第32話 孤軍奮闘。見る狸

「ぐっふふは! でらオモシロぇがや、全員の前で完膚無きまでに叩きのめして、二度とは立ち上がれん様にしたる!!」 


 “爺特製の油揚げ”を頬張り、尾を三本にして覚醒したヨドミ。それによって彼女は“狐火”の能力を行使する事が出来るが、そのリミットはたったの五分で、連続での覚醒も出来ない。

 つまりそれは――


「五分で終わらせてやるのじゃ――土蜘蛛!!」


 走り込んだヨドミを土蜘蛛の巨大な脚が踏み付ける。

 

「どの口が言っとるんだ小物妖怪が!」


 ――しかしペシャンコになったヨドミがペラペラの油揚げになって、土蜘蛛は目を見張っていた。


「なに、いつすり替わった――」

「上じゃ鬼ヅラ!!」


 見上げた頃にはもうヨドミは土蜘蛛の脳天にまで迫っていた――蒼く燃え盛る豪炎が飛来し、蜘蛛の巨体に振り注いで火柱を上げる。


「姉さんっ……すごい、いつの間にこんな戦い方を――」


 豆狸が瞳を輝かせて手を打った。対して土蜘蛛の取り巻きは、予想だにしなかった火力に多少動揺している様だった。灼熱を鼻先に妖怪たちが瞳を合わせていると、その場に居合わせた者たちは炎の中よりゆらめく声を聞いた。


「やっとかめ骨のあるあやかしと戦えるが」

「土蜘蛛の声……何処からじゃ?!」

「分身の術を使えるのがおみゃぁだけだと思うなや」

「わ――ッ」


 炎の中で揺らめいていた土蜘蛛のシルエットが糸になって溶けた。そして次の瞬間、ヨドミの耳をチョイと蜘蛛の鋭い足先が突いていた。背後からの強襲に振り返ったヨドミだが、それよりも早く蜘蛛の糸が狐を絡め取った。


「ゆっくり溶かして食ったるわ」

「なぁあっ、やめろー、くるくる回すな〜、うわわわわ」


 複数ある蜘蛛の足で器用に糸に巻かれていくヨドミ。目にも止まらぬ速さで糸玉にされると次に、鬼の顔が鋭い牙を立てる――


「何を食っとるのじゃお前は」

「ん――?!」


 あんぐり口を開けた土蜘蛛が見たのは、巨大な糸玉の影より姿を現したヨドミの四つん這いの姿だった。よもや取りこぼしたかと思い、ギョッと目を剥きながら糸玉を放り投げた土蜘蛛だが、今度はそこにあった筈のヨドミの方が姿を消した――


「ブラフか! こすい事ばっかしよって!」

「狐に化かされると言うじゃろうて」


 蒼き炎が糸玉を燃やし尽くし、そこより妖狐が呼び出して竹垣の上に飛び乗った。睨みを効かし、ジリジリ間合いを詰める両者。その一進一退の攻防に歓声が上がる。


「お嬢様……」


 拳を握り締めた大五郎――

 その場に轟くは、土蜘蛛へと向けられた大声援。ヨドミは一人、その場で戦っているのだ。

 地に膝を着き、涙を流し始めた豆狸は喉の奥から突き出そうとしている声援を押し殺す……


「姉さん……キツネの姉さん、僕らの為に……っ」


 ヨドミの退避していった竹垣へと難無く登っていった土蜘蛛は、尻から糸を飛ばしながらヨドミを追い回し始めた。


「どおしたんだって小狐! この空間に呑まれたか、ぐふふ!」


 ヨドミは逃げの一手である。すると周囲の妖怪たちが罵倒を始めた。タイマンの儀に乗っ取って手こそ出しはしまいが、猫騙しをして見せたり唾を吐きかけてみたりと、あらゆる方法で持って彼女を妨害して来る。


「くっそ! 鬱陶しいぞおぬしら、邪魔をするな!」

「邪魔なんてしとらんがや! お前が観衆を盛り下げるようなせこい戦い方ばかりしとるからだがや!」


 見兼ねた豆狸はすがる様に大五郎の袖に飛び付いていた。


「大五郎はん! 完全にアウェイで姉さんが良い様にイジメられとるがな!」

「……!」

「あんなんタイマンも何もないやん、そういうつもりなら大五郎はんも手貸してや! ほら、あの時僕にやったみたいにエッグい妖気で全員ビビらせるんや。でなきゃ姉さんがこのままやられてまうで!」

「……できません」


 眉根を潜め、凄まじい妖気を押し留めながら、大五郎が唇を噛んで血を流している事に豆狸は気付く。


「なんでや、なんで……向こうがルールスレスレの事やって来てんねやろ、ほんならこっちだって!」

「彼らはなんら、タイマンの儀に置けるルールに違反していません」

「せやけど……!」

「兵数もまた。これはお嬢様の落ち度です」

「それで指咥えて見てるって言うんかい! 本当は誰よりアンタが姉さんに助力したいて思ってるんやろ!? それやのになんで素直そうせえへんねん!」

「私は……『狐組』の組員ではありません。それに子どもの争いに大人の妖怪が介入するのはご法度。私はいかなる結末を追おうとも、ヨドミお嬢様の顛末を見守る使命があります」

「なんやねんそれ…………」

「……」

「大五郎はんが何言ってるのかわからへんけど、もういいわ。ほんなら……ほんなら――っ!!」


 ポンは震える瞼を起こして、赤いジャケットをひるがえした――


「『狐組』の僕なら、姉さんに加勢しても問題あらへんね――!!」

 

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