第33話 狸の意地


 先程までは借りてきた猫の様であった豆狸が、急に勢い付き出したのに土蜘蛛の取り巻きたちが気付いて声を上げ始める。


「なんだ、豆狸の奴! 『狐組』を裏切って今度は『覚組』を裏切るつもりか?」

「調子のいい奴ね。でも残念『狐組』なんていう弱小勢力の組員はアナタだけ。たった一人でお前のようなチビ助に何ができると?」

「うるさい……黙らんかい、僕は……元『覚組』舎弟頭、“恐怖の豆狸”だポォオオン――!!」


 無謀な事は百も承知していた。されど豆狸は一度くらい誰かに心より尽くしてみたいと……何故だか、卑怯な彼にしては非常な稀有な、そんな感情に満たされていた。いまポンの心に去来するは、ヨドミの見せた背中の勇姿である――


「“きん○ま变化――お化け屋敷”!!」

「はぁ?!!」

「なんだ、急に真っ暗に……どこだここは――」


 豆狸が展開したのは、なんとこの広場を丸ごと包み込んでしまうかの様な、何処までも引き伸ばされた巨大なきん○まのドームである。

 彼らの招かれた不気味な屋敷のほうほうで、背すじを凍り付かせた悲鳴が上がり始める。


「僕だって元ナンバースリーや、舐めたらあかんで!」


 暗き屋敷にヨドミと包まれた土蜘蛛。


「ポンの奴、どういうつもりなんじゃ。今更ごまをすったところで儂は許さんぞ! というかこんな事になったのはおぬしと『無意味三人衆』のせいじゃ! 絶対殺す!」

「チッ……何しとりゃーすか豆狸のガキが。こんな空間術なんぞすぐに俺が切り裂いてやるとわかっとる癖に」


 土蜘蛛の言う通り、容易にその爪に切り裂かれたお化け屋敷。それだけでなく、強者揃いの他の妖怪たちも続々と空間への抵抗を始めていた。

 空に木霊する豆狸の苦悶。なかなかの根性を見せる豆狸とお化け屋敷のあやかしたちは、それでも必死に食らい付いて抵抗を続ける。


「無駄な抵抗だ豆狸! そんな事をしてもお前らの負けを変わらんのに!」

「うるさいねん……土蜘蛛! 僕はな、僕らは負けへんねん」

「はぁ? だもんでこの兵力の差を見ろ狸! 俺とこの子狐との戦闘力の差もだ! 何をどう考えても『狐組』に勝ちの目など無いがや!」

「お前の目には何が見えとんねん土蜘蛛……小学三年生の僕にも見えとんのに、なんででっかい図体に態度した六年生のお前に見えてへんねん!!」


 不愉快そうに片方の眉を極度に下げた土蜘蛛が、鋼鉄の糸を吐きつけて豆狸の術を打ち破った。夕刻の光に照らし出されていった世界に顔をしかめ、やがて瞳が慣れてくると、土蜘蛛は目にする――


「ンナ――?!!」


 ――真っ赤に腫れたきん○まを抱えて倒れ込んだ狸の背後で、『六年い組』のクラスメイトがぞろりと集結していたその光景を。


「ヨドミちゃん! 僕たち助けに来たよ!」

「悪い子はいねがぁぁあ!!」

「泣く子はいねがぁああ!!」

「うおおおーー!! この車輪で燃やし尽くしてやるぞ」 

「ぼえーー」


 そこにはなんと、ヨシノリくんを先頭にしてヨドミのクラスメイトが集結していたのである。

 動き出そうとする土蜘蛛の取り巻き妖怪たちを遮りながら、塗り壁が口を開いた。


「僕たちはみんな『狐組』だよ〜。ヨドミがピンチだってヨシノリが言うから、駆けつけたんだ〜僕は足が遅いけれど〜〜」

「豆腐食え!!」

「引きずり回して鐘の中に閉じ込めてあげる〜……」


 一反木綿の背中に乗ったおとろしが、ドスンと大ガマの背に伸し掛かってグエッと声を上げさせた。


 周囲を見渡し目を白黒とさせた土蜘蛛を見ながら、ヨドミは竹垣を降りて広場の中心地へと戻っていった。

 先程までヨドミを妨害していた妖怪たちも、『六年い組』が目を光らせているお陰で容易には手を出せなくなっている様子だ。

 ヨドミは堂々啖呵を切る――


「これが『狐組』じゃあ!」

「チッ……たわけが、調子乗っ取んじゃねぇがや」


 酷く興奮して目を真っ赤に充血させた土蜘蛛が、腹をブチブチ破って新たなる鋭いかぎ爪の足を二本上段に構えていった。


「調子乗っ取るところ悪いが、おみゃあ……まさか忘れとるじゃねぇだろうなぁ」

「は? 何がじゃこのキモキモ妖怪が!」


 鋭い爪を打ち合わせた土蜘蛛は、瞳に灯る蒼の灯火を鎮火させていったヨドミの姿にニヤリと笑う。


「おみゃあが覚醒していられる時間は五分間だけだがん」

「うっげ!!!!」


 尾を一本に戻してしまったヨドミの周囲には、“空飛ぶ油揚げ”とかいう無意味な能力だけが残される。

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