第26話 厠の妖怪


「ヨドミちゃん、僕おしっこに行きたいよ」

「なっ! そんな事報告せんでいいわい」


 そそくさと公園のかわやに走っていったヨシノリくん。ヨドミたちもベンチに座って一息つく事にしたらしい。


「ふむふむ、無所属狩りはメチャクチャ快調であるな爺! とりあえず奴らはいま儂が一時的に所属しとる『百目鬼組』の舎弟として抱え込んでやったわ。百目鬼との約束通りに儂が組を乗っ取る日もそう遠くないのう」

「ふむぅ……」

「それにしても、オカッパくんの“トラブルメーカー”っちゅう体質はほんまもんやね。夜の提灯に蛾でも群がって来るみたいにあやかしが集まってくるやんか、僕ビックリしたわほんまに」


「ぎゃぁぁあヨドミちゃーーん!!」


 厠の方から聞こえたヨシノリくんの悲鳴――

 振り返ると、かわや覗き込んでいる背の高いあやかしを目撃する。悲鳴にも似た乾いた声で豆狸はヨドミに言った。


「ま、また変態や……あの坊さん、宙に浮いて格子の隙間からオカッパくんのトイレを凝視してはるで!」

「あ、あいつは厠を覗く怪異――“がんばり入道”じゃポン!」


 用を足しながら向かい合い、壁の格子からジロリとがんばり入道に見つめられたヨシノリくん。


「ふぅぅえ、ふええええ! おしっこ、止まらないよ〜」

「がんばれ。がんばれ……」

 

 謎の坊主に励まされながら、大号泣しておしっこを続けているのは誠に妙な光景である。しかしどうやら出始めたものを途中で止める事は叶わないらしく、時が止まったかの様に眉間にシワを寄せた入道と、ヨシノリくんは視線を合わせ続けた。


「がんばれ。がんばれ……フンっ」

「ひぎゃっ!」


 格子を掴んで息を吹き掛けて来たがんばり入道。すると彼の吐息に乗って、口からホトトギスが飛び出してヨシノリくんの頬に炸裂したのだった。

 白目を剝いて、おしっこしたままひっくり返ったヨシノリくん。厠の中ではピィピィホトトギスが鳴いている。


「がんばれ……うぅん、がんばれ。がんばれ」


 迫真の形相でトイレを覗き込んだまま、どうしてなのかヨシノリくんを応援しているがんばり入道。駆け付けたヨドミとポンはこの奇怪な状況に目を回したが、兎にも角にもこの怪異を退けようと殴る蹴るの暴行に及ぶ……だがしかし、がんばり入道とは心霊の類なのか、こちらの攻撃をするりするりとすり抜けてしまうのであった。


「なんじゃ、全然触れられんぞ!」

「アダぁっ!! せやのになんでそっちのホトトギスはこっちに干渉出来んねん、ズルいやんか!」

 

 吹き矢の様に口からホトトギスを繰り出して豆狸にブツケて来たがんばり入道。しかして此奴に対抗の手立てが無い。


「心霊系の怪異には、念仏や呪詛を唱えるのが有効ですよお嬢様」

「なんじゃ!? こいつを退ける呪文があるというのか爺!」

「そうです。しかし爺が協力するのはここまで。ご自身の力で成り上がらなければ意味がりませんから」


 腕を組んで考え込んだヨドミだが、スコンと額にホトトギスを食らって仰け反った。


「ぐぬぬぅ……それじゃあ全くわからんぞ、ヒントをくれ爺!」

「全く……仕方のないロリガキですね」

「誰がロリガキじゃと?!!」

「ヒントも何も……目の前に見えている光景をそのまま唱えるだけですよ。このがんばり入道は敵にもヒントを与えるフェアなあやかしの様ですから」

「目の前の光景を口にするだけじゃと!!?」


 大号泣の言葉を腹の中で繰り返したヨドミは、周囲を見渡し見たままの光景を口にする。


「ヨシノリ!! カワイイ!!」

「ポっっ!!? なんや隅に置けまへんがな姉さん、やっぱりオカッパくんの事そんな風に思っとったんですかぃ!」

「だっ……が! 違わい、今はちょっと気が動転して――」


 だがしかし、ヨドミの額にまたホトトギスが飛んで来た。


「ぐぎゃー! 違うわ、別の呪文じゃ」

「僕に任せといて姉さん! いくでぇ――がんばり入道は変態!」

「……! ぅ、ううう……がんばれぇ」


 少しよろめいた感じのがんばり入道であったが、またもやホトトギスを飛ばしてポンにブツケて来た。


「少し聞いたようじゃ、近いぞポン! もしや奴の名が呪文に入るのかも知れん」

「あイダダダ!! 姉さん次に決めて欲しいわぁ、このホトトギスのくちばし、地味に痛ぁて敵わん」

「ホトトギス……? 奴の名前? まさか――」


 大きく息を吸い込んだヨドミが、ふわふわと宙を漂う入道に向けて呪文を唱えた――


!!」

「ぁ……ああ……うわぁあ」


 しおしおと縮んでいった入道は、胸を抑えて苦しみながらヨドミに向かって平伏の姿勢を取るのであった。

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