第13話 目醒める九尾の因子


 髪を逆立て激情したヨドミ。其の瞳に燃え上がる蒼ノ焰に刮目しながら、大五郎は口元を震わせる。


「あの瞳こそ……お母様と同じ――っ!」


 古ぼけた家屋より飛び出し庭園へ。何処いずこよりこの地を見つめる豆狸へと向けて、九尾の因子が牙を剥き始めた。


「儂を……こんなに恐ろしい所に閉じ込めておくつもりじゃとぉ……?」


 おもむろに大五郎へと差し伸ばされた手。爪の立てられた掌へと所望されているを執事は悟り、こんな時にとタッパーに入れて持ち歩いている“味付け油揚げ”の一枚を早急に投げて渡す。

 白雪家の夕餉ゆうげに毎晩並ぶ素うどん。そこにあった筈の油揚げは、しつけ用として大五郎が厳重に保管、持ち歩き、適宜取り出せる様にしているのだ。

 皿の如く投げ放たれ、手のひらに着地した味付け油揚げを、ヨドミは思い切り頬張った。


「この儂が負けを認めてやると言っとるのに、言うに事欠いていたぶってやるじゃとぉ! こぉんなお化けだらけのボロ屋敷でぇ!!」


 次の瞬間に、ヨドミの全身より妖気がほとばしって白き妖狐の尾が三本となる――


 余りの気迫にやや動揺した豆狸であったが、いくら凄もうとヨドミにはもう抵抗する術がない事を思い出し、夜空に顔を浮かべたままイヤらしい笑みを見せた。


『た、確かに凄い妖力やけど、虚勢を張ったって無駄なもんは無駄やで〜。だって姉さんが出来んのは、“油揚げ变化”と“空飛ぶ油揚げ”っちゅうしょうもない能力二つだけやろ。僕の“無限お化け屋敷”の中では、そんなん無駄に決まってるやん』


 下卑た笑い声が空にこだまする中で、顔をうつむかせたヨドミに豆狸は気付く。


「そう……思うのか?」

『はぁ!? なんやねんな姉さん……』


 不気味にも見える妖力の解放と、ヨドミを中心にして旋回を始めた無数の油揚げを見下ろしていると、豆狸の脳裏に何やら不穏な直感があって、冷たい汗がこめかみから顎に伝っていくのを感じる。


「本当にそう――思うのかって聞いておるんじゃ!!」

『ポンっ??!』


 次にヨドミが蒼く燃え盛る眼光を上げた瞬間――周囲を激しく飛び回っていた油揚げが、一斉に蒼く燃え上がる火の玉と化したのである。


『ぽポンッ?!! 火の玉? なんでそんな能力隠しとったんや姉さん!』


 飛び上がった豆狸は仰天してひっくり返る。感心した様子の大五郎は、レンズの奥の細めた目を、主の雄姿に向けながら瞬いていた。


「それはまさに――“狐火”……お嬢様、一体どうやってその様な能力を……?」


 ヨドミは右手を水平に掲げ、そこに寄り集まった火を凝縮して巨大な火の玉を形成していく。闇に描かれていく炎の軌跡はまさしく踊る様で自在だった。

 衝撃的なエネルギーにメラメラと顔を照り輝かせたヨドミは、毛をなびかせながら大五郎に答えた。


「よく絞り、乾燥させた油揚げは――」

「……!」


 ゴクリと大五郎が生唾を飲み込むと、ヨドミは絶叫するの様な声を上げていた――


「――――よく燃える!!」

「ば、馬鹿な……その様な理屈で?」


 怒りの力で微かな“発火”の能力に目覚めたヨドミは、その火を油揚げに着火して“狐火”と変じたのである。

 燃え立つ炎の熱波を感じて、豆狸は顔をぶんぶん振り始める。


「待て!! 姉さんそのおっかない火の玉で何をする気なんや!」

「何って……お化けも屋敷も全部燃やし尽くすに決まっとるじゃろうがぁあ!!」

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