第5話 聖女のお願い

 確かに……これは邪魔ですね。



「仕方ありませんので処分しましょう。」



 そう言って構えた私にギャモーが驚いて尋ねる。



「心が通じ合ったんじゃないのか?」


「心が通じ合ったからこそ、分かってくれますよ。」



 嘘だろ…? え? 冗談? と彼は呟いている。


 別に冗談を言っているつもりはないんだけど……。



「そのゴブリン達に人を襲わないよう言って、逃がしてやったら良いんじゃないか?」



 ギャモーってやっぱり優しい人だったのね。


 出会った時の事を考えてみれば、いきなり私に襲い掛かっても来なかったし。



「わかりました。そうしましょう。」



 私はゴブリン達に人を襲わないよう言い聞かせ、もう一発ずつブッ叩いてから放してあげた。



「……何で叩いたんだ?」


「こうしておけば、私の言った事を忘れにくくなるんです。」



 魔物や動物を逃がす時に一度ブッ叩いてから放してやると、私のお願いがその後も有効になるのだ。



「それは人間に恐怖を感じるようになってるだけじゃないか?」



 どうしてそんな事を言うんでしょう?



「恐怖を感じるなら、私の言う事を聞いたりしませんよ?」



 やっぱりギャモーとは心が通じていないかもしれない。


 私が再び構えると……



「いや、大丈夫だ。そんな事しなくても、アリエンナとは通じてるぞ?」



 やっぱり心が通じているみたい。




 その後ギルドへ戻り討伐報告をする。


 ゴブリンを60匹討伐したので600ドゥルの報酬が貰えた。5匹討伐で1回クエストを達成したとみなされるそうで、達成回数が12回分としてカウントされた。



「このペースなら3ヵ月でドゥーになれますね。」


「ああ。とは言っても、ゴブリンだっていつもこんなにいる訳じゃねえけどな。」



 やっぱり、逃がしたゴブリン達も討伐しておけば良かった。


 残念だけど仕方ない。違うクエストも受ければいいだけ。


 ちなみに600ドゥルは一般家庭が半月生活できるだけの収入だそうだ。



「数日くらいはこのペースでゴブリン討伐出来るはずだ。また一緒に行こうぜ。」


「こちらこそよろしくお願いします。」



 その後話合い、ギャモーと取り分は折半にする事にした。


 今後も一緒に活動する事を約束し、それじゃあ、と言って私とギャモーは別れる。


 今日の宿を探さなくては。



 あっ。


 大事な事を思い出した。



「ギャモーはどこに住んでいるんですか?」


「ん? 俺は街の中心部にある自宅に住んでるぞ。」


「では私もそこに住みますね。納めるのは食費だけで良いですか?」


「泊まるんじゃなくて住むのか?」


「はい。」



 冒険者は仲間と一緒に住むって聞いていたけど…違うのかしら?



「お前…結構図々しいな……。」


「近所の男の子にも良く言われていました。怪我を治してあげたら口を聞いてくれなくなりましたけど……。」



 私はその時の事を思い出して落ち込んでしまった。



「いや…その、辛い事は思い出さねぇでも良いさ。」



 何て優しい人なんでしょう。


 ギャモーは頭をポリポリと掻き、あー…と言葉を続けた。



「まぁ、料理とかやってくれるなら、食費だけで良いぞ?」


「毎日カレーでも良いですか?」



 私は母から料理を習っていたのだが、何故か全部カレーになってしまうのだ。


 母は美味しいわ、と言って食べてくれる。父はまたか、と言って食べてくれない。


 父が言うにはカレー粉を使わなければ良いのだそうだが、それだと料理にならないじゃない。


 父が文句を言った時は母がブッ叩いていた。



「毎日カレーってのはちょっと…。なら掃除とかでも良いぞ。」


「掃除をすると散らかってしまいますよ?」


「いや、掃除って片付けるもんだろ?」


「散らかりますよ。何言ってるんです?」



 ギャモーは時々変な事を言うから困ったものだ。


 私が何度掃除で散らかした事か……。


 掃除は散らかるものだと、いい加減大人になって学習したのだ。



「……じゃあ食費はちゃんと払えよ?」


「それは勿論です。」



 どうやら住まわせてくれるようだ。



「まあ取り敢えず案内するから、ちゃんと場所覚えろよ?」


「はい。」



(こいつ、とんでもねえ美人だが結婚はしたくねえな……。)


(ギャモーは失礼な顔をしてるけど、中身は紳士なのね。私、結婚するならこんな人が良いかもしれない。)



※アリエンナとギャモーは全く心が通じていなかった。





 ギャモーの家は顔に似合わず綺麗に片付いており、そのせいか思わず「へえー」と口に出ていた。



「どうした?」


「ギャモーの顔と同じで、散らかっていると思っていました。」


「……何でわざわざ言ったんだ? そういうのは口に出さないもんだぞ?」



 知らなかった……。



「そういうものなんですか?」


「そういうもんだ。」


「私、あまり村の人に口を聞いてもらえなかったから……知らない事が多いの。」



 僅かな沈黙が訪れる。


 私の元気がない事を見て取ったギャモーは……



「そういう事は追々知っていけば良いだろ。一緒に住む仲間なんだ…俺も教えるからよ。」



 そう言って慰めてくれた。



「やっぱり顔の割に紳士なんですね。」


「……そういう所だぞ。」



 あら?



「ごめんなさい。気を付けないといけないわね。」


「まあ、ちょっとずつ分かっていけば良いさ。」


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