執事「お嬢様ァッ! 尻から毛がはみ出しておりますッ!」〜妖怪の世界は力が全てなので、とりあえず学校の奴等を全員シメると決めたジジイとロリ〜

渦目のらりく

一章 駆け出したジジイとロリ

第1話 執事「お嬢様ァッ! 尻から毛がはみ出しておりますッ!」


「お嬢様ァッ! 尻から毛がはみ出しておりますッ!」

「何ぃ!? 抜けぇいッ!!」

「承知つかまつった!!」


 黒の燕尾服を纏う禿頭の老人が、何の躊躇いもなく十二歳の少女のミニスカートに手を突っ込んだ。


「御免ッ」

「来いや!」


 老人は勢い良くパンツの中に手を突っ込むと、はみ毛を鷲掴み、思い切り吊り上げる。


「ぬぐぅああッ!」


 はみ毛の毛根は非常に強く、少女は老人の眼前に宙釣りとなって手足をバタつかせていた。

 どうやら尻からはみ出した毛の正体は、尾骨からひょろりと伸びていた白いであった様だ。


「お嬢様ァッ! 尾です! 妖狐の尾が、遂にお嬢様のケツからぁぁっ!! この大五郎、感涙の極みに御座います!」

「さっさと降ろせじい!!」


 執事の大五郎は、齢九十にもなる痩身を捻じりながら、縁無しの丸眼鏡を外して白いハンカチで涙を拭っている。

 半ケツ姿の少女は、先程の痛みを堪えて涙目になりながらも、自らの尻をまさぐって、細い毛の束を確認しながら言った。


「やったぞ爺! 儂にもちゃんと母ちゃんの血が流れとったんだ!」

「左様で御座いますね、爺はこの日が来るのをずっとずっと待っておりました! これでヨドミお嬢様が世間から白い目で見られる事も無くなるでしょう」


 ヨドミは立ち上がると、平べったい胸を張って自慢げに口角を上げる。

 十二歳にもなって身長百三十センチしかない少女をニコニコと見下ろしながら、大五郎はしきりに溢れ出る涙を拭っていた。


「妖狐の尾は一晩で成るというのは本当だった様で……爺は毎日お嬢様の生ケツを確認しておりましたが、昨日までは何も無かったので驚きを隠せません」

「そんな事をしていたのか爺! このロリ専海坊主め!」

「滅相も無い。爺は年上派です。哀しいかな、ストライクゾーンはほぼ墓場におりまする」


 ヨドミのずり下がったパンツを大五郎が機敏な動きで修正する。


「それより爺! お前は何故なにゆえ儂のスカートに覆い隠されたパンツから、毛がはみ出している事に気付いたのだ!」

「お嬢様が階段を上がっていく時、爺はしきりにその一点を注視すると決めているからで御座いましょう」


 大五郎はハンカチを仕舞うと丸眼鏡を掛けて、糸のように細くなったまなじりを下げた。ヨドミは怪訝な視線を大五郎に向けるが、彼は表情を崩さずに平静を保ち続けている。


「……いつからその様な事を?」

「お嬢様の物心つく前からで御座います」


 血の気の引いた表情で後退るヨドミ。大五郎は足元に敷かれた赤い絨毯の上から一歩も動かず、動揺もせず、悪びれもせず、むしろやや顎を上げてヨドミを見下げ始める。今にも「そうですが、何か?」と言い出しそうな態度である。


「やはりロリ専海坊主ではないか! 何故そんな事をする! とっくに枯れ果てておるだろうが!」


 大五郎の丸眼鏡が煌めき、光を反射して眼を覆い隠す。


「枯れ果てていようが男であるならば、いつ、いかなる時、いかなるタイミング、いかなるガキ、いかなるブスで御座いましょうと、胸チラとパンチラだけは確実にこの網膜に焼き付けるのが宿命に御座います」

「分からんわぁっ!! もういい、学校へ行く!」


 ヨドミは踵を返して歩き始める。その後を大五郎が背すじをシャキリと立てながらついてくる。


「ついてくるな爺!」


 長いレッドカーペットの廊下を抜けて、ヨドミは自室で赤い鞄を背負い、制服の胸のリボンのズレを直す。そして姿見で自分の尻に生えた白い尾を眺めていると、背後に直立する爺が姿見に映り込んでいるのに気付く。


「ィィィイッ! 入って来るなぁあ!!」

「お嬢様。爺は嬉しいのです。お嬢様ともっと、妖狐の尾の生えた喜びを分かち合いたいのであります」


 ヨドミは直立する大五郎を自室から追い出すと、扉を閉めてしまった。そうして額の汗を拭いながら今一度鏡の前に立ち、にんまりとして改めて自分の尾を眺めた。


 ――遂にお母ちゃんの妖狐の力が発現したんだ! 世界最強の、“妖狐”の力が! くひひ、これで儂を散々馬鹿にしてきた町の奴等をねじ伏せられる……この魔界では、力こそが全てなのだ!


「お嬢様はカースト最低種族の“人間”と、最上種族の妖狐のハーフ。この歳までまったく妖狐の力が発現せず、周囲からは人間扱いされて見下げられておりましたからねぇ」

「貴様ぁあッ!!」


 先程締め出した筈の大五郎が、音も無く、再び姿見の前で直立している。


「お労しや、ご両親は幼い頃に遠い旅に出て。この巨大な洋館に執事の私と二人きり。それだけでも辛いのに、妖狐の力に恵まれずに『黒縄こくじょう小学校』でも人間だと蔑まれる始末」


 大五郎の話しを聞き終えたヨドミは、鋭い犬歯を覗かせながら、仁王立ちとなって大胆な笑みを作る。


「じゃが――」

「ですが――」


 二人は示し合わせたかのように同時に口を開く。互いに邪悪な笑みを携えて。


「「それも今日まで」」


 大五郎は首元の蝶ネクタイを外しながら、腕捲くりをして苛烈な口調で始める。


魍魎跋扈もうりょうばっこするこの魔界では力こそが全て! 衰退しきった白雪家は、今再び返り咲くのです!」

「うむ!! 有象無象共に力を示し、この町を我が物にする! でなければお母ちゃんに示しがつかんのだ!」


 ヨドミは衰退した妖狐の一族、白雪家の再興の為に、とりあえずこの『修羅町』の覇権を握る事を誓う。


「ねーばぎーばあっぷ! ねーばぎーばあっぷ! ねーばぎーばあっぷ!」


 大五郎がパチンパチンと手を打ちながら、ヘコヘコとリズムをとって奇怪なエールを送る。


「爺、ねーばぎーばあっぷとはどういう意味だ!」

「全員殺すという意味です」

「それは良い言葉じゃあ!! ねーーばぎーばあっぷ! ねーばぎーばあっぷ! 学校へ行くぞ爺ー!」


 自室を飛び出して廊下を抜けると、二人は玄関を抜けて屋外へと飛び出した。

 噴水のある庭園の向こう、巨大な鉄門の先では、様々な種族の妖怪共が空を飛び、地を歩き回っている。


「「ヒャッハーッ!」」


 輝かしい朝日に迎えられ、ジジイとロリは鉄門を飛び越えていった。

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