っている。


「俺も分身は出来るが……こんな数を、そんな短時間でなんてありえんがや! ええいちょこざいな!」


 土蜘蛛をおちょくるかの様な馬鹿面をしたヨドミの群れが、爪の攻撃にみるみると油揚げに戻っていくが、飛び掛かってくるヨドミの数の方が遥かに多いので、土蜘蛛はすぐに押しやられていく。


「おのれ小狐の分際で――!」


 癇癪かんしゃくを起こしながら大暴れする八本足。周囲を顧みない猛攻が自分の取り巻きの妖怪たちも巻き込んでいる。


「観念せいキモキモ妖怪! それともこのまま締め殺してやろうか?」

「俺が、こんな奴になどぉ……!」


 土蜘蛛の首に纏わり付いたヨドミたち。顔を真っ赤にしていく土蜘蛛の動きも鈍くなって来た様子だ。


「貴様の負けじゃ土蜘蛛! おぬじの敗因は儂を舐めてタイマンを受けた事じゃ!」

「…………!」


 ――だがしかし、あの狡猾こうかつな土蜘蛛から勝利の二文字をもぎ取る事が一筋縄ではいかないという事を、ヨドミたち『狐組』は知る事となる。

 何処いずこよりこの場に向かって来る足音の群れをヨドミが聞き付けた時、土蜘蛛は不気味に目を光らせながら涎を垂らした。


「俺がタイマンを受けたなんて……寝ぼけたこと言うのも大概にせぇよ?」

「ま、まさかおぬし……しかもこの足音は――!」


「そうだがや!! 俺がいつお前とのタイマンの儀を結んだ? そんな事一言も言っとらんし、第一あの時おみゃあが話しとったのは俺の糸で出来た分身だがん! 兵力で勝る俺がどうしてお前とタイマンなどを張ると思った。なんのメリットもねぇと少し考えたらわかりゃーすやろ!」

「な、妖怪にとって神聖なタイマンの儀を……何処まで汚いのじゃ貴様!」

「おみゃあは最初から俺の蜘蛛の糸に絡まっとったんだわ! さぁ今からここに向かって来る俺の百の兵隊たちが、おみゃあら全員ねぶり殺したるがや!!」

「く……おのれぇえ!!」


 土蜘蛛の語った通り、広場にドタバタと増援が雪崩れ込んできてヨドミたちを取り囲んでしまった。

 圧倒的な兵力の差に包囲され、大手を広げていった『狐組』のメンツ。土蜘蛛は忌々しそうにヨドミの分身を全て取り払い、ゼーゼー息を荒ぶりながら頭に血を上らせる。


「こ……これが力の差だがや、思い知ったか小狐め!」

「下郎めが……覚えておけよ」

「覚えておくも何も、おみゃあら全員、今ここに集った俺の兵隊にすり潰されるんだが! ぐっふっふ!」


 ヨシノリくんをも人質に取られ、眉根をしかめたヨドミ。大五郎も無論抵抗するでも無く眼鏡を光らせているだけだ。


「兵力の差も……力の一つか。クソ……もう、諦めるしかないのじゃろうか」


 手出しが出来なくなって俯いたヨドミの頭上で、土蜘蛛が鋭い爪を振り上げていく――


「まーかんやろ……ちーせゃあお山の大将が」

「――――っ」


 ヨドミに向かって爪を振り下ろそうとした土蜘蛛はその時、突如と大地に開いたに身を竦まされた。


「な……なんでおみゃあが……ど、どういう事だがんこれは――!!?」


 紫色に変貌した空に無数の瞳が開いた。そうして何処より百目鬼どうめきの声がその場に響き込んで来るのであった。


純粋ピュアな契りを唾棄する愚者へ天罰を……」

(義を軽んじる妖怪は捨て置けないな……それ相応の制裁を受けて貰う)


「な……なんて言っとるんだ百目鬼の奴めが」


 狼狽する土蜘蛛とその兵たち。そうして次に、地鳴りの様な行進の足音が彼らを心底震え上がらせた。


「どっ、『百目鬼組』だー!! 百目鬼組の奴らが総出で押し掛けて来おったぁあ!!」


 押し寄せて来た波に揉まれたヨドミたちであったが、その波は更なる大波に呑まれる結果となった。


「目玉……キザ、おぬし……っ」


 二百に近いあやかしの大群が、広場を埋め尽くして土蜘蛛の兵を蹴散らしていく――……


闇夜ダークナイトに光った一番星……その輝きは救世主メシアに射す後光。自責の念に押し潰される」

(心打たれたよ。キミの勇姿に……僕はキミを少し誤解していたみたいだ)


 牛車に大きな顔のついた“朧車おぼろぐるま”に乗って現れた百目鬼は、ヨドミの前に舞い降りながらそう言った。

 キラキラ輝く彼の微笑……勝負を決めた助太刀に皆は心を浮き上がらせたが、


「なんて言ったんだ?」

「どう言う意味だ?」

「とにかく助けてくれたっぽいぜ」


 ――誰も彼の語った言葉の意味を理解出来ないでいたので、いまいち締まらなかった。


「チョ・マテヨ」

(失敗した)


 ……その呟きの意味だけは、なんとなくみんなに伝わったみたいだった。

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