三章 百の目を持つ鬼
第16話 第三勢力『狐組』
放課後――
ヨドミが『覚組』のナンバスリー、豆狸を成敗したとの噂は瞬く間に学校中に知れ渡っていた。
クラスメートに取り囲まれたヨドミは、椅子の上に立ち上がって高笑いする。
「ワーッハッハッハ! そうじゃー、儂があの豆狸を倒してやったのじゃー! 奴は儂の舎弟なのじゃ、見よ!」
ヨドミが手を打つと、何処からともなく豆狸が現れ膝下にかしずいた。あの恐ろしい豆狸が、呼ばれて「ポン」と返事をした立派な従僕ぶりに皆は呆気にとられていた。
「凄いなヨドミの奴……“妖狐”になったって話は本当だったんだ」
「信じられないにゃ、あの『覚組』の勢力をたった一人で塗り替えたにゃん」
「ヨドミ、豆腐食うかー?」
「なんじゃーおぬしら……これまでとはえらい態度の違いようじゃ。ワーッハッハ、まぁいいわ。長い物には巻かれろと言うしのぉ」
調子に乗り切ったヨドミの耳元へと、大五郎はそっと囁き掛けて来る。
「
「強い者か……クックック、その様じゃなー大五郎!」
するとそこで、二つに分かれた“猫又”の尻尾の間からヨシノリくんがひょっこりと顔を出した。
「僕、ビックリしたよ! 昨日まで僕とおんなじ人間だったあのヨドミちゃんが、あの豆狸を倒して、学校中に宣戦布告までするだなんて!」
「ぇ……あいや、その件はじゃのう、ちょっとした手違いと言うか、うちの執事が勝手に……」
猫の尻尾にペシンと弾かれていったヨシノリくん。ヨドミが宣戦布告の件を釈明しようとすると、“そろばん小僧”がパチンパチンとそろばんを打ちながら話しに割って入って来た。
「これは『覚組』と『百目鬼組』に対抗する第三勢力――『
クラスきっての頭脳派であるそろばん小僧の言葉を、皆もうんうん頷いて聞いていた。ヨドミはと言うと、『狐組』という甘美な言葉の響きに酔いしれたまま、宣戦布告の件を釈明する事も忘れてしまっているのだった。
「すごいよヨドミちゃん! 僕も『狐組』に入れて! きっと一生懸命尽くすからさ!」
「うるさいわんヨシノリ。人間なんておっても戦力にはならんのだから、あっちいくわん」
「そんな〜、でも僕、何があってもヨドミちゃんの味方だよ。何があったって絶対に裏切らないよ、だってヨドミちゃんは僕にとって大事な――」
ヨシノリくんの純朴な瞳に気付き、次の言葉を胸をドギマギさせながら待っていたヨドミ――
しかしヨシノリくんはと言うと、そんな少女の恋心にも気付かずに、無神経な言葉を口から放り出すのであった。
「――大事な、
それを聞いて不機嫌そうに唇を突き出したヨドミ。
「とりあえず豆腐食うかヨドミ」
「いらん“豆腐小僧”」
しきりに口元へと近付けられて来る豆腐を遮り、ヨドミはヨシノリくんへと指を突き立てる――
「“人間”のお前なんぞいるかー!!」
「そ、そんな〜酷いよヨドミちゃん! 僕が一番ヨドミちゃんの事を考えているのに〜!」
「ふ〜〜んだっ、じゃ!」
「あっちに行くわんヨシノリ〜、ひっく……」
ひょうたんの中の甘酒でへべれけになっている二足歩行の“人面犬”に突き飛ばされたヨシノリくんは、そのまま転がっていって“おとろし”にドスンとのしかかられた。巨大な顔の青い獣の下で、ジタバタもがくヨシノリくん。彼の哀れな姿を見やり、ヨドミは感慨深く思っていた……昨日までは儂も一緒に下敷きにされておったのに、と。
「妖怪の世界は力が全て。それすなわちこういう事なのじゃヨシノリ。お前との関係も、所詮かりそめでしかなかったんじゃ。強い者の元に自ずと仲間は集って来る……もう儂は弱いおぬしに用など無いのじゃ」
そっぽを向いたヨドミ。大五郎はその背後で緩々と首を振っていた。
クラス中がヨドミを持てはやす雰囲気の中、それが気に入らないと。教室の後ろでくだを巻く者たちがいた。言わずもがなそれは、河童、小豆洗い、枕返しの三名である。
「ヨドミの奴め、まぐれで勝っただけで調子に乗りやがって……いつか痛い目に合わせてやるッパ!」
「心配する事はないジャラよカッパくん。ヨドミの宣戦布告は学校中に響き渡ったシャキ。これからの奴の学校生活に安寧はないジャラ」
「……!」
「枕返しもこう言ってるジャリ」
「そうだッパ。いい気になっていられるのは今のうちやでヨドミ〜、今日からお前は、あの恐ろしい『覚組』と『百目鬼組』に付け狙われるんやからな〜、カーッパッパッパ!」
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