第18話 ガチホラー!悪皿
晩御飯を食べてお風呂も済ませたヨシノリくんは、早くもせんべい布団に入り込みながら不安げな視線を天井へと投じていた。そうして震えた手でアクサラに触れられた左の頬をさする。そこに何の傷が表れた訳でも無いが、確かに奴に
身震いしたヨシノリくんは、泣き出しそうになりながら布団の中で丸まる。既に部屋の電気は豆球に変えてあって、二階の窓から見える世界は闇に変わっている。
――ほほ……ほほほ…………
夕刻に耳元で聞いたアクサラの笑い声が、頭の中に微かに聞こえて来た。気のせいだと思い、サムイボの立った腕をさすっていると、また――
――ほほほ、ほほほほ。ホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ
「わっ!」
――気のせいではない……夜の静かな闇に紛れて、確かに耳に流れ込んで来た高笑い。その声が徐々に大きくなってくる感覚に気付いたヨシノリくんは飛び起きると、窓にかけていたカーテンを開いた――
『ホホホホホホホホホホホホホホホほほほほほほほおおおおほほおほおほおほほほほおほほほほほほおほほ』
「ふわぁあああぁああああ!!!」
そこに見たのは、家から家へ屋根を飛び伝って迫り来ていた、赤いワンピースの姿。
二メートルを超える巨体に、ここからでも異様に映る顔の半分程を覆った巨大な歯。くり抜かれたかの様な空虚な眼窩――!
「ガチっホラぁあああああ――!!」
大パニックに陥ったヨシノリくんは、アクサラには気付かれまいと押入れの中に潜り込んだ。せんべい布団の方にはカモフラージュにいっぱいのぬいぐるみを詰め込んでそこに誰か居る様に見せ掛けている。
ガタガタ震えながら、押し入れの中の暗闇でジッと体を固める。その吐息も心音さえもがうるさいと感じる位に、蝋の様にカチコチに固まって。
窓一枚隔てて側まで飛来して来た笑い声……大きくて不気味な笑い声は……そこでピタリと止まる。
「――ヒ!」
僅かに見える襖の隙間より目を覗かせて、ヨシノリくんは声を出してしまった。それは窓にべったりと顔を付けて固まっているアクサラの姿を目撃したからだった。
その少年の声に気付いたか、亀裂が入ったかの様に、吊り上がっていったアクサラの口角。
次の瞬間――激しく揺れ始めた窓……今に割れてしまいそうな振動に紛れて、窓にしっかりと掛けていた錠が上がり始めているのに、ヨシノリくんが気付ける訳も無かった。
「――ぁ!」
――音を立てて開いた窓。冷たい風が流れ込んで来て体が冷える。
背を屈め、ヨシノリくんの部屋で立ち尽くした真っ赤なワンピースの女は……盛り上がったせんべい布団の方へは目もくれず、おほほと高笑いしながら、押し入れの方へと手を伸ばして来る……そして――!
「み。つケ……たぁ」
恐怖で声も出せなくなったヨシノリくんを虚空の目で見下ろし、アクサラは壊れたラジオみたいな声の抑揚で、少年へと急速に顔を近付けて、その大口を開けた――
――バクン……
頭からかぶりついて、ゴリゴリ咀嚼する巨大な口……
「あれ?」
そんな声を出したアクサラは、煙に消えたヨシノリくんの姿に目を瞬き――口の中で転がしていた
「どオラァあああ、本物のヨシノリはここじゃー――!!!!!」
「ビクゥつ!!? え、ナニナニ、え??!」
部屋に飛び込んで来たヨドミ――本物のヨシノリくんはす巻きにされて豆狸が引きずって来ている。
「ワァーッハッハッハ!! バーーッカ、貴様が食らうたのは、儂がヨシノリに变化させた油揚げだったのじゃー!!」
「ひぃやぁーはっはっは!! 姉さん見てみい、あのアクサラのポカンとした顔! ひぃやぁははっ姉さんとおると退屈しまへんわほんまぁ!」
「お前ら、何……何で?」
すると顎を上げたヨドミは一歩前に出て瞳に蒼い炎を滾らせた。そこにこもった激情を悟ったアクサラは、肩を強ばらせ、首を窄めながらアワアワ言うのだった。
“爺特製の油揚げ”を頬張ったヨドミは、顎を尖らせた悪魔の様な微笑みでアクサラをすくみ上がらせる――
「ヨシノリがどうなろうと儂には知った事では無いが……ただ――」
「た……
ヨドミの声をおうむ返しにした悪霊へと、三本になった尾の影が落ちた――
「儂の身の回りの者に危害を加えると言う事は『狐組』に楯突く行為じゃと知れ……」
「ちょ、ちょっと待ってください、私は“百目鬼”くんに言われてアナタを試していただけで……ひ、ヒィいいイイイイイ――」
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