第30話 “土蜘蛛”の巧みな糸


 オレンジの陽が影を伸ばしていく夕暮れ。突如と閉ざされた竹垣の広場に、悠々歩み込んできた“土蜘蛛”が、背後に何人もの取り巻きを連れてその場を占拠していった。

 まさに蜘蛛の糸という名の謀略に絡め取られた形のヨドミは、強く歯軋りしたまま土蜘蛛の放つ恐ろしい妖気に少し萎縮していく。


「えらい目にあったな。信じとった部下に裏切られる気持ちはどんなや?」

「貴様……儂にこんな姑息な手を使えばどうなるかわからんのか? 『百目鬼組』の全勢力が大挙しておぬしなどプチっと潰されるわ」

「なんだおみゃあ、まだ気付いとらんのかね」

「……なんじゃと?」

「ぐっふふふ、ほんなら知らんでええわ。その方がどえりゃぁ面白くなりそうだがん」


 土蜘蛛は八本足を蠢かせて尻を震わせる。ニタリと笑む鬼の顔は見ているだけで恐ろしい。

 土蜘蛛を中心にしてヨドミを取り囲んでいったあやかしは、どいつもこいつも名の知れたそうそうたる顔ぶれである。“雪女”に“ぬらりひょん”、“ぬえ”に“大ガマ”まで居る。されど彼らも格式あるお家。たった一人誘い出したヨドミを、早々と寄ってたかって袋叩きにしようという気概は無いらしい。……無いらしいが、周囲に張り巡らされた視線の強烈さに、ヨドミの全身は氷漬けにでもされたの様に冷え冷えとしてしまっていた。何時でもお前を始末出来るぞと、そう言い聞かされているかの様でもある。


「やいやいやーい!! どんなもんやヨドミ、ビビってんちゃうやろな!」

「黙れ河童! 他人の威を借りて威張り腐るな小物め!」

「ジャラジャラジャラ! 調子に乗りすぎたんシャカ!」


 下卑た声で踊り始めた河童たち。しかしそんな彼らを虫けらの様に長い脚で薙ぎ払ったのは土蜘蛛であった。


「ギャッパァあ!!」

「アズキィイ――!」

「……ふご……っ」 


「たわけがぁ、好き勝手言やぁすな。まるでこっちがおみゃあらに利用されたみたいに」


 悲鳴を上げた三人衆は、のされて地に横たわっていった。そんな彼らを踏み付けながら、土蜘蛛は鬼の形相をヨドミに向け直した。


「何時だって利用するのは俺の方だがや。おまんらが陽気にやっとるうちに、目に見えん蜘蛛の糸張り巡らしとんだがん」


 河童たちに対する余りの仕打ちに、豆狸はひとり顔を覆ったが、土蜘蛛の取り巻きたちは眉根の一つも動かさない。


「さぁてと、どうやっていたぶってやろうかや。こんなちいせゃあ狐、俺一人でわからせてやるがや」

「ほう、言ったな土蜘蛛よ! おぬしは一人で儂と勝負をすると!」


 その場に一つ勝機を見出したヨドミ。多勢に無勢、このまま渡り合っては答えは見えている。

 ――唯一希望があるとすれば、大将同士の“タイマン”以外に無い。しかしそれはお互いの了承があってこそのの戦いとなる。


「ぐっふふふ……おーちゃくも大概にしときゃーよ子狐」

「覚悟するのじゃ土蜘蛛!」


 ニヒルな笑みでヨドミに向き合った土蜘蛛。周囲の取り巻きも静観を決め込む腹積もりであるらしい事がわかる。

 ――故にここに、タイマンの儀が成立する。

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