第6話 变化!油揚げ
「カパ……パ?! ヨドミが二人?! どんな妖術やそれは!!」
「ま、まさかぁカッパくん。ヨドミの奴、本当に妖狐の力を解放したんジャラぁ……」
「そっ、そんな訳ッそんな訳あるかいなぁ!!」
二人になったヨドミ。周囲に居る者は無論の事、分身した当の本人たちもが互いの顔を指差して慌てふためき出したのはどういう事だろう。
「な……誰じゃおぬしは!!」
「お前こそ誰じゃ! 儂の真似をするな!」
「お前こそ儂の真似をするなぁ!!」
ポコスカと不毛な争いが繰り広げられていくのを眺めながら、大五郎は驚嘆する様にほぅと息を吐き、河童たちは動揺しながら
「わっ……訳がわからんがァ、あの貧弱なヨドミが二人に増えようが三人に増えようが大差は無いわいな! ワイのスモウ道であっちゅう間に消し去ったる!」
奇声と共に、河童の張り手が一人目のヨドミの頬に炸裂する――
「いじゃぁぁぁあッイ!!!」
「はぁ?? なんや、この
――ボフンと煙を立てて消え去ったヨドミ。諸手を突き上げた形の河童の手のひらに、一枚の
「ジャラァァア??! ヨドミが、ヨドミが油揚げに変わっちまったシャキィイイ!!」
「いいや待たんかい小豆洗い。それやったら本物のヨドミはぁ――コッチっちゅうことやぁぁあ!!」
河童のブチかましが残されたヨドミへと迫り行く――
「大した手品やないかヨドミ! せやけどこないなもんが妖狐の力っちゅうんなら、何の事はないチンケな術やッパァァア!!」
それをまともに喰らったもう一人のヨドミ。スモウ道を語るだけあって河童の突進力は凄まじく、そのままの勢いで竹垣へと突っ込んだ。
「カッーッパパパァ!! これで終いやヨド――」
醜く破顔した河童の眼下で、目を回したヨドミが――
「ハぇ――――ッッ!!??」
目を飛び出して素っ頓狂な声を上げた河童。驚愕とする彼へと語り掛ける声は、反対方向の竹垣の上から起こっている様だった。
「くっくっく……わかったぞ儂の能力」
「ギャッパァアヨドミィィ!」
「お嬢様!!」
「“妖狐”としての儂の能力、その一つは――
いつすり替わったのだろうか、背後に現れた本物のヨドミが、目を
得意気に胸を張ったヨドミを、河童と小豆洗いが憎々しそうに睨め付ける――
「油揚げを……变化やとぉ? ッパァ! やーっぱりチンケな能力やないかい、意表を突いたからって何を得意がっとんねん!」
「そうシャキ! 何人に分身しようが実態は油揚げのまま。ひ弱なお前が更にペラペラになっただけでなんの脅威も無いジャラ!」
とはいえヨドミに小馬鹿にされて激昂した様子の河童。彼は頭上の皿を取って、そこに注がれていた力水を飲もうとし始めた。それを飲む時こそが河童の勝負時。つまり彼は本気でヨドミを懲らしめようとこの時に決心したのだ。
「後悔するでホンマにぃ、この力水を飲んだら最後、ワイはもう手加減でけへんくなるぞぉ……」
目を座らせた河童であったが、ヨドミは彼へと指を差し示しながらピシャリと言い放っていた。
「おい河童。お前の命に等しきそのお皿……
「はぁ――??」
――確かにヨドミの
だが……
「……はぁ? 何を言うとんねん。ワイが命のお皿を見紛うかいな。ここに出た風合いに光沢……これは間違いなくワイの命のお皿でファイナルアンサーや」
揺るぎ無い河童の視線を受けてもヨドミの態度は変わらなかった。むしろ少し顎を上げていく様にさえ見える。しかし河童が何度見返してみても、やはりお皿は寸分違わず自分の物であると確信ができる。
「何を言うてんねんお前……ああアホらし」
皿に口を付けて力水を飲み込もうとした河童。しかし思った様に水が入って来ない事に気付くと、カッと目を剥いていた――
「なんじゃ? 何をしたんじゃヨドミィ!」
「よく見てみろと言ったのは、おぬしのお皿じゃない」
「は??」
「無色透明の……
皿に浮かんだ水面を凝視した河童。すると次の瞬間に、そこにあった力水をほとんど吸い上げてしまった油揚げが姿を現した。
それを目撃した河童の驚きは相当なものであった。
「――ギィィッッパァァァア??!!!!!」
その全身を青く変貌させて、みるみると頬をコケさせていき始めた河童に向けて、ヨドミは声を大にした――
「よく絞った油揚げは水を吸い上げる……お皿の水を全て失えば、お前はどうなるんじゃったかのー?」
「カパアァア!! カパカァァアっヨ、ヨドミィイイ!!」
ゲッソリと痩せこけていった河童は、先程までのふっくらとしたシルエットは見る影もなく、ミイラの様に乾燥していった。
ギクリとした小豆洗いが跳び上がるのが見えた。
「河童はお皿の水を失えば死ぬと言われとるんだぞぉ、お前鬼ジャラァ!! ……こうなったら、オイラ一人でヨドミをぶっ飛ばすアズキィ!!」
枕返しに抱き上げられた
「小豆洗い……お前もじゃ、その小豆……本当に全ておぬしの小豆か?」
「ジャ…………っジャラ?」
冷や汗をかいて制止した小豆洗い。彼は常日頃から小豆を洗い、極限まで清潔にしている事にこそ生き甲斐を感じているので、そこに不純物が……ましてや油まみれの揚げなどが混入されていたならば、と想像しただけで心臓が止まる思いだった。
「い、いや……しかしオイラの小豆をすり替える隙なんて絶対に無かったショ……キ」
「そうか、くっくっく……そう思うのじゃな」
「ショキぃぃ……っ」
「あぁそうか、それならば結構。ならばが奮ってかかって来るがいい」
「あずきィ」
「おぬしが儂へと迫ったその瞬間、この魔法を解いて絶望する顔を目前で眺めてやるのじゃ」
「ひ、ひ……ッアズキィイイ!!!!」
泡を吹いて失神した小豆洗いが、桶の中の小豆をぶち撒けてそこに倒れ伏した。
「お……お嬢様……あぁ、見えます、
――その瞬間、大五郎はヨドミの背中にあの偉大な大妖怪“九尾の妖狐”の面影を見ていた。
「危ない危ない、ハッタリが効いたわ。小豆なんてまーったくすり替わっておらんのに馬鹿な奴め。さーて、残ったのはお前だけじゃ枕返し」
「……!」
恐ろしい形相の枕返しにヨドミは少々怯んでいた。しかし彼は河童の干物と小豆洗いのボロ布を掴んでジリジリ後退っていく。
「 オボエテロヨー 」
「うゃ――?」
枕返しは信じられない位にか細く高い声でそう囁くと、目に涙を溜めて学校の方角へと走っていった。
「お……おんどれぇ、覚えとけよヨドミぃ……ワイらは黒縄小学校最強勢力『
白目を剥いた河童はそう言って、豆粒の様に小さくなっていった。
「お嬢様ぁあ……あぁあっ」
「大五郎! 儂はやったぞおお!」
「お嬢様ぁぁあ!!
抱き合ったジジイとロリ。
尾っぽが一本しか無い半人前の“妖狐”であるが、ヨドミは必ずや近い将来に、大妖怪として名を馳せるだろうと、大五郎は涙の奥に確信していた。
――するとそこで小学校のチャイムが『修羅町』に響き渡る。
「ん……何か忘れているよう気がするのぅ」
「遅刻ですねお嬢様」
「ホァッッ!!!?」
人生初の勝利を祝う暇もなく、ヨドミは秋色に褪せた竹林の小道を走り抜けていった。
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