第11話 怪異!無限お化け屋敷


 早々に現れた“豆狸”に、ヨドミは絶望の声を上げていた。その声の余りの大きさに耳を塞いだ豆狸は、赤いジャケットを羽織り直しながら首を横に振る。


「なんやねんなぁ藪から棒に。僕は『覚組』の舎弟頭さかいに、可愛い部下がナメられた言うから早々にお礼参りに来ただけやがな。むしろ仕事熱心て褒める所違いまっかぁ」

「く……やはりお前が、あの豆狸か。こんなに早く来るとは、恐れていたことが現実になってしまったのじゃ」


 粋がる『無意味三人衆』の喧騒を他所に、豆狸は顎を上げながら大五郎の存在をちらりと視認する。


「お付きの人もおるんかいな、逃げるなら今やで。僕がお礼すんのはそこの姉ちゃんだけやさかい」

「お気遣いなく。私は白雪家の執事として、御家復興の歴史をこの目に留めておくだけですから」


 フンと鼻息を吐いた豆狸は、あそうかいな、と呟きながらを暗くしていった。

 唖然とするヨドミが逃げる間もなく、蓋を被せられた空に影が落ち始め、やがてそこに天井が、壁が、襖が具現化していって、気付けばヨドミと大五郎は、古びた廃屋の闇にぽつねんと佇んでいる事に気付く。


「ひぃっなんじゃぁあ!! 急に景色が?! いかにもお化けが出そうなボロボロの日本家屋に変わってしまったぞ!!」

「……ふむ」


 青褪めながらジタバタとやるヨドミに、後ろ手に直立を続ける大五郎。


「ウワァァア!! お化けは嫌なのじゃあ、まんまと豆狸の術中にスッポリハマってしまったぁあ!!」


 どんよりとした暗黒の中、軋む床板。屏風の向こうにほ剥がれた襖が見え、土壁は所々と崩れていた。長くそこに放置されていたかの様な廃屋は驚く程にリアルで、壁や天井の質感は無論の事、その場を満たす凍て付く空気さえもが再現されているかの如く感じられた。

 壁を打ち破ろうともがいたり、走り回ったりしているヨドミを大五郎は制する。


「ぎゃあああああ!!」

「お嬢様……あれを」


 大五郎に示されヨドミが目にしたのは『進行方向→』と書かれた大きな張り紙である。さらに目を凝らしてみると、何やら細かく書いてあるのに気付く。


「ここは逃げ場の無いお化け屋敷。ここを出て僕の元に辿り着きたくば、道順通りに進んでゴールを目指す事だ……だそうですお嬢様」

「ぐぬぅああっ! 確かに窓も襖も示された方向以外はびくともせん! しかし、しかしじゃあ……儂はお化け屋敷なんぞに付き合う気は毛頭無いぞ! 絶対ぜったーい嫌じゃからな!!」


 頑としてその場を動き出そうとしないヨドミ。腕を組んでそっぽを向いてしまった所で背中から声を掛けられた。


「はよ行かんかーい」

「だ、黙れ大五郎! お前に儂の気はわからんのじゃ! お化けなんぞの類だけは儂は何があって絶対に――」

「え、どうしたのですかお嬢様」

「は……?」


 振り返ったヨドミであったが、大五郎は周囲を散見しながら直立している。……なれば先程の声は? と思っていると――


「はよ行かんかーい!」


 側に立て掛けられていた屏風の上より、恐ろしく背の高い女が体を出して、ヨドミの脳天スレスレに顔を近付けたて黒い髪を垂らしていた。


「ひっギャアアア――!!!」

「あ、お待ち下さいお嬢様、そちらは進行方向とは――」


 その名の通り、屏風の上から覗き込んでくる“屏風覗き”に絶句させられたヨドミが目を回したまま走り出す。そうして無茶苦茶になりながら、示されていた進行方向とは違う、破れた障子の方へ行って戸を引こうとすると――


「――――ヒィっ!!!」


 障子の格子の一つ一つより、無数の目が開いてヨドミを見つめ出した。


「わっピャあぁあああ!!!」

「ふむ、“目目連もくもくれん”ですか、家に取り憑くとかいう」


 大パニックのヨドミは、進行方向の襖を開いて長い廊下へと飛び出していく。


「あ、明かりじゃ! 提灯があるぞ」


 長い廊下の折れた先より、光が漏れ出して闇を仄かに照らしている。人とは光に寄り集まっていくという習性があると言うが、ヨドミもまた例外では無かった。……そう、つまりである。

 提灯かと思われたモノは突如と真ん中でパックリと割れて、火の灯った蝋燭を舌の様にして突き出しながら、その一つ目をまん丸にしてヨドミに覆い被さったのである――


「アンギャアアア あぢいいい!」

「ブララー、ブラー」


 細い竹の先端に結び付けられて上下し、落ちそうで落ちないその提灯の正体は“不落々々ぶらぶら”である。少し愛らしいルックスではあるが、そこに灯った火は本物なので熱い。


「焼ける焼け――……ん?」


 すると突然に、蝋燭の火が何者かに吹き消される息吹を感じた。闇に支配された廊下の先、破れた床板の側で右往左往としていたヨドミは、暗黒に目が慣れてきて徐々にと知覚した。


「ひ…………っ」


 鼻先が触れ合わんかとばかりに肉薄した――


「ぁ……なぁ……ナァアっっ!」


 白き老婆の恐ろしい面相を。


「火の用心……」

「セキエーーーーンッッ!!」


 “火消し婆”――闇を求めて火を吹き消す妖怪である。

 珍妙な悲鳴を上げて走る暴走列車の後に続いて、涼しい顔をした大五郎は何事も無さそうにその場を通り過ぎる。

 

「お化け屋敷ってこういう事ですか……あ、今のババアわりと爺の好みですね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る