第10話 大道芸神通力


「これは一体……っ?! お嬢様の妖力が、飛躍的に向上した!」

「は?!! なんじゃなんじゃ!? ホォアアッ!! 尾が、儂の尾が三本に増えとるッ!!」


 ヨドミが“爺特製の味付け油揚げ”を口にしたその瞬間、体内より凄まじい妖気が覚醒して尾の数が増えたのである。

 多少動揺した様子の大五郎は、ハンカチーフで額の汗を拭いながら冷静に分析を始める。


「普通の油揚げでは何ともならなかったのに、お嬢様の大好物のどん○○の油あ……オホンっ……爺特製の“味付け油揚げ”を食べたら妖力が覚醒した? ……それにしてもここまで飛躍的に向上するとは」

「じ、爺ー!! 力が湧き上がってスゴイぞぉ、儂は早くも覚醒したのかー!! ワーッハッハッハ! こんな事ならもっと早く味付け油揚げを食っておけば良かったのじゃー!」


 味付け油揚げをバクバクと食い尽くしたヨドミが、ほとばしる紫色の妖気を空へと打ち上げながら高笑いする。


「なんじゃこの妖力はー!! 今なら何でも出来そうな気がするぞおお!」

「お嬢様、何か新しく開花した能力は御座いませんか!」


 するとヨドミの懐より、無数の油揚げが独りでに浮き上がっていくのを大五郎は見た。宙に浮かんだ油揚げは、ヨドミの思う通りに動いて回る様である。


「爺、見よー!! これが儂のじゃー!! スゴイぞー!」

「……っ、お嬢様、折角それ程の妖力に溢れているのです! 何かもっと……何かもっと御座いませんか!?」

「うぅ〜む、やってみる!!」


 空飛ぶ油揚げを身の回りに旋回させたまま、ヨドミはあれやこれやと試してみた。


 ……五分後


「ギャァァァアァアア!!!! 油揚げを自在に漂わせる以外何も出来ないのじゃぁぁああ!!!」

「なんたる力の持ち腐れ……っ! あれ程のエネルギーを蓄えておきながら、たったそれだけしか出来ないのですか!!?」


 曇天の下、宙を漂うを油揚げの一枚が大五郎のハゲ頭にペタンと貼り付いた。


「うがぁぁあッ油揚げを思いっ切り人にブツケた所で何のダメージも残す事も出来んッ! なんて無意味な大道芸神通力なのじゃ!!」


 頭を抱え込んだヨドミ。しかもどういう訳なのか、三本だった尾は元の一本となり、空へと打ち上がっていた妖力も元の貧弱なままになっている。

 フレームの無い眼鏡の奥に、憐れむ様な目を携えながら大五郎は言った。


「特定の食品を口にする事で一時的に能力を向上するあやかしがいますが、まさしくお嬢様もその様な事でありましょう。……しかしリミットがたったので、発現する能力が“空飛ぶ油揚げ”とは……なんというか、面妖ですね」


 ヨドミの能力が、尾が一本の通常時から使用する事が出来る“油揚げ变化”と、尾が三本の状態になっている内にだけ使用する事が出来る“空飛ぶ油揚げ”という奇怪な二つである事が判明した。


「いやじゃぁああ!! めっちゃ強くなって無双する流れじゃっただろうが、こんなんでどうしろって言うんじゃぁあ!!」

「おいたわしや……」


 するとその時、屋上へと続く扉が開け放たれたのに二人は気が付いた。ドタバタとなだれ込んで来るのは、今朝方成敗した『無意味三人衆』である。 


「ヒャハーーッッパ!! おいヨドミぃ、やっぱりここに居たかぁッパ」

「今日こそ年貢の納め時ジャラ」

「……!」


 すっかりと小物に成り下がった口振りの三人へと振り返っていくと、ヨドミは目にする。彼ら三人を押し退けながら、屋上へと続く階段を上がってくる、赤いジャケット姿のグラサン狸少年の姿を。


「姉ちゃんがその“妖狐”かいな……ふぅん、聞いたとおりにけったいな能力してますなぁ〜」


 スターを気取った振る舞いの京都弁のチビが、サングラスを取ってたぬきヅラを露わにした。


「ほな悪いけど〜『覚組』に楯突いた落とし前、ここでつけていって貰いましょか~」


 早速にして堂々現れた“豆狸”に、ヨドミは顔を歪めて絶叫した。


「来るの早いんじゃぁクソガキィイ!!!」

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