第31話 妖怪の“義”


「タイマンだー!」


『覚組』の“カマイタチ”が、風に乗って両者を中心にした円を広げていく。すると次に煙の妖怪“煙々羅えんえんら”がもくもくと白煙を上げて周囲の景観を消し去っていった。彼らは各自で場を賑やかし、まさしくお祭り騒ぎの如き様相になっていた。

 その場で一人愕然とした豆狸は、利用された挙げ句そこにのされてしまった『無意味三人衆』の姿に首を振る。


「なんでや、約束と違うやんか土蜘蛛くん……っ! キツネの姉さんをここに連れて来れば、僕たちを『覚組』の一員として優遇するって言っとったやないか、そやから僕らは……っ」

「はぁ? 黙りや、狸。俺がいつそんな約束をしたのか言ってみや」

「そんな……!」

「誰か聞いてた奴はいるか? それ見ぃ、いねぇがや、そんな勝手なことばっか言っとるなや。大体おみゃあが舎弟頭だなんて誰も認めとらんかったてまだ気付かんのか」

「くっ」

「哀れな狸やなぁ、忠誠誓った姉貴分への義も欠いて、俺たちにも利用されとる……あやかしの風上にも置けんしょーもない奴だわ」


 渦巻いた悪意の視線に取り囲まれて、豆狸はきん○まを萎縮させながら俯いてしまった。言葉も失った様子の彼を土蜘蛛たちが笑い始めると、ヨドミが声を上げていた。


「そんなカス狸の話しなどどうでもいいわ! それより儂とのタイマンを受けてたったな土蜘蛛! タイマンの結果はあやかしにとって絶対じゃ! 返り討ちにして貴様の鼻を明かしてやるわ!」 

「威勢だけは良いみたいだな、ぐっふふふ」


 不敵に笑う巨大な蜘蛛は、鬼の面を恐ろしく歪ませながら顔を斜めにしていった。その視線に射竦められたヨドミだが、冷や汗をこめかみに垂らしながら負けじと牙を剥く。


「姉さん……悪いことは言わん。土蜘蛛くんには逆らわん方がええで」

「なんじゃとポン、誰のせいでこんな事になったと思っとるんじゃシネ!!」

「姉さんも噂くらいは聞いた事あるやろ? 土蜘蛛くんは誰よりも卑劣で恐ろしい妖怪やって……姉さんかて土蜘蛛くんには勝たれへんって」


 ヨドミはぐうの音も出なくなったのか、鼻を鳴らして天空を仰いだ。正面には土蜘蛛。その背後からは膝から崩れ落ちたくなる位に脅威的なあやかしの群れが少女を見下ろしている。

 そんな絶望的な光景をヨドミの背後から共に見つめる豆狸の膝は震えていた。彼の助言は決してヨドミを煽り立てる様なものではなく、心の何処かで、彼女の身を案じて述べた心からの声であった。


「勝たれへん……無理やろこんなん。わかるやろこんなん無理やって、なぁキツネの姉さ――」

「なぁポン――」


 絶望的な光景を前にしても、一歩も退かぬヨドミの背中を大五郎は黙して眺めていた。そうして彼女は勇ましく語るのであった。少し前までの、弱きあの頃の面影などは消し去って。


 何が彼女をここまで変えたのか……その疑念の解答は、少女自身の口より語られる事になる。


「儂はもう一人じゃないのじゃ」

「……ぇ?」

「クラスの奴らにも、ボコしてきた無所属の舎弟共にも、ヨシノリにも……儂を裏切ったクソボケの狸にも」

「姉……さん……?」

「『狐組』のかしらとして、情けない姿は見せられんのじゃ」


 懐より、汁の滴る何かを取り出し、口元へと運んでいったヨドミの横顔に、豆狸は何故か畏敬の念を抱いていた。



「ね〜ばぎ〜ばあっぷじゃ」



 瞳に蒼の炎が灯る。妖狐の力が爆裂し、ヨドミの尾は三本となって空へと長く打ち上がった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る