第3話 『無意味三人衆』


「おや、いつもヨドミお嬢様を虐めている三人組じゃないですか」

「そこを退けぇえ!! 学校に遅刻してしまうじゃろうがこの『無意味三人衆』めが!」


 ヨドミに屈辱的な名で呼ばれた悪ガキ三人組は、それぞれの手提げ袋を隅に放り投げてバタバタとはしゃぎ始めた。


「んなぁああ!! なんやワレェエエ、その呼び方すんなって言うてるやろが! いてこますぞぉッパァアアア!!?」


 頭上の皿を輝かせた“河童”が、コッテコテの関西弁でヨドミをドヤしつけながら前に出て来た。彼に続く様にして後ろの二人も歩み出して来る。


「アズキィィィ!! 俺たちは無意味なんかじゃねぇぞぉ! カッパくん、今日もヨドミをけちょんけちょんにしてやるショキ!!」


 顔を真っ赤にした見た目ジジイの少年――“小豆洗い”は、ぎょろりとした目を剥き出して、耳の上にだけ残った毛髪を逆立てながら、手元の桶の中を激しくとぎ始める。


「小豆を洗うことは無意味なんかじゃないってわからせてやるシャカ!」

「ワイは相撲じゃ誰にも負けへんでぇ!! 無意味無意味ってなんの取り柄もねぇおどれが、なぁにを一丁前に言うてんねん!」


 これまで一方的に虐められるだけのヨドミだったが、妖狐と相成った今日こそは強気に反論する。


「うっせぇええ生臭緑! 相撲が強ぇからって今どき何になるって言うんじゃぁあ! それに人から恐れられる事が妖怪の本懐じゃろうて、おぬしの何処に怖い要素があるんじゃ、各地でマスコット化されとる癖に!」

「んぁああ!! 何じゃこりゃァアア!? その台詞よう覚えとかんかいぃッパァア!!」

「それとそこのマラカス野郎!」

「シャカァアア、マラカ?!! それは俺の事シャキ??!」

「お前に関しては目的、趣旨ともにマジで意味がわからんのじゃ! 小豆を洗うって何なんじゃ!!」 

「なにをイキってるジャラ、昨日もカッパくんにボコボコにされたの忘れたのかショキ! おい“枕返し”も何とか言ってやるジャラ!」


 小豆洗いに背を押された巨漢は、金剛力士像の様に恐ろしい顔でヨドミを見下ろしていた。そうしてじっくり間を貯めた“枕返し”……


「お前も言われてるシャカ! 寝ている奴の枕をひっくり返すだけのしょーもない奴だってジャラ!」

「んな……私はまだそいつに関しては何もっ」


 しかし枕返しは鬼の様な顔付きのまま、遂には喋り出す事はなかった。そんな男の背中を小豆洗いは恐ろしげもなくスパンと叩く。


「かぁあっ、こんな時にも何も言わないとは、無口にも程があるジャラ!」

「…………」


 指をボキリと鳴らした河童が、額に青筋を走らせながらヨドミに向かって来るのが見える。相当に怒っているらしく、今日こそはす巻きにされて川に沈められるかも知れないとヨドミは思った。……もっとも彼らをここまで怒らせたのは彼女自身のせいではあるのだが。

 慌てふためいたヨドミは大五郎へと振り返るが、ジジイは嬉しそうにガッツポーズをするのみである。


「良き啖呵たんかですねぇお嬢様、お母様を思い出します。さぁねーばぎーばあっぷですぞ! じいはお嬢様の喧嘩には一切手出ししませんのでご心配無く。これより始まる白雪家の復興伝説に泥を塗る様な真似は致しませんから」


 滝の様な冷や汗を垂らして逃げ出しそうになったヨドミであったが、そこでふと視界の隅に白き尾が映り込んだ。


 ――そ、そうじゃ……儂はもう昨日までとは違う。今の儂はお母ちゃんと同じあの最強の“妖狐”なのじゃ!


 勢い良く振り返ったヨドミは、彼らに示すかの様に尾っぽを引っ張り出した。


「待てぇええい、待て待て待てぇえい! これを見よ……妖狐の尻尾じゃぁあ! 儂は今朝方、遂に妖狐の能力を発現したのじゃぁあ!」

「なにィッパァ?!」

「あのヨドミに、妖狐の力ジャラ!?」

「……!」


足を止めた三人衆へと、ヨドミは意地の悪い高笑いをして見せた。


「おーっほっほっほ! そうじゃあ、儂はもう“人間”ではなくあの妖狐。貴様ら『無意味三人衆』ではどう足掻いても太刀打ち出来ん大妖怪になったのじゃ」

「ぐぬぬ……ヨドミの癖にッパ!」

「どうじゃ恐ろしいじゃろう? 貴様ら下級妖怪なんぞひと吹きで空に打ち上げてやるわ、なんせ儂はあの妖狐なんじゃからなぁ、おーほっほ!」

「くぅぅ、カッパくん、どうするシャキ。確かにヨドミが言ってる事が本当なら……」

「ほーっほっほ!! ひれ伏せカス共ー!! 白雪家復興の足掛かりに、まずは貴様らを舎弟にしてくれるわー!!」


 一同が動きを止めたその場で、枕返しだけは黙々とヨドミの目前にまで歩み出して行くので、河童と小豆洗いは彼の背中を呼び止めた。しかし彼は止まらずに歩み続けて、ヨドミの目と鼻の先にまで肉薄してしまった。


「……」

「な……なんじゃあお前、儂の子分になりたいと言うのなら特別に……」


 次の瞬間であった――枕返しはヨドミの足をヒョイと持ち上げると、彼女を宙吊りにしたままぐるぐると振り回し、挙げ句の果てにはそこらに放り投げたのであった。


「ほ……ぁ、なにが……起きて、はえ?」


 目を回すヨドミと歓喜の声を上げる河童と小豆洗い。とうの枕返しは何も言わないままであったが、好機とみるや河童が声を上げていた。


「ハッタリやぁあ!! ヨドミは妖狐の力なんざまーったく使えへんぞ! ボッコボッコやー!!」


 キラリとメガネを光らせて、大五郎が眉を下げていた。


「そういえば、お嬢様の能力ってなんなのでしょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る