第2話 とりあえず“バンチョー”でも目指すか
「ヤッフーー!! この侘び寂びなせせらぎも真っ赤な血で染めてくれるわぁあ!!」
「いよっ!! 流石はヨドミお嬢様、大妖怪九尾の娘っポンポンッ!!」
朝の静寂切り裂いて、柳垂れ下がる影の下、細い清流の蛇行する町を、爆走していくジジイとロリ。
小川沿いを行く魑魅魍魎の間を抜けて、言葉の通りにヨドミは肩で風を切っていた。大五郎は何処から取り出したのか
「恨みはらさでおくべきか!! 恨みはらさでおくべきかッ! 今日まで儂を散っ々馬鹿にしくさって来たカス共がー!! ヒャハー、震えて待っておれー!」
「けんのんけんのん……あぁ末恐ろしい!」
今朝方ケツから生えた真っ白な妖狐の尾を揺らし、ヨダレを垂らしたアホ面で疾走していくヨドミであったが、そこで突如と道を塞いでいた
「――ブヘラぁあっっ!!」
「おやおやこれは……」
華麗に停止した大五郎の膝下で、鼻を抑えて激情するヨドミ。道一杯に広がって歩く巨大な壁へと指を突き立てながら、聞いたこともない巻き舌で息巻く。
「どぉらぁあ!! なぁにちんたら歩いとんじゃ“塗り壁”ぇええ!!」
「……ん〜? なんだ“人間”のヨドミか〜、自分がドジなだけだろ〜? 僕はず~っとここをゆっくり歩いてるんだから〜邪魔しないでよね〜」
のっしのっしと短い手足を動かして歩く巨大な壁男の背後には、少しの行列が出来ている様だ。
「ハァァアッンン?!! 何じゃこらワレェエ!! これを見くされェエ!!」
「ん〜〜」
ヨドミはスカートから妖狐の尻尾を引っ張り出して塗り壁に見せ付けた。衆目に晒された尾っぽ、どよめく妖怪たち。スカートがひるがえった拍子に覗いたパンツを欠かさず観察する大五郎。
すると塗り壁は冷や汗をかいて震え始めた。
「妖狐の尾っぽじゃぁあ!! 誰が人間じゃと!? あんなカースト最下位の種族で二度と儂を呼ぶんじゃねぇぞおお!!」
「う……うわああ〜〜ヨドミが、本当にあの妖狐に〜〜? 大変だ〜みんな〜〜」
それでもゆったりゆったりと、塗り壁は脇道へと逸れて行くのだった。
「ワーッハッハッハ!! どうじゃぁあ恐れ入ったかドサンピンがぁあ!! 見たか爺、儂は無敵になったんじゃああ!!」
「……ふぅむぅ」
物憂げに息をついた大五郎……
腹を抱えて笑うヨドミは、見るからに小物の様相である。しかし彼女はそこでふと思い至ったのか大五郎の方へと向き直りながらヨダレを振り撒くのを止めた。
「なぁ
「もちろん全員殺すのです」
――と大五郎が言った所で、ヨドミの周囲に集まっていた妖怪たちは蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。
「……と言いたいところですが、この『修羅町』は想像以上に
「なにぃ、バンチョーだと?」
「左様であります。繰り返しますが……魔界は力が全ての世界。全妖怪がより強くあらんと
うららかな陽射しを照り返す大五郎のハゲ頭を見上げたまま、ヨドミはハッと息を呑んだ。
「すなわち、小学校を制する者がこの町を制すると!!」
「流石でございますお嬢様! 妖怪の“強さ”を意味する妖力とは、名を知られ、恐れられる程に上昇していくもの。つまり小学校で名を馳せれば、お嬢様のせいで風が吹いたら飛んで行ってしまいそうになった程
「おぉーー!!」
大五郎の頭を叩き小気味の良い音を立てたヨドミは、大小様々な怪異の行き交う通りで大笑いした――
「わかったぞ爺! 世界最強の妖狐として、儂は儂を虐め続けて来た妖怪共を制圧し、必ずや
頭に紅葉の手形を付けた大五郎の姿が陽炎の様に消えると、すぐに背後で手を打つ音がしてヨドミは飛び上がった。
「ぶらぼー! ああ……この大五郎、こんなにも輝かしいお嬢様の勇姿を見られる日が来るとは夢にも思いませんでした……」
「げ……幻影か!」
赤い手形の無いスキンヘッドをツルリと反射しながら、大五郎は胸から出したハンカチーフを噛んだ。
「ああ、しかしなんでしょう……爺の胸に一抹の不安が去来します」
「なんじゃその言い回しは……ううん、言うてみい、爺の不安とは何なのじゃ景気の悪い」
もみじ流るる清流の脇道を歩き出した二人。すると大五郎はあっけらかんとヨドミの心に針を突き刺す一言を放。
「だってお嬢様、友達いないじゃないですか」
「グサァ……!」
胸を抑え込んでしまったヨドミに見向きもせずに、大五郎は後ろ手のまま歩いていく。
「ほら、強い妖怪には自然と取り巻きが出来るでしょう? 小学校で番長を目指すのは良いですが、このままではお嬢様は、お一人でその勢力に立ち向かわねばならないのです」
「なんと人聞きの悪い、友達くらい沢山おるのじゃ!」
「また見栄を張って…よわよわロリガキのお嬢様のお友達は“人間”の
「ハァッ、誰がロリガキじゃ!? それにヨシノリとはただ昨日まで同じ人間として扱われとったというだけで、儂はもうお母ちゃんと同じ最強の妖狐に生まれ変わったのじゃ、あんな最弱種族と儂を一緒にするなー!」
大五郎の背を追い掛けていって揉みくちゃにせんと暴れまくるヨドミであったが、老体は必要最小限の動作のみでその全てをかわしながらため息をついていた。
「お嬢様。お母様はね、そのように他の種族を見下すような真似はしておりませんでしたよ。どんな者にも長所があると、偉ぶる事無く下級の妖怪にも敬意を払う。その健気な姿にこそ皆が魅せられ、お母様への助力を何者も
「――うっせぇええハゲェええ!!」
「……!」
シリアスモードを一蹴されてシクシク泣き始めた大五郎は、引き続きヨドミの乱打を避け続けたままハンカチで目元を拭う。
「爺はハゲでは御座いません。こういうスタイルでやらせてもらっているだけです」
「負け惜しみを!」
「いいえ、髪などはいつだって生やせるのです。爺は好き好んでこのスタイルをやっているだけなのです」
ツルリと光ったハゲ頭。その下で膝に手をついて息を荒げたヨドミは、いい加減この
「余談だが、爺はほとんど人間の姿よな」
「元の姿では生活はままなりませんから、これは世を忍ぶ仮の姿です」
「その頭もか?」
「……。世を忍ぶ仮の姿です」
ひゅるりと過ぎ去っていった風に“カマイタチ”が乗っていくのを横目に見ながら、大五郎は縁の無い眼鏡の向こうで片目をウィンクした。
「うげっ!! ジジイのウィンク気持ちわる」
「なんて辛辣な。気を利かせたジジイのユーモアをその様に評価されるとは……それよりお嬢様、引き続き私の素性は周囲に明かさぬ様に願います。もし私の正体が“デイダラボッチ”だと知られれば、少し面倒な事になりますので」
「お前は一応
ヨドミがそこまで言った所で、大五郎は懐より懐中時計を取り出して時間を開示した。
「ふむ…………遅刻じゃーー!!!!」
髪を逆立てたヨドミが全力疾走で町を駆け抜けていく――
小川を抜けて、日本家屋の並ぶ細道を抜けると、竹垣に囲まれた開けた場所に出た。
「――ん?!」
「なんやワレェ、今日は保護者同伴かいな……笑えるわぁ」
するとそこに、ヨドミを待ち受けている三人の影がある事に気付いたのである。
「待ってたでぇヨドミちゅわぁ〜ん、今日はえらいギリギリやったやないカッパァ」
「シャキシャキシャキ、あんまり遅いから俺たちも遅刻するんじゃないかって少し焦ったジャラ。今日もヨドミだけ遅刻させてみんなで笑うシャカ」
「……」
愕然とした表情のヨドミは、彼ら三人の姿を認めて叫んでいた。
「キ……貴様らはぁ――! 『
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