第29話 友情の亀裂


 それから数日経った後の放課後、破竹の勢いのヨドミの元に豆狸が吉報を持って駆けて来た。


「キツネの姉さん! 最後の無所属妖怪が見つかったで〜」

「なに、それは本当かポン! ここ数日、ヨシノリを利用しても釣り出せない程に無所属妖怪は狩り尽くしたからな、ようやっと炙り出せたと言う訳じゃ!」


 夕刻の空が宵へと移ろい行こうとする中、ヨドミは豆狸に先導されながら走り始める。


「最後の妖怪を傘下に引き入れれば、晴れて百目鬼との契約が達成する。つまり『百目鬼組』は新生『狐組』と相成り、儂の天下がやって来るのじゃー!」

「『百目鬼組』は姉さんがブッ飛ばしまくった無所属妖怪を取り込んで既に『覚組』の勢力に拮抗しとる。その組を吸収した『狐組』は、黒縄小学校の番長に大手をかけたも同然。晴れて姉さんの悲願が達成されるっちゅう訳や〜」


 天狗の如く鼻を伸ばしたヨドミの背後には、いつになく浮かない顔をする大五郎の姿があった。浮かれたヨドミは涎を垂らしていると、心の中に囁き掛けてくる切実な声に気付く。


 ――お嬢様。これより私大五郎は、お嬢様の身にどの様な苦難が降り注ごうとこの手を貸しません。これはお嬢様が、白雪家の次代当主として乗り越えねばならない大きな壁なのです。


 その声にヨドミは頭を傾げて返答する。


 ――はぁ、なんじゃそれは。今から出会う最後の無所属妖怪とやらがそんなに手強いと言うことか? ……それなら心配は無用。今の儂にはあの『覚組』の奴らも恐れて手出しをして来んのじゃぞ? じい特製の油揚げもたんまり持っておるし、恐れるものなどないのじゃ。


 ――左様で御座いますか……不詳大五郎。お嬢様がこれよりどの様な結末を追われようと、全てをこの目に焼き付け語り継ぐ事をお約束します。


 ――なんじゃなんじゃ改まって、変なジジイじゃな。


 明らかに神妙な大五郎の様子に、ヨドミは不安になってポンに問い掛けてみた。


「おいポン、これから出会う最後の無所属妖怪とはどのような者なのじゃ。なにやら相当の強者である様な気がするぞ、どんなあやかしじゃ」

「この先の広場に居る妖怪は“ラメラメおばあ”って名の新しい怪異ですわ」

「ラメラメおばあ……?」

「そうそう〜全身ピンクのぴちぴちのスパンコールで、羽の付いた扇子振って踊る七〇代位のおばあやで〜」

「げ……七〇代って、そいつも小学生なのか、おかしいじゃろそれは?」

「お、おかしいことありまへんがな! 黒縄小学校にはなんや色々訳ありのあやかしがいてまんねん。そこを色々と詮索すんのはタブーと違いまっか姉さん!」


 ギクリとした豆狸は、身振り手振りでなんとか誤魔化しきってヨドミに溜飲を下げてもらった様子だ。


「まぁいいわい……その怪異とやらはどの様な奴なのか話せ」

「ほいさ……さっきまで便宜上なんて言うてましたけどな。実はラメラメおばあってのは“人間”なんですわ、だから姉さんが恐れることなんてひとっつもあれへんよ〜」

「なに、人間じゃと?」

「そうや。人間のおばあが扇子持ってディスコナイトしとるだけで、なんの脅威も無い存在ですわ」

「変な奴じゃの。しかし人間とな……他になにか特筆するような点は無いのか。儂の胸騒ぎは気のせいじゃったのかのう?」

「う〜ん、強いて言うなら『ラメ』としか喋れないって事ですかな〜?」

「それ人間じゃないじゃろ」

「ええ? 人間ですがな。ただ『ラメ』としか言わんだけの」

「納得いかんのう、その様な雑魚が最後まで残っておったとは……ヨシノリの様になにか特異体質でも持っておるのか……うぅむ、存在ともにまさしく怪異な奴じゃ」

「もう着くで姉さん、この先行ったらすぐや!」


 赤いジャケットひるがえし、ポンは一足先に柳の木の所を曲がっていった。そこはいつか『無意味三人衆』にす巻きにされ掛けたあの広場。竹垣に囲まれた広大な土地の中心で、目に優しくないビビットなカラーリングが踊り狂っているのをヨドミは目にする。


「あれが……」

「ラメ! ……ララメ!」

「なんじゃ……本当になんの妖気も感じん。儂の杞憂だったようじゃな」


 一息ついたヨドミが本当にラメラメ言いながら踊っているラメラメおばあに、一歩踏み出していった次の瞬間であった――


「ポン――っ?! なんのつもりじゃ!!」

「そんな妖怪おる訳ないやん……堪忍やで姉さん。これも僕があやかしとして生きていく為の手段なんや」


 ラメラメおばあの姿はポフンとになって消え、豆狸のきん○まが鉄柵に变化して後方の道を閉ざし、前方に見えていた出口にも何者かにより竹藪の蓋をされた。


「おいたわしや……」


 ヨドミの背後で直立した大五郎が白いハンカチーフを噛むと同時に、閉ざされた向こうの出口の方から、聞き覚えのあるけったいな大阪弁が聞こえてきた。


「ヨドミちゅわぁあ〜ん。またここで会うなんて因果かなぁあッパ」

「ここで会ったが百年目ジャラァ!」

「……ん」

「おのれ河童! 『無意味三人衆』め……それにポン、おぬしはこんな奴と結託して儂をたばかったと言うのか!?」

「……」

「バカめ、つく方を間違えたなポン。貴様らなんぞすぐに儂の狐火で燃やして……」

「違うで姉さん……」


 少し複雑そうにした表情の豆狸は瞼を伏せていきながら、河童たちの後方より砂をずって歩いて来た巨大なあやかしを顎で示してみせた。


「こ……こいつは『覚組』の――」

「そうやで姉さん。ポンは河童たちについたんじゃない。『覚組』のナンバーツー、若頭の“土蜘蛛”くんについたんや。悪いけど、あの人に目を付けられたら、姉さんはもう終いやで……」


 禍々しき巨躯の蜘蛛、その鬼の顔をゆさゆさ揺らし、凄まじき悪相は冷たい妖気で広場を満たしていった。


「おみゃーがヨドミか。全然ちーせゃあ妖力だがや」

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