第34話 土壇場の秘技


「な、なにやっとんねん姉さん! やっと五分の状況で土蜘蛛とタイマン張れる場を整えたって言うのに!」


 覚醒のリミットを過ぎて、無意味な能力だけを残されたヨドミ。尾が一本になったいまの彼女には、“油揚げ变化”と“空飛ぶ油揚げ”の二つの能力しか使用する事が出来ない。


「もう観念するがや……!」


 対して目を真っ赤にして怒った土蜘蛛は、腹から新たな足までをも生やして万全に過ぎる態勢である。


「ちょ、タンマ……ぐぬぬ、やはりどれだけ爺特製の油揚げを食ってもなんともならん!」

「ほれみい、ポッと出の妖怪の底力なんぞその程度だわ」


 風に舞う木枯らしを鋭い爪で切り裂いた土蜘蛛が、一気に踏み込んでヨドミに接近する――その余りの速さと気迫に『六年い組』の面々は腰を引かせるばかりであった。


「やめろ、少し休憩させるのじゃ!」

「大概にしときゃーよ小狐! おみゃあ思い付きであやかしの勢力争いに参戦しに来たんか、ここが血も涙もない戦場だって事を腑抜けたガキに見せたるがや!」

「ぎゃーーー!!」


 横薙ぎの一閃に両断されてしまったヨドミ。皆は目を見張って怖気付いたが、二つに分かれた少女は油揚げへと姿を変えていた。


「往生せぇよ!!」

「くそッ……何か、何かないかっ! 逃げる事しか出来んではないか!」


 何枚もの油揚げを変じさせながらその場をやり過ごすヨドミ。しかし土蜘蛛による猛攻は次第に狐の背中へと追い付き、思い切り頭突きをかまされた後に足で蹴り上げられてしまう。


「がっはぁあ――!!」


 何回転もしながら宙を舞ったヨドミの姿を仰ぎ、駆け付けたクラスメイトたちは苦虫を噛み潰した様な表情で頭を振った。


「ヨドミの奴、ボロボロだわん」

「これじゃ話しが違うにゃんよ。妖狐の力が覚醒したって言うからヨドミちゃんの方に付いたのに!」

「僕の計算によると、この状況ではもうヨドミちゃんに勝ち目は……」


 そろばん小僧がパチンとそろばんを弾くと、火車はガックシ項垂れていった。


「ぅぉー……このままじゃ俺たちまで土蜘蛛たちになぶられちまう。早く逃げよう」

「元人間のヨドミについたのが間違いだったぜ」


 西日を受けて影を落としたヨドミを頭上に、『六年い組』のメンバーはその場を立ち退こうとし始める。


「ちょ……! アンタら姉さんのクラスメイトやろ?! 『狐組』に忠誠誓ったんと違うんかい、僕が言うのもなんやけど!」

「ぼえー」

「別に私たちはヨドミちゃんと盃を交わした訳でもないから〜」

「そんな、白状やんか皆さん!」

「お前もわかってるだろう?」


 一旦木綿が豆狸の頭を通り過ぎて行きながら言った。


「妖怪の世界は力が全てだ。負けるとわかっている方に付くなんて馬鹿のする事だぜ」

「……っ」


 豆狸が言葉を失い、清姫が蛇の尾をズッてその場を後にしようとしたその時、広場に反響したのは予想だにしないの声だった。


「何言うてんねんお前ら! ヨドミが根性見せとるんや、お前らも『狐組』の端くれなら根性見せんかい!」


 瞼に青たんを作った河童が拳を握り締めると、小豆洗いと枕返しもズタボロの体を起こしながら声を荒げていく。


「土蜘蛛とかいうクッッソカス野郎の舎弟にされる位なら、ヨドミに笑われてた方がまだマシジャラ!!」

「ん……!」

「枕返しも性根の腐ったカス野郎には従いたくないって言ってるジャラ、それならいっその事、ヨドミに勝って貰った方がずっと良いシャキ!」


『無意味三人衆』決死に訴えに皆が足を止めた。そうして彼らの声を代弁する様にポンは肩を上げる。


「なんでやキミら……狐の姉さんにずっと反発してたのやんか、姉さんが気に食わんから僕にあんな話しも持ち掛けてきたんと違うんか?」


 ぬえに皿をかじられ、雪女の冷気に凍えさせられる三人衆であったが、彼らは燃え立つような目で豆狸の顔を見返して言うのだった。


「ヨドミのバカの事はまだ認めてへんがな!!」

「でもあいつはいま『狐組』の頭として体張ってるシャキ、それだけは確かシャカ!」

「お!」

「そんな仁義に背こうとしとるおどれらが、妖怪の風上にもおけんと腹立っただけやッパァアアア!!!」


 河童たちによる熱き声は、を重んじる妖怪の胸に深く突き刺さって、その足を止めさせるのだった。

 

「でもでも〜〜」


 不安げな顔で風にふわふわ流されていくコロポックルを、油すましがパシっと掴んだ。


「それでもこのままじゃヨドミの敗北は確定的だ。負け戦だとわかっていながら城に残り続けるのは、よっぽどの忠誠心と共に死ぬ覚悟がある者だけだ」

「オラたちには、まだそこまでの忠誠心はねぇどー!」

「んだー! 心中はしねぇどー!」


 包丁を振り上げたナマハゲと水かぶりに、河童は頭を大ガマに踏み付けられながらニヤリと笑った口元を見せる。


「まだヨドミが負けるなんて決まってへんがな」


 そうして羽交い締めにされた小豆洗いと枕返しも痛ぶられながら笑っていた。


「オ、オーー!!」

「枕返しに言う通りシャク……勝つと分かった戦しかしないなんて、小物の妖怪のする事ジャラ……」

「おおー! おぉーー!」

「誰がどう見ても勝てない戦をひっくり返すのが……大妖怪への一歩ジャラ!!」

「せやで……天下を統一する様なあやかしはぁ、二度も三度も大判狂わせをやってのけるもんやッパ……平穏無事な道筋で頂に立てる妖なんて一人として聞いた事ないヤンケェ!!」


 土蜘蛛は宙を回りながら落ちてくるヨドミに冷静に角の照準を合わせながら、つまらなそうに吐き捨てる。


「外野がごちゃごちゃうるさいがや……結局妖怪の世界は強い者が――」


 間違い無く本体である筈のヨドミの腹に、土蜘蛛の角が突き立った――


「――っ!!」

「な、なにい……っ?!」


 ――かに思われたが、ヨドミの腹と土蜘蛛のツノとの間に、何枚もの油揚げが飛来して来てその衝撃を緩和していた。そうしてツノを掴んだヨドミは、懐からありったけの油揚げを周囲に投げ放ちながら、声を張り上げる――


「秘技――“油揚げ变化の術”――」

「ンナッッ!!? んななな、ナニガ――!!!」


 仰天していた土蜘蛛の目には、その広場が一杯になる位の数のが反射していたのだった。

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