第25話 変態“柿男”、山の妖“オクリイヌ“”


 放課後、ヨドミは大五郎にポンとヨシノリくんを引き連れ、百目鬼どうめきとの約束であったへと繰り出していた。


「しかし姉さん。どうやって奴等を誘き出すつもりなんや? 姉さんが無所属狩りを企んどるっちゅう話しはもう知れ渡っとる筈やから、あやかし探しには難儀するんと違うかなって僕は思うんやけど」


 まだ陽の高い帰り道。豆狸は頭の後ろに手をやりながら、ヨドミのボーイフレンドを一瞥していった。


「やった……ヨドミちゃんが僕を誘ってくれた。つまり僕もこれで『狐組』に……」

「なんでなんかなぁ。姉さん昨日、この人間は組に入れん言うてたがな。やっぱりこのヨシノリくんとかいうのに特別な感情でも抱いとるんかいな」

「バッッ!! ポン、黙らんと陰嚢引きちぎるぞ!!」

「なんでそんな事言うんっっ?」


 下腹部を隠して息を呑んだ豆狸の肩に、大五郎はそっと手を置いていた。


「そうですその通りなのです。お嬢様はあのヨシノリくんの事が――」

「わぁああー!! わーー!! 儂はヨシノリをおとりにして妖怪を誘き寄せとるだけじゃ!!」

「ええっ、そんなぁひどいよヨドミちゃん、僕を餌にしようって魂胆なの?」

「成程〜、流石は姉さんや。“人間”はあやかしを引き寄せる体質やもんな」


 泣きべそをかいたヨシノリくんを先頭にして歩いていると、やがて前方の木陰に人影が出現したのに気付く。

 

「お、早速見つけたのじゃー!!」


 ヨドミが一目散に駆けて行く先で、全身柿色の男がふんどし一丁で頭に緑のヘタを付けて小躍りしている。縁の無い眼鏡を指先で直していった大五郎が、誰にともなく解説を始めた。


「妖怪“柿男”……別名“たんころりん”やら“柿の精”とも呼ばれる由緒あるあやかしなのですが――」


 迫るヨドミへと迫真の表情を向けた柿男は、自分の尻を弄りながら叫んだ――


「俺の尻から出た柿を舐めろーーー!!!!」

「――彼は、放送コードぶっちぎりのなのです」

「オラァアアア、甘いんじゃあああ」


 柿男に巻き付かれたヨシノリくんが、口に何かを詰め込まれそうになって喘いでいる。


「やめてぇえ、やめてよぉお!」

「ヨシノリーーー!!! おのれぇ、くらええ“狐火”!」

「ぐっっピィいいい!!」


 蒼い炎に巻かれていった柿男は、炎の中でも小躍りをやめない天晴れな男だった。


   *


 裏山へと続く木立の合間、強い傾斜の登り坂をヨシノリくんに歩かせていると、背後にピタリとつけて来る存在に豆狸が気付く。


「姉さん、後ろから“オクリイヌ”がつけて来てるで。それにしても、ほんまにこのヨシノリくんて姉さんのボーイフレンド、不幸の極みみたいな体質やな。結構厄介なあやかしがほいほい吊れるやんか」

「ボーイフレンドではない! ……だがそうじゃな、ヨシノリは他に類を見ないレベルの幸薄男じゃ。一歩間違えれば食い殺されんという怪異にバンバン憑かれるんじゃが……どういう訳かギリギリの所でいつも助かる」

「姉さん、ようそんな人間とずっと一緒におったな」


 登り坂を上がっていくヨドミのスカートの中を、腰を折り曲げ凝視しながら、大五郎は“オクリイヌ”について解説を始める。


「“オクリイヌ”は山道をつけて来る獰猛な山犬の妖怪です。オクリイヌが背後に居る場合、決して転んだり、つまずいたりしてはなりません。そうした場合、情け容赦も無くあの鋭い牙の餌食となる事でしょう」


 振り返ってみると、ヒタヒタと微かな足音を立てながら、四足歩行の影の獣がヨシノリくんに迫っていくのをヨドミは見た。


「うわぁあ! ツタに足がぁあっヨドミちゃぁああん!」


 ――流石は不幸体質のヨシノリくん。オクリイヌの存在にも気付かぬ内に、ナチュラルにつまずいて山道に尻もちを着いてしまった。


「ヨっ、ヨシノリ!」


 慌てたヨドミがそう声を上げると、目にも止まらぬ速度の影が、風巻を起こしながらヨシノリくんに覆い被さろうとしている所だった。

 ヨドミと豆狸がハッと顔を覆ったその時、山間にこだましていったのは、大五郎による一声であった。


「おやおやヨシノリくん。そんな所で腰掛けて休憩ですか?」


 その声で、牙を剥いたオクリイヌはピタリと止まっていた。頭からかぶりつく寸前であったヨシノリくんへと、鋭い牙から涎を垂らしながら言い始める。


「なんだと? お前は転んだのでは無く、休憩していただけなのか?」

「えええっ!! ええ、あわあわわ」

「答えろ!」

「は、はいぃ」

「そうか……転んだのでは無く、休憩しただけだったのか。それなら俺はお前を食う事が出来ないな」

「いい??!! いいぃ……っ」


 口を閉じて茂みに潜っていったオクリイヌ。そこから目を光らせて再びヨシノリくんを注視している事がわかる。


「おい、オカッパくん……二度と転んだらあきまへんで、次転んだら命は無いと思った方がええ」

「そ、そんなぁあ、豆狸くぅんん助けてよぉお」


 涙で前が見えなかったのか、ヨシノリくんはすぐに石につまずいて前のめりに倒れ込んでしまった。


「あっかん、言ってる側から! もう終いやぁ」

「ヨシノリがオクリイヌに食われてしまう! そうじゃヨシノリ、オクリイヌは単純じゃ、どうにか言い訳して転んでない事にするのじゃー!!」


 飛び掛かって来た黒い影を頭上に、ヨシノリくんはヨドミに言われた通り、咄嗟の機転を利かせ「どっこいしょ」と叫んだ。


 またもや制止したオクリイヌはヨシノリくんを睨め付けながら唸った。


「どっこいしょだと……?! お前今どっこいしょって言ったのか!」

「ぅええ、そそ、そうだよぉお」

「……という事は故意にそこに腰を掛けたという事。休憩していただけだったのか……なんて紛らわしい奴なんだ、もう一歩遅ければ、転んだ訳でも無いお前を食らってしまう所だったぞ!」

「ご、ごめんよぉお」

 

 しぶしぶと藪に戻って行こうとするオクリイヌを、豆狸が巨大なきん○まを広げて包み込んだ――


「ヨッシャーー!! 捕まえたで姉さん、こいつほんま純情な奴やで!」

「良いぞポン! 犬には首輪を付けてやるのじゃー!!」

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