第8話 鬼畜“さでぃすと”
「……我々
直立したジジイの溶け込む珍妙な授業風景。
アマビエ先生の『妖怪学』を心ここにあらずと聞きながら、ヨドミは机に頬杖を着きながらぼんやりとしていた。
「ん……なんじゃ?」
すると後頭部に異物が当たった感覚に気付く。見ると、投げ込まれた物の正体は丸めた紙くずであった様だ。
訝しげな表情で背後へと振り返ったヨドミは、点滴を打ってすっかりと丸みのあるフォルムを取り戻した河童が、赤い舌をチロチロと突き出しながら中指を突き立てる姿を目撃する。
「ちっ、河童め、仕置きが足らんかった様じゃな」
机の上の丸まった紙くずを広げたヨドミは、そこに視線を落として眉根を下げる事になる。
『ワイはこの学校一番の勢力『
「ちっ、小物が。豆狸って確か三年生の年下坊主だろうがヘコヘコしおってからに。虎の威を借る狐とはこの事……あ、狐は儂じゃった」
しかしその
「ふぅむ、『覚組』に舎弟頭の豆狸か、ちと面倒よなぁ……」
物憂げに考え込んだヨドミへと、大五郎は河童からの手紙を覗き込みながら
――どうしたので、お嬢様?
心に語り掛けて来た大五郎へとジト目向けたヨドミ。
――き、貴様……平気で人様の心に入り込むななのじゃ、“ぷらいばし〜”じゃぞ。どうやっとるんじゃ。
――別に良いでは無いですか、それとも耳元に吐息を吹き掛けた方がよろしかったですか?
仕方が無いので大五郎に取り合う事にしたヨドミは、不機嫌そうな顔をしながら思考の中で返答を続けることにした。
――お嬢様、
……黒縄小学校の勢力図は、大まかに言って二つの勢力に分かれる。
一つはこの学校の
やや青褪めていった様に見えるヨドミは、その心情を吐露していくのだった。
――うぅむ……朝方爺に言われた通り、確かに儂一人ではちと無謀なのかも知れんと思えて来た。じゃって『覚組』ともなるとその勢力は数百にも及ぶじゃろう? くわえて覚の父はこの町を仕切っとる町長で、息子は当然親の七光りじゃ。聞くところによると一族の権力保持の為にあの町長は、息子が黒縄小学校の番長であり続ける事に随分と固執しとるらしく、その為なら手段を選ばんとの事だ。流石に儂一人でどうにかなるものかと今更に思えてきてな……
――だから爺はあれだけ口酸っぱく言って来たではありませんか、お友達を作ってくださいと。それと子ども達の権力争いに大人の妖怪が介入する事はご法度ですから、その点は心配ありませんよ。全く朝の気迫はどうなさったんですか、ほら“ねーばぎーばあっぷ”ですよ、皆殺しでは無かったのですか? それとも、先程名の出た“豆狸”とか言う年下坊主が怖いのですか?
――お前は知らんじゃろうがな、豆狸とかいうクソ坊はなかなかに
顎に手をやり思案した様子の大五郎は、合点がいったか額のシワを薄く伸ばしていった。
――ああ、お嬢様は閉所恐怖症ですものね。それに幽霊だとかにもめっぽう弱い。
大五郎は――ま、お友達を増やさない事にはどちらにしても小学校制覇の道はなりません、と付け足した。それを受けたヨドミは歯噛みをして多少悔しがったりもしていたが、最後には自分でも納得してしまったのか、落胆しながら机に突っ伏していく。
――確かにな爺。正直いって儂の“妖狐”としての能力も余りパッとせん。懐にギチギチに詰めておるこの油揚げを自在に变化させる程度の能力では、単体で小学校制覇などとは夢のまた夢じゃろうて。
――とにかく今のお嬢様の目ひょ……
「はい、みんなここはテストに出るから覚えとくビエー」
――……うは、一人でも多く仲間を増やす事ですね。その恐ろしき豆狸とぶつかる前に。
アマビエ先生が振り返る度に、完璧に姿を眩ませる大五郎にヨドミは驚愕する。
――爺、それマジでどうやっとるのじゃ。儂の心の声にも平然と入ってくるし、まさかおぬし、人の心でも読めるのか?
――え? この程度、大人になればお嬢様の様な出来損ないにだって出来ますよ。
――誰が出来損ないじゃっ! しねっ!!
――ちなみに心を読むのとは少し違います。爺は相手の“気”をなんとなく察する事が出来るのです。
――ようわからんがそれって最強なのではないか!? 儂にもそれを教えろ爺!
――まだ人と心を通わせた事も無いクソザコには出来ません。
――クソザ……っ??!
――もっとも、人の心が垣間見える様になった所で、どうしようもない事もあるのですよ、お嬢様。
――はぁ? なーにを言っとるんじゃ、もし人の考えてる事がわかれば、対面最強に決まっとるじゃろうが。適う者などおらんわ。
眉を吊り上げたヨドミを見下げて、大五郎はまだまだガキですね、と言わんばかりに首を振るのだった。
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