第17話 近代怪異、アクロバティックサラサラ
帰宅中。
ヨドミによる全校生徒への宣戦布告は、小学校のみならず『修羅町』全土にまで響き渡っているのだった。
緩やかな清流に沿って川上へと行く道すがら、ヨドミは
「キツネの姉さん、姉さんは今日学校中に宣戦布告したんですわ、いつ何時襲撃されるかわかりませんがな! もっと気を引き締めていかんと!」
「そうじゃが、なんでおぬしが慌てふためいておるのじゃ」
「姉さんが負ければ僕までボコボコにされるんや〜、これ以上
涙目の豆狸を見やり、ヨドミが振り返ると大五郎が言った。
「
わかったようなわかってないような表情で、上を向いたヨドミは手を打った。
「ふぅむ、心配するなポン! おぬしは儂の『狐組』記念すべき第一の舎弟じゃ、おぬしに危害を加えるものがあれば、全勢力を上げてそいつをブッ飛ばしてやる」
「全勢力って言ったかて、まだ僕と姉さんしかおりませんがな。あ〜、今攻め込まれたら終いや、はよ傘下を増やさんとおちおち町も歩けまへんで」
豆狸の心配も他所に、大手を振って有頂天になっているヨドミ。昨日まで彼女に見向きもしなかった妖怪が、羨望の眼差しを向けてくる快感を感じる。
ヨドミを遠目にしながらヒソヒソやっている町の妖怪たちを見渡しながら、大五郎は独りごちる。
「時代ですかな、爺の時代にはいなかった
「どうしたのじゃ爺! いくぞー!」
白雪家の再興も間も無くだと天狗になったヨドミ。空を見上げる位に胸を張りながら歩んでいると、後方より追いかけて来る足音に振り返る。
「ヨドミちゃ〜ん、すっかり有名人になったみたいだね、みんなが見てるよ〜」
「なっ……ヨシノリ! お前はまた性懲りも無く儂に付き纏うか!」
「ふぅ、なんや人間かい、驚かせんで欲しいわ……」
「来るななのじゃーヨシノリー!!」
少年を避ける様に走り出したヨドミ。少女に並走しながら豆狸は問い掛ける。
「どうしたんや姉さん、そんな逃げる事無いがな、可哀想やろあのオカッパくん」
「黙れポン! お前は奴の体質を知らんのじゃ、今は出来るだけ奴とは関わりたいないんじゃ!」
「はぁ、体質やって?」
「そうじゃ! 奴は……奴はだなぁ――!」
――その時二人は、ヨシノリくんの悲鳴に後ろ髪を引かれる。
ヨドミとポンが振り返ると、異様な程に背の高い赤いワンピースの女が、ヨシノリくんの首根っこを掴んで宙吊りにしていく所だった。
「うわぁぁあ、ヨドミちゃーん!ー助けてー!!」
大五郎ですらが首をひねった謎の
今に取って食われそうになっている人間を見上げながら、豆狸はアッと声を出す。
「ありゃ『百目鬼組』の“アクロバットサラサラ”やで! なんてのに見付かってしまったんや」
「ポン! ヨシノリはな、不幸を呼び寄せる体質……トラブルメーカーなのじゃ! じゃから奴には関わりたくなかったんじゃ!」
次に豆狸に向けて首を傾げたのは、意外な事に大五郎である。
「アクロバ……? なんですかそれは、妖怪“高女”にも似ていますが、あれよりもずっと禍々しい……なんというか悪霊に近い雰囲気を感じます」
「奴は都市伝説が産み出した近代怪異や。せやから大五郎はんが知らんのも無理無いですわ……あぁー、それよりどうするんで姉さん」
アクロバティックサラサラ――もとい
「どうするもこうするも……儂とヨシノリはもう友達でもなーんにも無いんじゃ、どうにかしてやる義理など無いのじゃ!」
「でもあのオカッパ、このままだとアクサラに魅入られて呪われてまうで?」
「なんじゃと?」
神妙な面持ちで振り返ったヨドミに、豆狸は続けた。
「だから頭を抱えてるんや、僕の“無限お化け屋敷”に誘い込んでも、恐ろしゅうて誰も奴には手出しせぇへん。アクサラには誰も手出しせんてぇのが、僕らの中にあった暗黙の了解だったんや」
あの豆狸でさえもが、アクサラの恐ろしい見た目に体を震わせている事にヨドミは気付いた。
「それでどないするんやキツネの姉さん、あのオカッパ、友達なんやろ?」
「……」
「まだ
「――知らん!」
ヨシノリくんに顔を近付けたアクサラは「お前に決めた」と呟いて、少年の頬を撫で上げた。その瞬間に刻まれた呪いの印によって、ヨシノリくんは呪いに掛かってしまったのだった。
アクサラがその場から溶ける様に姿を消すと、そこには尻もちを着いた少年が残された。
「助けてよヨドミちゃーん、僕アイツに呪われちゃったみたいだよー、怖いよー!」
だがヨドミはヨシノリくんには返答せずに帰っていってしまう。
「冷たい人やな姉さん……ま、それならそうと僕にも助ける義理なんて無いけどね。それにしても気の毒やなぁあのオカッパくん、夜になったらまたさっきのが現れてどうにかされてまうんやで」
「ヨドミちゃ〜ん、うわぁあーん、僕怖いよー」
「ヨシノリがどうなろうと儂の知った事ではないのじゃ!」
鼻を鳴らしたヨドミは結局、ヨシノリくんへと一瞥もくれる事無く立ち去っていってしまったのだった。
「お嬢様……」
悲しげにした大五郎の声が、夕暮れに変わり始めた空へと立ち昇って消える。
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