第28話 妖怪の宴


 数日後、ヨドミによる無所属狩りは順調に事を進め、遂にはほとんどの者を『百目鬼どうめき組』の配下に加える事ができた。

 ヨドミたちは今その健闘を讃えられ、月下の庭園にて百目鬼たちにもてなしを受けている所だった。

 妖怪踊り空を舞い、夜の宴は賑やかになって、ヨドミの連れて来た『六年い組』の面々、つまり『狐組』の顔ぶれも愉快そうに宴に興じている。

 ヨドミと百目鬼は二人、そんな喧騒を眼下にしながら、赤い絨毯の敷かれた小高い壇上にて椅子を並べて甘酒を飲み交わしていた。


「わーっはっはっは! どうじゃ、ほとんどの要求は達成してやったのじゃ目玉キザ男。もうこの満月にでも誓って『百目鬼組』を新生『狐組』としてはどうなのじゃ!」

「キミの輝きは僕らの想像を遥か越えて……されど時は未だ満ちたりない」 

「確かにキミの活躍には目覚ましいものがある。だけどまだあやかしは残ってるだろう。……との事ですお嬢様」


 甘酒の注がれた杯を傾けるヨドミ。百目鬼は長い前髪を流しながらキザなポーズを決めてポエムで語り、ヨドミの背後で黒子に徹した大五郎がそれを通訳している。


「お堅いのう目玉キザ男。儂がすぐにでもお前の組を譲り受けて全員面倒見てやると言っておるのに」


 どんちゃん騒ぎをする宴の席には、先日ヨドミが取り込んだ無所属の者に加え、『百目鬼組』の配下たちも楽しそうに参加していた。

 “畳叩き”がバンバン音を立てて場を賑やかし、“ろくろ首”と“一本傘”は空で一旦木綿と戯れている。頭の乳鉢を箸でチンチキやっている“乳鉢坊”と弦を弾いた“琵琶牧々びわぼくぼく”、“瓢箪小僧ひょうたんこぞう”はカタカタ頭を揺らし、中に入った豆でじゃらじゃらと音を立てる。山の河童と言われる“カシャンボ”は、即席の土俵を作ってヨシノリくんを何度もひっくり返して喜んでいた。

 ほんの数週間前まで一人であった筈のヨドミの周りに、今やこれだけの数のあやかしで溢れ返っている。

 そんな事を思い思いヨドミが目を輝かせていると、百目鬼は片膝を立てて、そこに顎を乗せた。


「キミの声を聴かせてよ……」

「聞きたい事があると言っております」

「なんじゃまどろっこしいな、はよう言え」


 近くの提灯の灯りに顔を半分照らした百目鬼は、身体中の目を閉じながら、風に身を任せるように力を抜いた。


独奏者ソリストから今は交響曲シンフォニー……キミのハートはなんて叫んでいる?」

「僕はこの目で全部見ていたよ。たった数週間で一人ぼっちから大の人気者になってしまったキミは、一体どう言う気持ちなんだい? とは、キミにとって一体どう言う存在なんだ? ……と申しております」

「はぁ、なんじゃその質問は。おぬし人を舐めきった態度のクセに、意外に感傷的なんじゃのう」


 手を上げたヨドミはさして考えるでもなく、重箱の中の伊達巻を摘み上げながら百目鬼の問いに答えていった。


「仲間がどう言う存在かじゃと? そんなものは決まっている。じゃ、じゃ。つまるところ儂のなのじゃ」

「……」

あやかしの世は全てが力じゃ。力のある者の元に集い、力の無い者は淘汰とうたされる。それがこの世の常であって、頭から力で押さえ付ければ……ほれ見よ」


 ヨドミが顎で示したのは、周囲に騒ぎ立てられながら「『百目鬼組』ばんざーい」と言いながら踊る、柿男とがんばり入道、尻目の変態三人組の楽しげな姿である。


「誰でも簡単に儂の力に……になるのじゃ」


 ヨドミの解答を受けた百目鬼は、少し目を開いてから、流し目で「そうだね」と囁いた。するとヨドミはヘラヘラしながら百目鬼の横顔を窺うようにする。


「なんじゃおぬし。よもや友情は無類のものだとでも思いたかったのか? 巨大組織『百目鬼組』のおぬしならとうに理解しておるだろう。友情などと言うのは、利害関係の上でのみ成り立っているのだと言うことを」

「……うん」


 百目鬼は視線を向こうへと投じた。そこでは『百目鬼組』の妖怪たちが甘酒を飲み交わして笑っている。


「でも、僕は時折思うんだ」

「え……お、おぬし……だっさい詩はどうしたんじゃ……?」

「もし僕が弱かったら、今後誰かに情けない負け方をしたら……今こんなに慕ってくれているみんなも、僕の前から去っていってしまうのかなって」

「ちょ、調子狂うのじゃ……」

「それは少し……寂しいなって」


 後退りしたヨドミは、憂いの目をした百目鬼へと緩く首を振る。


「なに言ってんじゃ、変な奴じゃの」


 一迅の風に髪をかき混ぜられた百目鬼は、前髪を抑え込みながら、杯の中に映り込んだ満月を喉の奥へと流し込んだ。

 ヨドミもまたつられる様に杯を仰ぐと、伏せた視線の先にヨシノリくんの笑顔を眺める。


「強い弱いに関係無く。好いとる者と共にあるという選択肢も……あるのかもしれん。だってその方がじゃろう?」

「……おもしろ、い?」

「まっ、言ってみただけじゃ。やはりあやかしの世界は力が全てなのじゃからな」


 百目鬼の全身に渡る目がその時見開いていた。何故ならその言葉を、その一言をこそ彼は待っていたのだと、その瞬間に気付かされたのだから。


「お嬢様、普通に好きって言ってましたよ」

「ハァアっ?!! それは!! とと、友達としてに決まっておるだろうがハゲ!!」


 沈黙の最中、そんな事を口走ってしまった自分に気付いて赤面したヨドミを、大五郎はニヤニヤしながら見下ろしている。


「いえ、ハゲではなくスタイルです。自分で望んで剃り落としたのです」


 ドンチャンやってる喧騒の中で、ヨドミと百目鬼は杯を打ち合わせる。

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