第144話 大胆な歌姫と戸惑うバケツ

「な~に? どうしたのかしら? 


 ユリナは麗央が身バレしないようにとの配慮から、偽名で適当にレイと呼んでいる。

 油断するとうっかりと「レオ!」と呼びかねない危険性はまだ残っていた。


「あのリリー。その恰好は?」

「動きにくかったから?」

「ちょっと見えすぎじゃないですかね」

「そうとも言うわね」


 一方の麗央もともすれば油断から、「リーナ!」と呼びそうになったがそれはあまり問題視されていなかった。

 ユリナのことをリーナと呼ぶのは麗央だけである。

 二人の親密さが駄々洩れになるが、それも大した問題ではない。

 何よりも二人が親密な仲にあるのはダンジョンに侵入する前から、視聴者にバレているのだ。


 そして、麗央に指摘され、ユリナは今更のように頬を赤らめる。

 かなり大胆な恰好になっていた。


 マーメイドラインの白いワンピースドレスはノースリーブなだけでそれほど肌を露出していない。

 ところがユリナが今、着ているのは既にワンピースではない。

 ドレスのスカート部分が完全に取り払われ、白く透き通った肌が露わになった。

 生足が晒されている。

 艶めかしい太腿があまりに眩しく映り、健全な男子である麗央は目のやりどころに困るほどだ。


 バレエで着るレオタードによく似ているが中身が成長し過ぎているせいか、妙な艶めかしさの成分が非常に強い。

 当然のようにコメント欄も沸きに沸いていた。


 ユリナのライブで使われているは高位の『あやかし』であるユリナを撮影できる特殊なものであり、さらに複数台を使用したものだ。

 その為、複数視点での配信が行われていた。

 いわゆるライブ視点で全体像が把握できるメインカメラは一般的な視点で多くの視聴者が目にしているものである。

 しかし、『歌姫リリー』のチャンネルのとなっているとメンバーのみが視聴可能な限定視点が見られるのだ。

 配信主であるユリナの視点。

 そして、同行者である麗央の視点が用意されており、それぞれに固定客が付いていた。


 ユリナの視線は常にを追いかけており、片時も離さないほどに熱い視線を送っているように見えた。

 恋する乙女の思いに共感するのは同じ思いを抱く女性視聴者が多かった。

 バケツマンを見る目は少しばかり、厳しいのは視聴者がなぜか『歌姫』の母親のような目線で見ているせいだろう。


 一方の麗央の視点はほぼ男性視聴者が占めている。

 それもそのはず。

 彼の目が向けられる先もユリナと同じく、愛しい人だったが見ている場所が男性の好む視点だったからだ。

 ユリナはただひたすらにバケツマンの動きを追い、時に吐息をつく様子への共感が大多数である。

 この視点は違う。

 「もっと近づいて見ろ」といった実に分かりやすい直球の願望だった。

 麗央の目がユリナの動きに合わせて、激しく揺れる大きなメロンで釘付けになるとそれだけでコメント欄が沸いた。

 ワンピースからレオタードのような装束になるとその動きはさらにエスカレートした。


「でも、グリーヴ脛当てを付けてるし、大丈夫よ? それに守ってくれるから☆」

「そ、そうだね。大丈夫かな」


 ユリナの魔法杖ユグドラシルは杖という名が付いているが、武器としての実体は連節刃チェーンエッジに近いものだ。

 鞭のように左右に振り回すだけで彼女の傍に近付ける者はまずいない。

 さながら歩く小さな嵐である。

 もし運よく、ユグドラシルの刃を潜り抜けたとしてもユリナは『歌姫』だ。

 脛に装備した漆黒のグリーヴでミンチにされるのが関の山だった。


 もっともユリナが言った通り、麗央は彼女に悪い虫が付かないうちに全てを排除している。

 そのあまりによく動く仕事人ぶりにコメント欄も「バケツマンいい仕事してますね」と絶賛する書き込みが多かった。


「これで終わりかしら?」

「ああ。終わったと思うよ」

「何か、疲れるダンジョンよね?」

「まあ、そうかもね」


 麗央はバケツヘルメットを被っているので表情には出せないがユリナと同じく、かなり辟易しているようだ。


 エントランスから侵入し、第一階層で二人を待ち受けていたのはの『あやかし』だった。

 なぜか、虎柄の腰巻を巻いた小鬼――ゴブリンを始めとした日本の『あやかし』の特徴を取り入れた西欧風の魔物が出現した。

 ユリナはかつてホテルだった頃、一階に和食のレストランがあったせいではないかと予測した。

 コメント欄にも同様の指摘が多かったが、ドレスの動きにくさにユリナがスカート部分を引き剥がし、レオタード姿になったことで別の意味でコメントが加速していく。

 麗央は羽織っていた外套マントでユリナの体を守るように包んだが、これも逆効果だった。

 ちらりと見えることにかえって興奮するコメントが急増しただけでなく、バケツマンの紳士的行為を讃えるコメントでも騒がしくなったからだ。


 違う階層への移動はエレベーターだった。

 まるで二人を誘うように稼働する如何にも怪しいエレベーターである。

 しかし、その他の移動手段は見当たらなかった。

 本来、階段があったと思われる場所は不自然に改変されていた。


 おまけにこのエレベーターは行き先を勝手に指定される。

 一気に上層へ移動することも出来ないし、逆も然りだった。

 だが、他に手は無い。

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