第9話 覚醒……?
午前の授業が終わって
「ヨドミちゃん、一緒に食べよう!」
しかしヨドミは眉を八の字にして彼の誘いを断った。
「フン、儂はもう“人間”などではないのじゃ! お前とつるむのは辞めた、一人で食っておるがいいわ!」
「そんなぁヨドミちゃん、僕一人でご飯になっちゃうよ〜寂しいよ〜」
「ふ〜んだ、知るか知るかっ!」
泣きべそをかいたヨシノリくんを置いて、ヨドミは一人屋上へと向かうのであった。
*
階段を上がっていく少女のスカートの中を、下の段より凝視していた大五郎はヨドミに嘆息して見せる。
「ヨシノリくんの誘いを断ればご自分だって一人になってしまうと言うのに、何故強がるのですかお嬢様?」
「うっ、うるさーい! 儂は誇り高き“妖狐”じゃぞ、あんな人間なんかと一緒にいられるかー!」
首を振った大五郎は、ヨドミと共に屋上へと足を踏み入れた。そうして『修羅町』を一望出来るベンチに腰掛けると、一人寂しく曇天の街並みを遠景に眺める。
「なぁ爺、仲間とはどのように増やせばいいものなのかのう、儂にはそれがわからんのだ」
「……」
「いま豆狸に攻め入られたら儂はおしまいじゃな」
ひゅるりと冷たい風が吹いていった。珍しく少し俯いたヨドミ。そんな彼女の丸まった背中に大五郎は――今も友の期待を裏切った所ですよ……とは言えなかった。
「お嬢様、腹が空いては何とやらです。とにかく昼食に致しましょう」
「ん? 儂はいつもこの油揚げじゃ。スッカスカの奴じゃがのぅ」
「ん? それって先程河童たちに使った奴ですか?」
「そうじゃ、勿体なかろうが。洗って食うのじゃ。白雪家は財政難だから節制しろと、爺もいつも言っておるでは無いか」
あぁひもじいと呟きながら、モソモソと油揚げをかじるヨドミの肩に、大五郎が手を置いていた。
「お嬢様……“妖狐”と相成りました本日位はと思いまして――」
そう言って大五郎は、ヨドミに背を向け魔法瓶からカップにお湯を注ぎ始める。それを不思議に思ったヨドミであったが、芳しいその香りに気付いてパッと明るい表情に直っていった。
「
「左様で御座います。いつもの白雪家の晩のメニューです」
「味付け油揚げも入っておるのか?! 節制だとか言って入れぬ時も多いじゃろう、儂はあの揚げが何よりも好きなんじゃ!」
「勿論本日は特別に……」
「早く! 早く食わせるのじゃ!」
「……五分! 五分お待ちください!」
「何故じゃ! どうして毎回爺の手料理は五分待たねばならんのだ!」
ヨドミの問いに過剰な反応を示した大五郎が、話しを逸らすかの様に大きく伸びをした。彼にしては動きがぎこちなく、その会話の調子も突拍子が無い気がする。
「ああー!! 今日はお日柄が良いですねお嬢様!」
「なんじゃ、急に大声を出して……しかも今日は曇りじゃぞ、不審な奴じゃ」
……五分後。
「やはり爺お手製のうどんは毎日食っても旨いのじゃ、うむうむ……」
「そうでしょうそうでしょう。それは爺唯一の得意料理で、お母様の代より振る舞って来た白雪家にとって由緒あるうどんです。このうどんでお母様の胃袋を掴み、爺は何度も執事解任の危機を免れて来たのですよ。完全に爺によるお手製ですので、製法も秘匿とさせて頂いております」
緑の発泡スチロールの容器を持って、旨そうにうどんをすするヨドミは、ニコニコしたまま談笑する。
「そういえば最近、“ふりーずどらい”とかいう即席麺がなるものの事を耳にしてのう」
「ドキ……ッ」
「なにやら湯をかけるだけで出来上がる麺類があるみたいじゃ、魔法みたいじゃよな」
「そ、そそ……そそそそそそそそそ、そうでありま、ありまありまありますか……っ」
妙な様子の大五郎を不思議に思いながらも、ヨドミは幼い頃より食べ親しんで来た大五郎のうどんを口いっぱいに詰め込む。
「まぁでも、やはり丹精込めて作り上げられた爺の特製うどんには何ものも敵うまいよ」
「ズキィ!!」
「湯をかけるだけで完成してしまう食品は確かに便利で素晴らしいが、やはり人の手によって“想い”を込められた手製のうどんというものは、一線を画した温かみを感じるものじゃ。悩んでおった儂の心も晴れやかになる様じゃ、ありがとうな爺」
「ズッキィイイイ!!!」
左胸を抑えてのたうち回り始めた大五郎。そんな彼を不思議に思いながらも、ヨドミは最後に取っておいた出汁をたっぷり吸った味付け油揚げを箸で摘み上げる。
「くふぅう、これが堪らんのじゃ。儂は世界で一番、爺特製の味付け油揚げを愛しておるのだぁ……誰も見ておらん時など、この油揚げの吸った汁をチュウチュウ吸ってはまた汁に戻し、またチュウチュウ吸ってはとぉ……ふぅむ、全く先程までの悩みなど全て吹き飛ばすかの様な魔力じゃ」
その快楽のままに、ヨドミが“爺特製の味付け油揚げ”にかぶりついた次の瞬間である――
「こ……これはっ、お嬢様!」
そこに湧き上がった激しい“気”に目を見張った大五郎は、
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