二章 強襲!舎弟頭“豆狸”

第7話 『六年い組』


「……であるので、妖怪の本懐とは人に怖がられる事となるのだビエ」 


 教団に立った『六年い組』“アマビエ”先生は、整然と席に着いた生徒たちへと振り返りがながら指名していく。


「それでは“清姫”さん。アナタはどうやって人を怖がらせるビエ?」


 呼ばれた少女は蛇になった下半身をとぐろに巻きながら、長いざんばら髪から苛烈な眼光を覗かせて答え始める。


「あー、私はぁ……私を裏切った男たちをぉ、地の果てまで追い回してぇ、鐘にブチ込んで焼き殺してやりますぅ」

「清姫さんと言えばその伝承ですビエね。良いでしょう、それでは“ナマハゲ”くんと“水かぶり”くんは?」


 示し合わせた様に藁の外套を羽織った二人は、仲良く肩を組みながら巨大な包丁を振り回し始めた。――ナマハゲは赤い二本角の鬼のツラをしていて、水かぶりは炭を塗りたくった恐ろしい顔で頭上で藁を括って一本角の様にしていた。


「泣く子はいねがーー!!!」

「俺たち馬鹿だからわかんね!!」

「悪い子はいねがーー!!!」

「俺たちあんまり考えてねぇ!!」


 満足そうに頷いたアマビエ先生は、桃色のフレームのメガネを直しながら微笑んだ。


「アナタたちはありのままで良いのビエ。そのままの姿が人を恐れさせているのだビエ。それでは最後に“ぬっぺっぽう”くんは?」


 呼ばれたのは、白い一頭身の肉塊であった。たるんだ脂肪のせいであまり表情も見えないままに、彼は「ぼえー」とヨダレを垂らした。


「素晴らしいビエ。ぬっぺっぽうくんは存在そのものが禍々しいから既に人を恐怖させているビエ」

「……ぼえ」


 晩秋の少し肌寒い季節に、うららかな日和が窓から射し込んでいる。粛々と進行していく授業風景。しかしそこで、突如として教室の扉を開け放ったあやかしがいた。


「じゃーー!!!! 遅刻じゃー!!!」


 白雪ヨドミが教室へと踏み込むと同時に、小さく变化してドアに挟まっていた“おとろし”が、元の巨躯を取り戻してヨドミにのしかかった。


「えぅびゃぁあ!! 潰れる潰れるっそこを退かぬかおとろしぃ!!」


 真っ青な顔をした巨大な獣が、のそのそとヨドミの上から退いて席へと戻っていった。後に残されたのは床に沈み込んだ“妖狐”の姿である。


「また遅刻ですかヨドミさん……どちらにしても、もっと申し訳無さそうに教室に入ってくるものビエ?」

「ぐぬぬぅ、だって河童たちがぁ」


 ヨドミがそう訴えるも、アマビエ先生は深いため息をつくのみであった。ちなみに小豆洗いと枕返しは知らんぷりを決め込みながら小さな椅子に収まっていて、河童はというと、干物の様になった体に点滴をしながらヒィヒィ息をしていた。


「河童くんは朝から危篤な状態です。そんな人を捕まえてよく言うものビエ」

「うぁ〜信じてくれなのじゃ〜」


 皆が虚ろな目をした河童を擁護している。ヨドミにとってはなんとも納得いかない状況であった。


「おや……ヨドミさんその尻尾は?」

「そうなのじゃアマビエ先生! よーく気付いてくれたのじゃ。見よ、これこそが“妖狐”の尾! もう儂は“人間”なんかでは無いのじゃー!」


 クラス中に響き渡った溌剌とした声に、皆も多少どよめいたが……しかしてその反応は冷え冷えとしてたものである。それもそのはず、昨日までカースト最底辺だった者が、突如として大妖怪として名乗りを上げたのだ。力関係を何よりも重要視するこの魔界で、それが面白い話しである訳が無い。


「あの“人間”のヨドミが?」

「確かにアイツの母親はあの九尾だけんどな、まさかあの最弱のヨドミが……」

「認められんぞぉ、どうせまたハッタリだ」

「うわー! スッゴイやヨドミちゃん! 良かったねぇ!」


 そんな中、一人手を打つ者があった。それは昨日までヨドミと同じ“人間”であったヨシノリくんによるものであった。


「すっごいすっごい、良かったねぇヨドミちゃん!!」


 座敷わらしみたいな黒いおかっぱ頭がふわふわ揺れていた。ヨシノリくんの表情は基本的に窺う事が出来ないが、風になびいた前髪の隙間から、時折翡翠色の眼光が見える。


「お……おう、ヨシノリか……ふむ、まぁおぬしとは違う種族になってしまった訳だが……まぁ貴様は今後とも最弱種族としてよろしくやるがいいぞ」

「うん! ありがとう!!」


 純真無垢な視線を受けて、ヨドミはどうにも調子を崩して頬を掻く。ヨシノリくんを前にするとたじたじとしてしまう自分を、ヨドミは最近変に思っているのだった。

 すると中空からの声が二人を冷やかす。


「ちっ弱き者同士で馴れ合いやがって! 頬に紅が差しておるぜ!」

「うっ、うるさいのじゃ“一反木綿”!」


 宙を漂う絹に一喝すると、ヨドミはすごすごと席に着く事にしたらしい。


「それでは『妖怪学』の続きをするビエ……」


 黒板へと向き直ったアマビエ先生。何事もなく再開した授業の光景に、ヨドミはつまらなそうに唇を尖らせていた。


 ――なーんじゃみんな、儂が妖狐になったっていうのに、えらいシラケ様では無いか。もっと喜んだり、恐れ慄いたりしてもいいのにのぅ、冷たい奴らじゃ。


「いいえお嬢様。皆自分の地位がお嬢様に脅かされるのでは、と恐れているのですよ」

「――ぬぁぁあっ?!! だだ、大五郎――っ?!」


 再び静寂を破ったヨドミの声に、皆が不機嫌そうに振り返った。……しかして声の主は何処にも無く、ヨドミはキョトンとするばかりで授業は再開されていく。


 ――なっ、なんじゃ今のは? 確かに奴の声が聞こえた気がするが……大五郎の奴め、何処かに潜んでおるのか? 校門の前で追い返した筈じゃが……


 ――大五郎はいつもお嬢様の側におりますよ。


「うじゃーー!! 直接脳内に語り掛けるなァァァ!!」


 振り返った全員の気迫に、ヨドミは口を抑え込んで尾をピョコリと動かした。

 皆が前に向き直ると、まさに風の如き速度で大五郎はヨドミの側に立ち尽くす。


「き……きさま――」


 授業参観よろしく、白昼堂々教室に侵入して来た大五郎。皆にはジジイの姿が見えていないのかと思いきや、見渡してみると全員が唖然とそのハゲ頭を凝視している様相に気付く。

 アマビエ先生に聞こえぬ様に、ヨドミはひそひそ大五郎に語り掛ける。


「なっ、何をしてくれとるんじゃジジイっ……保護者同伴だと皆に笑われるだろうがっ、一体なんの目的があってこの様な奇行に走るのじゃ……っ!」

「だって、じいはヨドミお嬢様が生まれてこの方、ずっとこの時を待ち続けていたんですよ?」

じゃと?」

「はい、白雪家再興の“ねーばぎーぶあっぷ”の時をです。お嬢様自身の力で成り上がって貰わねば意味がありませんので、私は直接的に喧嘩の片棒を担ぐ様な真似は致しませんが、せめて近くでその雄姿を見守っていたいのです」

「過保護が過ぎるぞ爺!」

「心配の一つや二つ位致します。だってお嬢様、友達居ないんですもの」

「ぬぅ……!」


 小学六年生の授業風景に、一人平然と入り交じっているジジイ。

 するとその時、聞き覚えの小豆洗いの声がアマビエ先生を呼んだ。


「アマビエ先生ー! ヨドミが保護者を学校に連れて来ているジャラ!」

「ええっ、どういう事ビエ?」


 アマビエ先生が振り返ると、蜃気楼の様に消え去る大五郎。すると小豆洗いの額にチョークが炸裂した――


「なにをさっきからフザケているのですか? 白昼堂々そんな事をする人なんているわけないでしょう」

「でっ、でもアマビエ先生! 今もそこにっ、ヨドミの隣によぼよぼの爺が立ってるシャキィ……」

「え……?」


 振り返ってみるも、やはり大五郎の姿は観測されない。気配さえも見事に断ち切っているのだ。


「小豆洗いくん、廊下に立っていなさい!」

「じゃ……じゃらぁあっ、でも、アマビエ先生ぇぇ」

「黙れ子どもジジイ! 私に存在も悟らせない妖怪なんて早々いるわけ無いビエでしょうが! そんな神業をやってのける妖怪が居るとしたら、伝説級の大妖怪だけビエ!」


 廊下に叩き出された小豆洗い。

 それからも大五郎は、アマビエ先生が黒板へと向き直ると姿を現し、不意に振り返って来る時にも“気”でも読んでいるかの如く姿を消し続け……見事に『六年い組』の風景として皆に存在を黙認させたのであった。

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